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始まりの章

第三話 「過去から、これから」

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「……そうか。君にはまだ少し時間が必要なようだな。この状況を受け入れるしかないということを知るまで、私は姿を隠させてもらうことにしよう。いろいろと模索してみるといい。しかし、そこには君が望むようなことは何も無いだろうがね」

全てを知る者が消える前に言ったことが、頭を何度も通り過ぎては消え、また戻ってくる。なぜだ?

それに奴が消えてからどれほど経っただろうか……。

あれから俺は、全てを知る者の言う通りあれこれと模索……いや、足掻きと言ったほうが良いか。繰り返し浮かぶ言葉に対し、無駄な抵抗を試みた。

しかし、出来ることといえど原始的なことだけだ。

始めは思いっきり叫んでみたり……。

「おはようございまーす!」

叫んだ内容は、とりあえず「おはようございます」だった。

――これは、毎日毎日担任の石垣が気持ちのいい挨拶をしてくれているのに、何も返さないのは失礼だろう。という気持ちがふと芽生えたからだ。

元気に挨拶してもほとんど反応が無い中、石垣はよくやっている。

内心どう思ってるんだろうか。自分だけ張り切って他は無関心。

よく考えると正直キツイよなぁ……。

今度からはしっかり挨拶返してみようかな……。

なぜか感傷に浸ってしまったが、ちょっとだけ優しくなれた気がした。だからもう一回叫ぶ。 

「いつもありがとう!」

――感謝の気持ちを込めて叫んでみても、声が反響してこない。ということは閉鎖的な空間ではないはず。と思い、次は小一時間正面に向かって歩いてみた。

というか、よく考えたらすごく恥ずかしいことしたんだな俺……。

ここで思わず苦笑してしまった。

――しかし、いくら歩けども風景はまるで変わらない。本当に進んでいるのかも分からない。だが、荒い息遣いのみは聞こえてくる。 

「確かに……ふぅ。何をやっても無駄なんだろうな」

早々軽く諦めの入った俺は、仰向けに寝転がった。

「生きる意味、かぁ……」

何でこんなこと考えるようになったんだっけかな。

俺はいつからかよく考え事をするようになった。

昔は物事を深く考えたりしなかったのに、今はくだらないことでもその意味を考える。

意味が分かったからどうなるというわけでもないが、何でそうなるのか、何でそうならなきゃいけないのか。などが無性に知りたくなる。

おそらく、終わりというものが嫌いなんだと思う。

何かが終わったときの虚しさ。それが苦痛に思えるほどに。 

「じゃあ終わりがないほうがいいの?」

……またさっきのように頭の中で声がする。

「そんな事聞いてどうなるんだよ、誰かさん……」

ちょっと頭を使いすぎたかな。

――そういえばこの謎の空間にくるまでの過程はあっという間だったが、そもそも俺は寝ようとしていたんだったな。少し頭を休めよう。

夢?の中で寝るのも不思議な感覚だが、俺はゆっくりと目を瞑った――。

「ねぇ、おじいちゃん。どうしちゃったの?」

――幼い少年が、老人に問いかける。

「んー? どうした?」

「だって、ずぅっと起きて!って言ってるのに全然起きないから……」

「そうだなぁ……。この子はとってもとっても疲れてしまったんだよ」

「とっても疲れちゃった?」

「そうだよ。お前だって、疲れて仕方がなくなって、おやすみしたくなる時はないかい?」

「うーん……そうだね!保育園のみんなと走り回った後とか!」

「おー!そうかそうか、お友達と遊ぶと楽しいよなぁ!この子も同じだよ。お友達といーっぱい走り回って遊んだから、疲れておやすみしちゃったんだよ」

「ふーん、そうなんだ。じゃあもう少しおやすみさせてあげようね」

「ハハハ、お前は優しい子だね……」

――パーティーか何かだと思ってた。

親戚のおじちゃんやおばちゃんとかがたくさん来て、みんな自分に笑顔で話しかけてくれる。とても嬉しかった。でも、そんなたくさん人が居るのにあの人は起きようとしなかった。

そして、みんな笑顔だったけどおじいちゃんだけはちょっと違った。

顔は笑ってるけど目が笑っていなかった。

その時は何とも思わなかったけど、今はその時のおじいちゃん、親戚のみんながどう思っていたのかが分かる。

なぁ、あの時の俺。そんな幸せそうにするなよ、頼むから……。 

――そう思っても無駄な話だ。いくつだと思ってる?大人じゃないんだぞ。

「じゃあ大人だったら?」

――ハッ!俺は何をしていたんだっけ?ああ、そうか……。

ふと気付くと、周りは真っ暗だった。――いやいや、元から真っ暗なんだ。

「俺は眠っていたのか?」

目を瞑ってまどろみに落ちるまでの間、夢なら覚めて欲しいと念じていたが、どうやら無意味だった様だ。

この得体の知れない空間は、何の変化もすることなく未だ俺を抱き続けている。

俺を嘲笑うかのようなこんな状況に、俺は若干うんざりして言った。

「頼む。居るんだろ?」

その言葉を言い終えるか終えないかのタイミングで「やつ」が姿を現した。

「今、君が置かれている状況が理解出来たかね?」

「理解も何もあるかよ。どうせなるようにしかならないんだろう?なら俺は成り行きに任せるさ」

「そうか。それは良かった」

何が良いのかさっぱり分からない。

「ではまず、君の知りたいことを今一度聞こう」

「生きる意味を……と言いたいところだが、その前にあんたの目的を知りたい」

「目的、というと?」

「いや、だから目的だよ。確かに俺は生きる意味が知りたいって思った。でも、よりによってなんで俺にその答えを教えてくれるんだ?」

この全てを知る者は、本当に全ての事象を知っているのだろうか?

それも分からないし、俺でなくとも他の人間を選ぶことも出来たはずだろうに……。

「――物事は思っているよりも単純であることが多い」

全てを知る者が口を開く。

「君は特に好奇心が強い人間だと思う。がしかし、ある目的に向かって回り道ばかりを探しているように思える。足元にある確かな道を見失ってしまうほどに。道を見つけても、他の道を探そうとする。その結果、元の道を見失い、迷う……。だからこそ、君には確かな「答え」というものを知ってもらいたい」

「なるほど、それは嬉しいな。でも俺みたいな輩は他にもウジャウジャ居ると思うぜ?聞きたいのは、そいつらではなく何故俺に教える必要があるのかと言うことだ」

「――何も特別に思うことはない。先程も述べただろう。物事は思っているよりも単純であることが多い、と」

「……ハッ、要は誰でも良いってことか」

「足元を見てみるが良い。君がこの質問を行った時点で、すでに道を見失ったのだ」

ここで俺が言い返す合間も取らせず、全てを知る者は更に続けた。

「君だけではないが、全ての者は容易に道を見失い、迷う。明確な答えが得られているにも係わらず、答えを答えと思わない。ただそれだけのことでだ。君はその一つに、生きる意味というものがある。生きる意味や理由といったものは、誰しもが持つ普遍のテーマだが、君は誰よりもこれに執着している。執着しているからこそ、明確な答えを知ることが重要なのだ。何より、君自身がそれを望んだ。と同時に、それが私の目的となった」

「……つまりなんだ、俺は決まりきったことでもあれこれ考えすぎだから、余計に思わずありのままを受け入れろってことか? ということは、俺に生きる意味を教えてくれるのは、俺が望んだから、で良い訳だ。……違うか?」

「それは私が言うまでもない」

――何だか頭が痛くなってきた。全てを知る者は、会話を楽しむということを知らないらしい。

全てを知る者の言いたいことは何となく分かる気がする。

答えの答えはない。

答えは答えであって、それ以外の何物でもないということを彼は言いたいのだろう。

確かに、答えや結果にはそれに至るまでの過程があって、その過程を経た上にきちんと答えが存在している。

しかし、その結果や答えは本当に合っているんですかーと言われたらどうだろう?疑問に思わないか?俺はそれが知りたい。

生きる意味はなんですか?

と聞かれて、後悔のない人生を送れば良いとか言う輩もいるが、果たしてそれを答えにして良いのだろうか?

ただの自己満足ではないのか?

「……まあいいや、分かったよ。今、俺は大人しくあんたの言うことを聞けば良い。それだけで良い」

――今のように考え事をすると、いつも堂々巡りをして詰まる。

認めたくは無いが、今の俺は全てを知る者の言うような、道を見失って迷っている状態なのかもしれない。

どうせ詰まってしまうのなら、全てを知る者が発する「生きる意味」を耳にしよう。それが俺の望みであり、終着点だ。物事は単純であることが多いのなら、これが今の答え。

「……違うか?」

全てを知る者の意向に沿って頭の中で言葉を思い浮かべたつもりだったが、彼は何の反応も返さなかった。

はあ、頭が痛い……。
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