早春の向日葵

千年砂漠

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ベーカリーにて

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 橋は川の堤防の上に掛かっているため、前後の道路はその高さの分だけ坂になっている。私を乗せた太陽の自転車は森松市側の坂をゆっくり下り、川沿いの道へと進んだ。
「僕、女の子と二人乗りなんて初めてだ」
 太陽が笑いながらペダルを漕ぐ。
「これって、デートみたいじゃない? うん、デートだ。デートだ、デート」
 一人でテンションを上げている太陽の学生服の襟を引っ張り、私は後ろからきっぱり否定した。
「デートじゃないわよ。二人乗りしてパン屋に行くだけ」
 えー、と太陽は不服そうな声を上げる。
「太陽は好きな子がいるんでしょう? その子とだったらデートだけど、私とはだだの二人乗り」
 努めて無感情に太陽へ言い返した。私と太陽は友達なのだからデートではないと自分に言い聞かせなければ、跳ね上がったまま降りてこない鼓動の高さも荷台に座る不安定さを理由に彼の学生服の脇腹当たりを握りしめる手が震えるのも抑えきれなくなりそうだった。
「んー、じゃあ、デート、の予行練習ってことにしよう」
 太陽は笑ってスピードを上げ、荷台から落ちそうになった私は慌てて彼の服を掴む手に力を込めた。
 あまり高くない背丈と物言いの柔らかさに隠されていた学生服の下の彼の身体は、見た目より固かった。二人乗りの自転車を漕いでいるせいで体温も高い。
 手から感じる太陽は、私が想像していたより逞しかった。


 橋を下ってから十分ほど自転車で走った所にそのパン屋はあった。
 森松市の中心地から離れた郊外にあるため、車で買い物来る客用に広い駐車場を構えた、一見レストランかと思うようなしゃれた外装の大きなパン屋だった。店舗兼工房の隣には小さな公園が作ってあり、パンを買った客がそこですぐ食べられるようにベンチやテーブル、飲み物の自動販売機も備えてあった。
 人気のある店らしく、店内は仕事帰りに寄ったらしい客が大勢いた。店内に入ると焼きたてのパンの良い香りがした。
 いい匂い、と思わず呟いた私を見て、太陽は目を細めた。
「この店ね、閉店の十五分前でも焼きたてのパンが出る時があるんだよ」
 すごいでしょ、と自分の事のように自慢する太陽がおかしくてつい笑ってしまうと、太陽も同じように笑い返してくれた。
「本日最後のカレーパン、できあがりました。いかがでしょうか」
 笑顔で宣伝しながらパンの並んだトレーを持った店員が私たちの目の前を通った。
「あ、あれだよ。あのカレーパン」
 私たちはトレーを持った店員の行った方へ進もうとしたが同じ目的で移動する客が邪魔で中々進めず、トレーが置かれた所に行った時には一個も残っていなかった。
「……残念だったね、太陽。仕方ないから他のパンを」
 私は特にカレーパンにこだわりはなく他のパンもおいしそうだったので、別の物を選べばいいと思っていた。
 しかし太陽は周りを見回し、サンドイッチを品定めしていたOL風の女性に歩み寄って行った。
「あの、すいません」
 太陽は声をかけた女性が振り向くと、頭を下げた。
「お願いします。そのカレーパン一つ、僕に譲ってください」
 その人の持つトレーにはカレーパンが二つ乗っていた。
「友達にここのカレーパンを食べさせたくて来たんですけど、もう無くて。だから、僕に一つでいいですから譲ってください」
 突然の、随分勝手な太陽に申し出に困惑する彼女に、太陽はさらに言葉を重ねた。
「僕は事情があって、もうこの店に来られないかもしれないんです。友達と来れるのは今日が最後かもしれないんです。だからお願いします。譲ってください」
 入試が済めばすぐ卒業式で、その後は合格した高校への入学準備に忙しくなるから、再び私と一緒に来る約束するのは難しいかもしれないが、隣町に住む太陽自身がこの店に来られなくなるというのは、偽りが過ぎる。
 嘘は彼らしくなかったのに、太陽が何故そんなに必死だったのか私はその時深く考えなかった。
「友達は明日、入学試験なんです。おいしいパン食べて、元気出して頑張ってもらいたいんです。だから」
 頭を下げたまま言い募る太陽を唖然として見ていた女性は、
「だめよ」
 首を緩く振り、
「一つ、なんてだめよ。それじゃ、君が食べる分がないじゃない」
 驚いたように顔を上げた太陽に柔らかく笑いかけた。
「ここのカレーパンおいしいもんね。おいしい物は一人で食べるより誰かと食べる方がもっとおいしいわ。だから、二つとも譲ってくれって言うなら、譲るわ」
 太陽は後ろに立つ私を振り返って目を細め、再び女性に頭を下げた。私も一緒に頭を下げた。
「二つとも譲ってください。お願いします」
 女性は笑顔で太陽の持つトレーにカレーパンを移してくれた。
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