24 / 29
友人たち その1
しおりを挟む
杉野から電話があったんだ、と柚木君が階段を下りながら言った。
「お前がパジャマのまんまで家から飛び出してったって、お前のお母さんが岩村先生に電話して、先生がお前を探すのに杉野に連絡してきたんだって」
──柚木! 奈緒を、久保田さんを探して! 急に何か叫んで家を飛び出して行ったんだって! ヤバい気がするの!
ちょうど星志が死んだニュースを見て市営住宅へ行ってみようとしていたところだったので、彼女が家を飛び出していった理由も家族の心配も瞬時に想像できた。
木下と高瀬にも電話して協力を求め、連絡用に母親の携帯を借りて出たが、どこを探せばいいのか見当もつかなかった。
手掛かりもなく市営住宅の近くをうろついていると、
(柚木さん)
聞き覚えのある声で呼びかけられた。
(奈緒は、五丁目の新川ビルの屋上にいます)
振り返ると、星志が交差点に立って西を指さしていた。微笑んで。
(奈緒を家に連れて帰ってあげてください)
呆然としながらも頷くと、星志は微笑んだまま姿を消した。
「後でお前に渡したいものがある」
「……何」
「俺が星志からもらった……いや、預かったものだ」
柚木はそう言って立ち止まり、ずり落ちそうな私を背負いなおす。
「……あの……自分で歩くから……ここで下ろして」
「いいから」
彼は大きく深呼吸して、再び階段を下りはじめた。
「俺は部活で毎日、お前よりクソ重たい男背負って、グラウンドの端から端まで五往復って筋トレやってるんだ。まかせろ」
柚木君は階段を下りきると、私を背負ったまま近くの公園へと歩いた。
公園に着いて私をベンチに下ろすと隣に座り、荒い息を整えて何とか話ができるほど落ちつくと、胸ポケットから携帯を取り出し電話した。
「おう、俺だ。捕まえた」
杉野さんか木下君に連絡しているのだろう。
「うん……あー、それちょっと待ってくれないか。……いや、見つけたって連絡はしてくれていい。……それは分かるけど、今、無理に連れて帰ってもダメだ」
とにかく、と彼は押し切る。
「五丁目の、児童公園、分かるか。……そう。そこにいるから来てくれ」
私を家に連れて帰ると言ったり、帰してもダメだと言ったり。彼が何を考えているのか分からない。
でも、もうどうでもいい。どこへ行こうと星志はいないのだから。
程なく自転車の集団が公園へ乗り込んできた。手を挙げた柚木君を見て、自転車を放り出す勢いで駆け寄って来る。
木下君、杉野さん、小林さんと高瀬君もいた。
私の顔を見て、良かったと言う。何が良かったのだろう。
星志が死んだのに。
ぼんやりみんなの顔を眺めていると、柚木君が私の前に立った。
「みんなに謝れよ」
……どうして? 私はここにいるみんなに悪いことをした覚えはない。
「みんな心配したんだぞ」
ああ、そうなの。だからって、どうして私がみんなに謝らなければならないの?
でも、こんな時は一言謝ればそれで済む。ゴメンナサイ、それでいい。
それでいいのに──感情が理性を駆逐する。
「……私が何をしようとみんなには関係ないじゃない」
偶然同じ時代に生まれて、偶然同じ学校の同じクラスになっただけの人達に、今私を押し潰しそうな悲しみなんて分からない。共感出来ない人達には関係ない。
本音の私が、勝ってしまった。
影が動いた──瞬間、私はベンチから転げ落ちていた。
頭が痺れて目眩がした。右頬が焼けるように痛い。
「何すんのよ! 馬鹿!」
杉野さんの叫び声で、柚木君に殴られたと分かった。
「うるさいっ! 久保田が男だったら右手で、もっと思いきりボコボコにぶん殴ってやるところだっ! 女だから左手のビンタ一発で勘弁したんだ!」
思いがけない、その豹変。いつか教室で机を蹴り倒した時と同じ激しさだった。
彼は私に向かってなおも火を吐く。
「みんなお前を必死で探したんだぞっ! お前が馬鹿なこと考えて、取り返しのつかないことしないうちに、って! それを関係ないって何だ!」
もう一度手を上げそうな勢いの彼を、木下君が慌てて止める。
「やめろよ! 落ちつけって! 女の子殴るなんて、お前の主義と違うだろう」
「主義なんかクソくらえだっ!」
激怒する彼。主義を置き去りに暴走する感情。
理性と感情は並走しない──ロイス・クランドだったっけ……星志。
何だか……全てが遠い。記憶も、現実も。
私は何をしてるんだろう、こんな所で。
迷子だ。星志という光をなくして私はまた宇宙の迷子に……。
パンッと、目の前で手を叩く音がした。
拡散していた意識が戻ってきた私のすぐ前に、しゃがみこんだ高瀬君がいた。
「大丈夫? 久保田さん。まー、派手に叩かれたねえ」
飄々とした笑顔に、何か世間離れしたものを感じて少し心が慰められた。
「柚木は人情派なんだけど、単純王なんだ。良くも悪くも人の言動をそのまんま鵜呑みにする奴だから、あんまり屈折した言い方しない方がいいよ」
「屈折した言い方って?」
小林さんが私を助け起こしてベンチに座らせてくれながら、代わりに聞いた。
「へ? もしかして小林さんまで『関係ない』発言にムカついたわけ?」
高瀬君が生真面目な顔で首を傾げる。
「何でこうも言語理解力がないかなあ。関係ないって言うのは、関わって話を聞いてくれってことの裏返しじゃないか」
彼の言葉にみんな唖然とする。
「普通じゃない状態で家を飛び出したっていうんだから、精神状態も普通じゃないのは当たり前。正論を突きつければ、拗ねて気持ちとは逆のこと言う。思春期の少年少女にはよくあるパターンじゃない」
というわけで、と彼は柚木君に笑いかけた。
「柚木、そんなに怒るなよ。俺たちは久保田さんを心配して探したんだから、無事で良し、それだけでいいんじゃないの? 謝れだの何だの、心の狭いこと言うのは、なしよ」
「おー、高瀬って、大人なのね」
「そうよ。君達もこんな寛大な大人になりなさい」
木下君と高瀬君がおどけたせいでみんな笑い、場の空気が少し和んだ。
「お前がパジャマのまんまで家から飛び出してったって、お前のお母さんが岩村先生に電話して、先生がお前を探すのに杉野に連絡してきたんだって」
──柚木! 奈緒を、久保田さんを探して! 急に何か叫んで家を飛び出して行ったんだって! ヤバい気がするの!
ちょうど星志が死んだニュースを見て市営住宅へ行ってみようとしていたところだったので、彼女が家を飛び出していった理由も家族の心配も瞬時に想像できた。
木下と高瀬にも電話して協力を求め、連絡用に母親の携帯を借りて出たが、どこを探せばいいのか見当もつかなかった。
手掛かりもなく市営住宅の近くをうろついていると、
(柚木さん)
聞き覚えのある声で呼びかけられた。
(奈緒は、五丁目の新川ビルの屋上にいます)
振り返ると、星志が交差点に立って西を指さしていた。微笑んで。
(奈緒を家に連れて帰ってあげてください)
呆然としながらも頷くと、星志は微笑んだまま姿を消した。
「後でお前に渡したいものがある」
「……何」
「俺が星志からもらった……いや、預かったものだ」
柚木はそう言って立ち止まり、ずり落ちそうな私を背負いなおす。
「……あの……自分で歩くから……ここで下ろして」
「いいから」
彼は大きく深呼吸して、再び階段を下りはじめた。
「俺は部活で毎日、お前よりクソ重たい男背負って、グラウンドの端から端まで五往復って筋トレやってるんだ。まかせろ」
柚木君は階段を下りきると、私を背負ったまま近くの公園へと歩いた。
公園に着いて私をベンチに下ろすと隣に座り、荒い息を整えて何とか話ができるほど落ちつくと、胸ポケットから携帯を取り出し電話した。
「おう、俺だ。捕まえた」
杉野さんか木下君に連絡しているのだろう。
「うん……あー、それちょっと待ってくれないか。……いや、見つけたって連絡はしてくれていい。……それは分かるけど、今、無理に連れて帰ってもダメだ」
とにかく、と彼は押し切る。
「五丁目の、児童公園、分かるか。……そう。そこにいるから来てくれ」
私を家に連れて帰ると言ったり、帰してもダメだと言ったり。彼が何を考えているのか分からない。
でも、もうどうでもいい。どこへ行こうと星志はいないのだから。
程なく自転車の集団が公園へ乗り込んできた。手を挙げた柚木君を見て、自転車を放り出す勢いで駆け寄って来る。
木下君、杉野さん、小林さんと高瀬君もいた。
私の顔を見て、良かったと言う。何が良かったのだろう。
星志が死んだのに。
ぼんやりみんなの顔を眺めていると、柚木君が私の前に立った。
「みんなに謝れよ」
……どうして? 私はここにいるみんなに悪いことをした覚えはない。
「みんな心配したんだぞ」
ああ、そうなの。だからって、どうして私がみんなに謝らなければならないの?
でも、こんな時は一言謝ればそれで済む。ゴメンナサイ、それでいい。
それでいいのに──感情が理性を駆逐する。
「……私が何をしようとみんなには関係ないじゃない」
偶然同じ時代に生まれて、偶然同じ学校の同じクラスになっただけの人達に、今私を押し潰しそうな悲しみなんて分からない。共感出来ない人達には関係ない。
本音の私が、勝ってしまった。
影が動いた──瞬間、私はベンチから転げ落ちていた。
頭が痺れて目眩がした。右頬が焼けるように痛い。
「何すんのよ! 馬鹿!」
杉野さんの叫び声で、柚木君に殴られたと分かった。
「うるさいっ! 久保田が男だったら右手で、もっと思いきりボコボコにぶん殴ってやるところだっ! 女だから左手のビンタ一発で勘弁したんだ!」
思いがけない、その豹変。いつか教室で机を蹴り倒した時と同じ激しさだった。
彼は私に向かってなおも火を吐く。
「みんなお前を必死で探したんだぞっ! お前が馬鹿なこと考えて、取り返しのつかないことしないうちに、って! それを関係ないって何だ!」
もう一度手を上げそうな勢いの彼を、木下君が慌てて止める。
「やめろよ! 落ちつけって! 女の子殴るなんて、お前の主義と違うだろう」
「主義なんかクソくらえだっ!」
激怒する彼。主義を置き去りに暴走する感情。
理性と感情は並走しない──ロイス・クランドだったっけ……星志。
何だか……全てが遠い。記憶も、現実も。
私は何をしてるんだろう、こんな所で。
迷子だ。星志という光をなくして私はまた宇宙の迷子に……。
パンッと、目の前で手を叩く音がした。
拡散していた意識が戻ってきた私のすぐ前に、しゃがみこんだ高瀬君がいた。
「大丈夫? 久保田さん。まー、派手に叩かれたねえ」
飄々とした笑顔に、何か世間離れしたものを感じて少し心が慰められた。
「柚木は人情派なんだけど、単純王なんだ。良くも悪くも人の言動をそのまんま鵜呑みにする奴だから、あんまり屈折した言い方しない方がいいよ」
「屈折した言い方って?」
小林さんが私を助け起こしてベンチに座らせてくれながら、代わりに聞いた。
「へ? もしかして小林さんまで『関係ない』発言にムカついたわけ?」
高瀬君が生真面目な顔で首を傾げる。
「何でこうも言語理解力がないかなあ。関係ないって言うのは、関わって話を聞いてくれってことの裏返しじゃないか」
彼の言葉にみんな唖然とする。
「普通じゃない状態で家を飛び出したっていうんだから、精神状態も普通じゃないのは当たり前。正論を突きつければ、拗ねて気持ちとは逆のこと言う。思春期の少年少女にはよくあるパターンじゃない」
というわけで、と彼は柚木君に笑いかけた。
「柚木、そんなに怒るなよ。俺たちは久保田さんを心配して探したんだから、無事で良し、それだけでいいんじゃないの? 謝れだの何だの、心の狭いこと言うのは、なしよ」
「おー、高瀬って、大人なのね」
「そうよ。君達もこんな寛大な大人になりなさい」
木下君と高瀬君がおどけたせいでみんな笑い、場の空気が少し和んだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
放課後はネットで待ち合わせ
星名柚花
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】
高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。
何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。
翌日、萌はルビーと出会う。
女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。
彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。
初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
土俵の華〜女子相撲譚〜
葉月空
青春
土俵の華は女子相撲を題材にした青春群像劇です。
相撲が好きな美月が女子大相撲の横綱になるまでの物語
でも美月は体が弱く母親には相撲を辞める様に言われるが美月は母の反対を押し切ってまで相撲を続けてる。何故、彼女は母親の意見を押し切ってまで相撲も続けるのか
そして、美月は横綱になれるのか?
ご意見や感想もお待ちしております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕は 彼女の彼氏のはずなんだ
すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は
僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる