翼も持たず生まれたから

千年砂漠

文字の大きさ
上 下
4 / 29

星志

しおりを挟む
 あの子に会った翌日、塾を終えて私はまた昨夜の歩道橋に向かった。
 あの子が今日もいるような気がして。
 予感は当たりだった。
「お母さんと仲直りした?」
 歩道橋の中央に座り込んでいた彼に問い掛けると、弾かれたように飛び上がりこちらを向いた。
「お姉さん」
 素直な笑顔に私も笑い返し、彼の隣に座った。
「もしかして、今日もまた喧嘩したの?」
「違うよ。僕はいつもこの時間、ここにいるんだよ。ここで、空を見てるの」
 住んでいる市営住宅は高層マンションに囲まれて空が狭いから、と彼は空を見上げた。
「空を眺めるの、好きなの?」
「好きだよ。特に夜の空が。僕、自分の星を持っているから」
「自分の星?」
「そう。僕の名前がついてる星があるんだ。すっごく遠くてすっごく小さい星だけど」
 生まれた時、父親が記念に買ってくれたのだそうだ。
 そういえば公式に名前のついていない小さな星に名前をつける権利を売る商売があるといつかテレビで見た気がする。
 たしか名前をつけるといってもあだ名みたいなもので学界では正式には通用せず、星の所有権も法律上認められないものだった。けれど、一つの星に名前は絶対に一つで、重複はないらしい。
 夜空を見上げれば遥か彼方に自分の名の付いた星があるなんて、一生の宝になる。
 ロマンチックな、いいお父さんだったんだろう。
「君、名前、何ていうの?」
「あれ、僕言ってなかったっけ。せいし。星に志すと書いて星志。白木星志。星志って呼んでよ。この名前気に入ってるから、名前で呼ばれるの好きなんだ」
「私は、久保田奈緒。……私も、奈緒って名前で呼んで」
 なんとなく星志には名前で呼んでもらいたかった。年上の人を名前で呼ぶなんて、と星志は抵抗してみせたけれど、私は無理にも承知させた。
 星志は天体に詳しく、星にまつわる色々な話をしてくれた。
「いつかおっきい天体望遠鏡買って、自分の星を見るんだ」
 笑った星志は十一歳の少年そのものだった。
 星志の星を抱える宇宙。気の遠くなるような無限。その中でほんの一点にも満たない矮小な私。
 私を起点として、意識の輪を広げていく。歩道橋から街全体へ、街から日本へ、日本から地球へ、太陽系へ、銀河系へ──果てがない。どこへも行き着けない。
 漂流する私の意識は永遠に宇宙の迷子に──。
「人は、星と星の間の距離は測れるが自分と他人の距離は測れない」
 星志が本の冒頭の一節を呟く。私が後を続けた。
「星々の距離より、人の心の距離の方が遥かに遠いからなのか──エドワード・ストーンズの『遠距離感』でしょう? 読んだの?」
 図書館の本を借りまくって読んでいると言う星志の選ぶ本は、小学生には少し難しいのではないかと思うようなものばかりだった。
「読書って慣れじゃない? 活字慣れしたら一般向けの本なんてそれほど難解じゃないと思うよ」
 少し生意気な物言いが微笑ましかった。年上の私に合わそうと背伸びしている訳ではなく、精神年齢が高いのだろう。
 九時にセットしておいたスマホのアラームが鳴った。普段通りの時間に帰らないと、母が色々詮索してくるかもしれない。
「……もう帰る時間なんだね」
 大人びた物言いをしたかと思えば年齢より幼い顔もしてみせる。
「明日もここにいるなら、来るよ」
 私がそう言うと星志は目を見開いた。
「ホント? 絶対だよ」
 頷いた私の右手を取り、小指を絡ませる。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます」
 一気に早口に呪文のように唱えると、星志は、指切ったと勢い良く振り切った。
 じゃあね、と別れを告げて歩き出す。
 絡めた指に星志の熱が残っていた。
 私の熱も星志に残っていればいいのに。
 私は空を見上げ、肉眼では見えない星志の星を探した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

土俵の華〜女子相撲譚〜

葉月空
青春
土俵の華は女子相撲を題材にした青春群像劇です。 相撲が好きな美月が女子大相撲の横綱になるまでの物語 でも美月は体が弱く母親には相撲を辞める様に言われるが美月は母の反対を押し切ってまで相撲を続けてる。何故、彼女は母親の意見を押し切ってまで相撲も続けるのか そして、美月は横綱になれるのか? ご意見や感想もお待ちしております。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

放課後はネットで待ち合わせ

星名柚花
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】 高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。 何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。 翌日、萌はルビーと出会う。 女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。 彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。 初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?

四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜

八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」 「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」 「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」 「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」 「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」 「だって、貴方を愛しているのですから」  四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。  華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。  一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。  彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。  しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。  だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。 「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」 「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」  一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。  彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...