あえない天使

ハルキ

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Day7

最終話.ただいま

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 俺は今、この家にひとりでいるわけではなかった。というのも、今日は母が来るため、親父が会社を休んで、今はリビングにいるのだ。
 ルイが去った後、消防が来てくれて火は消してくれた。誘拐犯も警察に自首し、その場で連行された。しかし、俺はどうやって帰ってきたのか覚えていなかった。
 俺は自分の部屋で何を考えるまでもなく、ただただ時間を過ごしていた。
 10時になった頃だろうか、家の中にインターホンが鳴り響いた。それは俺の耳にも届いてきた。俺は母が来たのかと思い、自分の部屋から出なかった。親父はふたりだけで話したいと思ったからだ。
 俺が耳を澄ましていると、誰かの階段を上る音が聞こえてきた。
 「おい、俊樹」
 親父はそう言い、2回ノックした。続けて、
 「葵ちゃんと恵くんだ」
 とよく通る声で言った。
 俺は部屋を出るのをためらった。あのふたりだって落ち込んでいるはずなのに・・・。
 それでも俺は重い足取りで扉へと向かい、それを開ける。目の前にいるのは親父の大きな体だったが、緊張で顔がこわばっているのがよくわかる。
 「ふたりはリビングで待ってくれている」
 「あぁ」
 俺はそれだけ言い、階段をおりた。
 リビングに向かうと葵と恵くんが揃って椅子に座っていた。
 「おはよう」
 葵はいかにもとってつけたような作り笑顔を浮かべる。恵くんは顔をうつむかせたまま、何も話さなかった。
 俺は「おはよ」と小さな声で返し、向かい側の席に座った。
 どうしてふたりはここに来たのだろうか、そう考えていると、葵が口を出した。
 「今日さ、ルイ君の誕生日じゃない?だからさ・・・」
 葵はそこで言いとどまった。つまり、お別れパーティをしたいとでも言っているのだろうか。
 俺は今日がルイの誕生日だということを忘れてはいなかった。ただ、本人がいないようでは祝うことはできない。そう思っていた。しかし、葵は違った。
 「あぁ、わかった」
 俺がそう言うと、葵が少し笑って見せた。
 その時、インターホンが鳴った。俺は誰が来たのか確認しようとしたが、もうすでに親父が玄関の扉を開けていた。
 そこにいたのは母だった。家を出ていった時と変わらない、すらっとした体格に髪をポニーテイルにし、縁がピンクの眼鏡をかけていた。母は右腕を腰に当て、堂々とそこに立っていた。
 「久しぶりね」
 母は冷めきった口調でそう言った。
 「あ、あぁ、そうだな」
 親父は厳格な顔を少し崩し、声が震えているのがわかる。母は両手を組んで、
 「私はこの家に戻る気はないから」
 母がそう言うと、親父をにらみつけた。親父は顔をうつむかせたが、すぐに前のほうへ向き直った。
 「あぁ、今日は話をしたいだけなんだ」
 「そうね、私もそのために来たのよ」
 母はそう言って靴を脱ぎ、家に上がった。親父はリビングに入り、母もそれについっていた。
 しかし・・・。
 ピンポーン。
 今日、三度目のインターホンが鳴り響いた。今度は誰だ、と俺が思っていると母が先につぶやいた。
 「私を連れてきておいて誰か呼んだの?」
 少し怒ったような口調だった。
 親父は慌てて玄関の扉を開けようと、靴も履かずドアのぶに手をかけた。ゆっくりと扉が開かれる。
 俺はその姿を見て大きく目を見開いた。
 「ただいま」
 明るい声が家中に響く。
 黒の瞳にサラサラの髪、そして小学生並みの身長。まちがいない、ルイだ。
 俺は今、見ている光景が信じられず何度も目をこすって確認した。しかし、目の前にはルイがいる。これは夢なのだろうか。
 葵も恵くんも親父も時が止まったかのように動かなかった。しかし、母だけがルイの元へ駆け寄った。
 「なにこの子、かわいい」
 母はルイを軽々と持ち上げ、頬ずりをした。
 「こ、この人だれ?」
 ルイは困惑したような目でこちらを見つめていた。すると、葵と恵くんがルイに詰め寄った。
 「ルイ君」
 「師匠」
 ふたりの目から涙があふれていた。ただ、顔からは笑みがこぼれていた。
 ルイは母に抱かれながらも笑っていた。すると、ルイはこちらを見つめていた。俺の母に「おろして」と目で合図をし、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
 「ほんとうに、ルイ、なのか?」
 俺が聞くと、ルイは静かにうなずいた。
 「ボクね、あっちでいろいろあって、またここで過ごせるようになったの。それにボクはもう天使じゃないんだ」
 ルイはそう言うと初めて会ったとかのように、にっこりと笑ってみせた。
 俺は感情を抑えきれなくなりルイを抱きしめた。ルイの暖かさを感じる。ルイの鼓動を感じる。そして、そこにルイがいるということを肌で感じた。
 「これからもずっといっしょだね」
 ルイがそう言うと、俺は「あぁ」と返した。すると、母が
 「もし、この子が家にいるというのなら、戻ってきてもかまわない」
 と言い放った。
 親父はその言葉を聞いて、母の手をしっかりと握った。
 「ほんとうか?」
 「えぇ、まぁ」
 母は相変わらずだった。母も俺と同じように小さな男の子が好きだった。俺も小さいときに何度も抱かれた記憶があった。
 「これからは、家族だな」
 俺がそう言うと、ルイは「うん」と明るい声で言った・
 この時、俺はルイの写真を思い出した。
 俺はもうあれを見ても悲しい気持ちにはならないだろう。ルイはもうここにいるのだ。これからはもう家族として過ごすのだ。
 あの写真は、黙っておこう。

 
 
 
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