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Day3
12.いいよね
しおりを挟むルイは完全に酔っていた。俺の身体を覆いかぶさるかのように四つん這いになり、頬を紅色のように染め、口元から唾液が出てきそうだ。
「じゃあ、最初に・・・」
ルイは今にも垂れてきそうな唾液を飲み込み、上唇を舌でなめた。
「奪われた唇を返してもらうとしましょう」
ルイの唇はゆっくりと、だが、確実に近づいていた。俺は顔を横にそむけようとしたが、ルイは逃がさないよと言わないばかりに顔をおさえつけられた。光り輝くサクラのような唇がもう目の前にせまっている。俺は必死に目をつむる。視界が真っ暗闇の中、柔らかな感触だけがつたわってきた。ルイが言っていたように奪われたものを取り返すように何かをルイに吸われているような感触だ。
俺は少しだけ目を開ける。ルイは目を閉じ、静かに食事をしていた。その光景に対し、俺はすべてを受け入れていた。吸われている何かは唾液でも唇の色でも、はたまた生気でもなんでもいい。ルイにならなんでも取られていいと思ったのだ。
どれくらい時間がわからない。しかし、ルイは濃く、長く唇をくっつけていた。そして、ゆっくりと顔を離し、吐息をもらした。そして、少しでも残さぬようにと唇をなめまわし、目を開ける。
「おいしかったです。うーん、少し取りすぎましたでしょうか。お返しします」
「え?」
答えに窮していた俺を見てルイはニコッと笑って「冗談です」と言った。
ルイはふー、とひとつ息をついて体を寄せてきた。ルイは潤んだ黒い瞳でこちらを見つめていた。思わず息をのむことを忘れてしまいそうなくらい少しずつだがルイの身体が近づいてくる。ルイの身体が俺に着陸してきたとき、ルイの鼓動がつたわってくるのを感じた。それは速く、かつ大きかった。ルイは俺の胸に顔をうずめる。ルイの身長は俺のちょうど胸のところしかなく、まるで子供が抱きついてきたかのようだった。
「原くんの身体、とっても、あったかいです」
ルイは顔をなすりつけながらそう言った。動かないよう両手で脇腹をつかみ、両足で二足歩行の移動するための主軸をがっしりと掴まれていた。しかし、俺はそれを受け入れ、ルイの背中に手をまわした。ルイは一瞬、目を見開いたが、再び笑みを浮かべた。
「原くん、大好き」
ルイは目に涙を浮かべながらそう言った。俺はそれを見てルイを強く抱きしめた。
「ああ、俺も」
まるでわが子の心を和ませる母親のようだ。正直、ルイがどうして泣いているのか、俺にはわからなかった。だが、ずっとこのままでいいのに、この世界の時間が止まればいいのにと考えた。しかし、それが不可能であることがわかるとルイを守ってやりたいという思いが強くなった。ルイは俺に抱きつきながら幸せそうに眠っていた。俺は手をルイの頭の上に置いてなでた。
俺は今、この幸せをできるだけ長く味わおうとした。一生に何度も味わうことのない高揚感を。しかし、それは長くは続かなかった。
ピンポーンー。
インターホンの音だった。それはこのリビングの入口から聞こえてくる。誰かがこの家にやってきたのだ。
「誰だよ」
当然のことでいら立ちが隠せなかった。俺はルイを起こそうとした。
「おい、ルイ起きろ」
俺は邪魔をされたいら立ちを隠し、優しい声をかける。ルイはうとうとしながらも目を開けた。
「どうしたのですか」
ルイはまだ頬が赤かった。まだ酒が抜けきっていないのだ。
「ごめん、誰か来たみたいだ、ちょっとどいてくれ」
ルイは寂しそうに「はーい」と答え、椅子の上に腰かけ再び眠りについた。俺は音の鳴るリビングの入口に向かった。この家に来る人はそんなにいない。たまに葵が遊びに来るくらいであとは配達業者である。
俺はインターホンが取り付けられている玄関の映像を見た。俺は目を見開き、声を失う。俺の親父だった。
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