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2章 乙坂鳴(おとさかめい)
6.好きな人
しおりを挟む太陽の日差しが教室の中にまで差し込む。この中学には扇風機しかないため、夏になるとほんとうに暑苦しい。それにセミの大合唱が耳にまで鳴り響く。おかげで脳だけでなく耳までおかしくなりそうでほんと、いやになる。
「あー、今日も暑いね」
「そうだね」
山田とこの春に転校してきた佐藤はお互いに下敷きがなにかであおぎながらおしゃべりしていた。いつもは山田には共感できないことが多いのだけれど、今回ばかりは同感で暑い。
「明日さ、夏祭りだからみんなでいこう」
「さんせー」
先週、期末テストを終え、明日は今学期最後の学校だった。期末テストの結果は言いたくない。多分、ポンコツカルテット四人の中で一番下だから。いや、もしかしたら、ダントツかも。
あたしはポンコツカルテットの中に含まれているものの、他の三人ともあまり関わろうとはしない。クラスメイト達が勝手に呼び始めたものだからそいつらと仲良くする義務もない。けれど、
「鳴ちゃんも来る?」
こうして山田はいつもあたしまで巻き込んでくる。あたしも仲間に入れようとしているのだろうが、そんなの余計なお世話だ。あと、仲良くもないのにちゃん呼びもやめてほしい。
「来るわけない」
ふたりは静まり返る。山田はあたしの後ろの席だが、見なくても顔をふくらませているのがわかる。山田はあたしが賛同すると思っているのだろうか。
「佑月は?」
山田はそう言い、虎寸へと質問を投げかける。いつものパターンで、佑月は当然のように無視だった。ちょっとこいつはなに考えているかわからないのよね。
「反応ないね」
「大丈夫、佑月はいつものように引っ張って連れて行くから。鳴ちゃんはよろしくね」
「えー、私はそんな力あらへんよ」
笑いながら言う佐藤をちらっと見る。なんだかしゃべり方がおばさんっぽい。佐藤があたしを夏祭りに連れていく気があるのかわからないが、あたしはなにがあってもついていかない。あの人以外には。
「恵琉」
その声に思わず振り向く。そして、その美しい顔にまぶしくて見ることができなくなりそう。あたしの好きな人、あたしのことを唯一、わかってくれる人。女池くんだった。
女池くんはさらっとした髪に少し日焼けした肌、そして細長い目でぱっちりとした目で見られると。
「め、女池、くん?」
そう気まずそうに山田は言う。あたしは考える間もなく、女池くんへ詰め寄った。
「女池くん」
「なにかな、乙坂さん?」
そう言われたとき、あたしはまるでむねを矢にさされたように感じた。女池くんがあたしの名前をおぼえてくれているなんて。
「佐藤さん。今日さ、一緒に帰らない?」
あたしの頭の中がお花畑になっている間に、女池くんは話をすすめる。すぐさま、あたしは正気にもどる。
「あ、あたしもいいですか?」
女池くんはあたしの問いにすこし頭をなやましてくれた。
「ご、ごめん。ふたりだけで話したいことがあるから」
そう言われ、あたしはしゅん、と悲しんだ。そう、ふたりは付き合っているのだ。話を聞くと、山田から告白して、すぐにOKしてくれたらしい。山田のきれいな顔立ちとふっくらとしたむねがにくたらしい。
「佐藤さん、いいかな?」
「う、うん。いいよ」
山田はやはり気まずい顔をうかべていた。女池くんと帰れるのだからもっと喜べばいいのに。変われるのであれば変わってやりたい。
「じゃあ、四時に校門で待ち合わせね」
山田に手をふって立ち去ろうとしたけれど、途中で「そうだった、そうだった」と思い出したかのように言った。女池くんは右前にいる虎寸の席に向かってこう言った。
「佑月、今日も似合っているよ」
そう言われた虎寸は一度、女池くんへ目を向けたが、なにも言わずに本をまた読み始めた。なによその反応、せっかく女池くんがほめてくれているのに。もしかすると、虎寸もライバルだったり。いやいや、そんなわけない。
虎寸と女池くんは幼馴染らしい。ふたりは小さなときからよく遊んでいたらしい。これは周りの人から盗み聞きしたことなのであっているのかわからない。中学生でも帰る方向が同じで何度も一緒に帰ってくるところを見たことがあるが、一年前からそれは一度もなくなった。
虎寸に無視されても女池くんは笑みを浮かべながら自分の席へと戻る。だけど、なにもすることもなくただ、呆然としたまま時間をすごしているだけだった。最近、いや、これも一年ほど前から女池くんはクラスメイトからさけられている。
山田と付き合いはじめたことがげんいんか、幼馴染が原因か、それとも両方か。
女池くんはそれでもだれかの悪口を言ったりはしなかった。けれど、女池くんは断られても何度も同級生を誘おうとしている。そもそも、さけられているのに気が付いていないのではないか。
そう思っていると、いつもの声が聞こえてくる。
「やっぱり乙坂さん、女池くんには積極的になるのよね」
「ただの欲張りだろ」
「もう好きって言ってるもんだろ」
確かにあたしは女池くん以外には話そうとはしない。あたしのことをわかってくれない人に構っている暇はない。
ずっと視線を向けていると、女池くんがこちらを見た。やっぱりかっこいい。あたしはすぐに目をそむけた。もしかして、ほんとうはあたしのことが好きなのでは。いやいや、山田と付き合っているのだからそれはないだろう。まずは、山田と女池くんを別れさせなければならない。
「ねぇ、明日さ、夏祭り一緒に行かない?」
ふいに佐藤から話しかけられた。今は、どうやって山田と女池くんを離れさせようかと考えているのに。
「今、考えているから、後にして」
「ええやん、ちょっとぐらいおごるからさ」
ちょっと入れてくる関西弁がうっとうしい。あぁ、やっぱりあたしのことなんてわかってくれない。
「いやだって言ってるでしょ!」
大きな声が出た。あたしはなぜか立っていた。声を出すのと同時に立ち上がっていたのだ。佐藤は「ごめん」と言いながら席に戻っていく。これでいい。あたしのことをわかってくれる人なんていない。
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