ポンコツカルテット

ハルキ

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1章 佐藤和心(さとうなごみ)

3.変わり者たち

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 千葉に着き、今日から新しい中学校だった。昨日は千葉まで七時間ほどかかり、車酔いをしない私でも気持ち悪く感じた。着いても、引っ越しの荷物を片付けるという気は起きず、明日、学校が終わってからやろうと決めた。
 朝、起きて新しいキッチンに行くと、母はなにやら洗い物をしていた。そして、私に気がつくと、「オハヨウ」という挨拶を言いながら、何かを持って近づいてきた。
 
 「ハイ、これ」
 
 そう言われて渡されたのはピンクの布で包まれたお弁当だった。そうだ、前の学校では給食があったが、今日から行く学校は弁当だった。すっかり忘れていた。私は黙ってそれを受け取った。
 
 「はい、パパさんも」
 
 横を見ると、父が眠たそうにパジャマ姿で立っていた。加齢臭が、すこし匂う。私は一歩横へ父から離れる。
 
 「あぁ、ありがとう」
 
 父はそう言い、弁当を受け取った。前の会社でも弁当だったから変わっていない。
 私はパジャマ姿から制服に着替え、洗面台の鏡で自分の姿を見た。新しい制服は茶色で少し大人っぽいが、私の褐色の肌には合わなかった。
 私はかばんを持って家を出ようとした。けれど、いつもの母の「いってらっしゃい」という言葉が聞こえてこなかった。
 外は五月ということもあり、ほどよく暖かい。これなら上着がなくても大丈夫そうだ。私の身体は太陽の日差しで暖かかった。けれども、いつも心を温めてくれるおばさんの「いってらっしゃい」という言葉はどこからも聞こえては来なかった。
 元居た町とあまり変わらない住宅街を歩いていると、突然、怒気の強い女の人の声が聞こえてきた。
 
 「もう、私たちの家に関わらないでちょうだい」
 
 その家の人は思い切り扉を閉めた。その前に立っていたのが母だった。朝から何をしているのだろうか。
 母は悲しそうな顔をしていたが、私を見ると途端に笑顔になった。
 
 「いってらっしゃい」
 
 私はいつも通り、無視をした。けれど、私の心の中に少しだけ暖かいものが生まれているのを感じた。



 学校へ行くと、担任の先生に促され、教室の前まで案内された。担任の先生が先に教室に入り、次に私が入る。すると、新しいクラスメイトたちがざわめいた。
 私は教卓の前に行き挨拶をした。
 
 「佐藤和心です。よろしくお願いします」
 
 関西弁が出ないように最低限度に挨拶を済ました。ハーフと言うことは私の姿を見ればわかることだけれど、関西から来たということは言わないほうがいいだろう。ハーフ以外にも疎外される要因が増えるだけだ。
 私の席は窓際の一番後ろの席だった。行く途中で、周りの小さな声が耳に入ってくる。   
 ここも一緒か。
 SHRで前の学校と同じように担任の先生が連絡事項を話し、終わると教室から出ていった。すると、今まで静かだった教室に話し声が聞こえ出した。
 誰がハーフの女が来ると予想しただろうか。ざまぁみろ。意味もなくそんなことを思いながら私は外にあるグラウンドを眺めていた。
 
 「ねぇ、佐藤さん?」
 
 なにやら、声が聞こえる。佐藤というのはありふれた名字だ。私以外にもきっといる。
 
 「佐藤さん?」
 
 あと、和心という名前もキラキラネームっぽい。誰が一発でと呼べるだろうか。最初、担任の先生にも間違えられた。
 
 「佐藤さんってば」
 
 何者かにいきなり肩を掴まれ、体が飛び上がる。先ほどまで呼んでいた声は私に対してだった。
 目の前には私よりも身長が高く、制服が今にもはち切れそうな女子が立っていた。それを見て、私は思わず腰が引けそうになる。
 
 「な、なに?」
 
 「佐藤さんって、ハーフ?」
 
 はじまった。クラスメイト達が半身でこちらを見ているのがわかる。これは前の学校でもやられていたことだ。だけど、『ハーフではない』と言っても、みんなは嘘だとわかるだろう。
 
 「うん」
 
 私はそうはっきりとそう告げる。
 
 「パパか、ママ、どっちがハーフなの?」
 
 「どっちでもいいでしょ」
 
 「ねぇ、ねー、ねーてば」

 しつこく聞いてくるので私の中に怒りが少しずつたまっていく。
 
 「ねぇ」

 そう聞こえた時、ついに耐えられなくなった。私は思い切り、机をたたいて立ち上がった。
 
 「どっちでもええやんか!」
 
 思わず関西弁が出てしまった。やってしまった。だってここは標準語を話す人がほとんどだ。それなのに、私だけが関西弁で話していたら、異質な存在と思われるだけだ。
 一日目で、もう私は終わった。みんなから蔑まれるだけ。私はそっと席へ座る。私は昨日の父の言葉を思い出す。この時、母ならどうしていただろう。
 私はこれからこの学校でも、みんなから蔑まれるのだと思っていた。
 
 「ごめん」
 
 そう、聞こえた。私が言ったのではない。目の前の彼女がそう言ったのだ。彼女は、悲しい顔をして、立ち去ろうとした。どうして、私にそんな顔をするの。前の学校では一度もなかったことだった。
 私は待って、と声をかけようとしたが、結局は言葉をかけることができなかった。彼女はどうして私に「ごめん」と言ったのだろうか。その理由はすぐにわかった。
 声をかけてきた彼女は真ん中の席に腰かけた。すると、周りからこんな声が聞こえてきた。
 
 「おい、山田が色黒の奴に声をかけたぞ」
 
 「変わり者同士、仲良くやれんじゃねぇの」
 
 それは以前の学校で私がクラスメイト達から浴びせられてきた心無い言葉。教室の全方位からその言葉は投げかけられる。あぁ、なるほど。彼女は、山田さんは私と同じで、みんなとは異質な存在として扱われているのだ。


 
 一限目の数学が終わると、私は山田さんに話しかけようとした。おそるおそる彼女の机に近づくと、上にはおかしが落ちそうなほど置かれていて、山田さんはそれを頬張っていた。
 
 「あ、あの」
 
 「あいあおう?」
 
 私に気が付いた山田さんは口いっぱいにおかしを詰め込みながら言う。丸まった顔だが美人だ。男子からもてそうなのにどこに非難される要素があるのだろうか。
 
 「い、いや。さっきはごめんって、言いに来た」
 
 山田さんは口をもぐもぐさせる。そのため、山田さんが口を開くのに時間がかかった。
 
 「さっきって、何のこと?」
 
 「さっき、お父さんかお母さんか、どっちがハーフなの、って聞いてきたじゃん」
 
 「そんなこと、あったっけ?」

 「あったよ!」
 
 私の声は教室中に響いた。教室にいる人らが私らに視線を向ける。少しきまずい。
 
 「別に山田さんに怒ってたんじゃない。ただ、それだけ」
 
 私はそれだけ言い立ち去ろうとした。けれど、山田さんは私の腕を掴んでこう言ってきた。
 
 「じゃあさ、友達になろう」
 
 私は、『友達』という言葉を今ひとつ飲み込めなかった。私にとって聞き馴染みのない言葉、だけど、今の私にとって心が暖かくなる言葉だった。
 私はどう言っていいか分からず黙っていた。けれど、山田さんの輝いた目を見ると、断ることができなかった。
 
 「う、うん」
 
 山田さんはさらに明るい表情を見せた。もし、山田さんに尻尾がついていたらぶんぶん振っているのだろう。
 
 「わたしは山田恵琉える。よろしく」
 
 「私は佐藤和心、こっちこそ、よろしく」
 
 「ねえねえ、めいちゃん。お友達できたよ」

 山田さんは右前の席を見た。そこには茶色の髪をポニーテイルにくくっていて、肌は雪のように白い女子が座っていた。なんだかうらやましい。
 
 「あっそ」
 
 鳴ちゃんと言われた女子は振り返りもせずに、そっけなく返した。けれども、山田さんは気にもとめなかった。
 
 「佑月ゆづき、友達できたよ」
 
 山田さんは次に左前を見る。小柄で頭の上にリボンをつけていてかわいらしい女子だ。
 
 「佑月、聞こえてる?」
 
 山田さんはもう一度声をかけた。すると、佑月ちゃん? はこちらに振り返る。佑月ちゃんはリボンに似つかわしくない細長い目でこちらをにらみつけてくる。想像と違い、少し後退る。
 佑月ちゃんは何も言わないまま、声をかけられる前の体勢に戻って本を再び読み始めた。山田さんを見ると、頬をふくらませていた。
 
 「ごめんね、みんな物騒で」
 
 山田さんは私を見て、苦笑いをした。前のふたりに受け入れられているのかわからないけれど、友達ができたことをうれしく思っていた。

 「ポンコツカルテット」
 
 ふいにどこからか、そんな声が聞こえた。ひとつだけ聞こえたかと思えば、ふたつ、みっつと増えていく。
 私が右へ左へと顔を動かした後、山田さんのことを見た。山田さんは何も答えない。ポンコツカルテット? 
 状況がわからない私に、右前にいる鳴ちゃんが説明をした。
 
 「あたしたちは、クラスから変わり者に見られているから『ポンコツカルテット』ってよばれているのよ」
 
 鳴ちゃんは無感情で簡潔にそう話す。カルテットというのだから、四人。山田さんと鳴ちゃんと佑月ちゃん、そして私だろうか。
 この三人にも私と同じ秘密のようなものを抱え込んでいるのだろうか。
 そう思い、山田さんを見た。山田さんは私から去ったときのように悲しい顔をしている。ポンコツカルテット、という言葉を聞いてからうなだれている様子だった。そう言われたくない理由でもなるのだろうか。大丈夫? と声をかけようとしたけれど、すぐにやけ食いのようにおかしを口いっぱいに食べ始めた。

 「わたし、別に変わってないもん」
 
 
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