ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
上 下
233 / 246
十二章 悪女

233. 先輩……!!

しおりを挟む
「心配いたしましてよぉぉ」

 学園に行くと、真っ先にヴィヴィアン公爵令嬢が、豪華な縦ロールの髪を揺らして、マグダリーナとレベッカを抱きしめた。

「あたくしは回復薬をいただいて、すぐ元気になりましたのに、お見舞いに来てくださった皆さんが一週間も寝込んでしまったのですものぉ」
 ダーモットと公爵の根回しで、そういう設定になっている。
「運悪くうちの魔法使いも諸用で出払っていて……ご心配おかけいたしました」
「元気になったのなら、何よりですわぁ」

 ヴィヴィアン公爵令嬢のお声は、可愛らしくよく通る。
 中央街での流民の結界は、中が見えないものだったらしく、魔獣が出た後、マグダリーナ達の状況を正確に把握できたものはいない。人々は、ヴィヴィアンの言葉を信じているはず。

「マグダリーナ・ショウネシー嬢!!!」

 そこに意外な人物からお声がかかった。
 マグダリーナを見つけた、背の高い高等部の男子が駆けてくる。
 マグダリーナ達が知っている、高等部の男子生徒など、非常に数少ない。

 先輩だ。
 名前は知らないが、領地戦で知り合った魔法科の先輩だ。

「お久しぶりです先輩。そんなに慌ててどうしたんですか?」
 これあれかな? ディオンヌ商会の魔導具融通して欲しいってやつ?
 マグダリーナは一応、そう予想をつけてみる。

「マグダリーナ嬢の友人には、エリック王太子を虜にする程の、美しい少女が居るとか」
「ええ、まあ……」
 というか、それ噂になってんの?

 先輩は勢いよく、マグダリーナに頭を下げた。
「頼む! その女子を俺に紹介してくれ!!」
「えっと、彼女にはもう結婚を約束した人がいるので、残念ですが……」
 紹介してと言うなら、当然男女のお付き合いの事だと思い、マグダリーナはお断り申した。

「そんな……それでもマグダリーナ嬢と同じ年齢ならば、流石にまだ一線は超えて無いはず……いや、美しい女子は……特に平民は蕾のうちでも手折られやすい……かくなる上は」

 先輩は、ヴェリタスの肩をワシっと掴んだ。
「うぉ!」
 ヴェリタスは仰け反って逃れようとするが、相手も気合が入っているので、逃げられない。

「アスティン、俺のためにドレスを着てくれ!!!」

「………………なんて?」

 呆然とするヴェリタスを横目に、マグダリーナは冷静に手を挙げた。
「お化粧も必要でしょうか?」
「ああ、出来るだけ美しい少女が必要なんだ」
「……なんて?」
 ヴェリタスはマグダリーナを見た。

「理由はわからないけど、ヴェリタスがドレスを着る機会を逃しちゃダメだと思うの」
「いや、止めてくれよ。そもそも俺、女じゃないし! 流石にユニコニスは騙せないだろう」

「「「「ユニコニス?」」」」
 聞き慣れない単語に、マグダリーナとアンソニー、ライアンとレベッカも同時に聞き返えす。

 とりあえず授業が始まるので、一旦先輩とは別れて、午後の授業後に詳しい話を聞くことにした。



◇◇◇


「えーと『ユニコニス』、一角魔獣馬の中でも、純白の色をした上位種で、清らかな乙女しか触れることができない、気位の高い魔獣です」

 アンソニーが、図書館の魔獣図鑑から調べたことを、説明してくれる。

「清らかな乙女……だから先輩は、蕾がどうとか言ってたのね……流石にニレルはエステラが大人になるまで待つんだろうけど、判定するのはそのユニコニスなのよね? 私達とは感覚の違いとか無いのかしら?」

 この世界、貴族なら家門が守ってくれるが、後ろ立てのない平民の、見栄えの良い女子は、残念なことに犯罪の的になり易い。マーシャとメルシャがそうであったように……
 流民達と過ごした一週間で、マグダリーナは尚更この世界の治安の悪さを実感した。リーン王国はもしかしたら、大陸で一番治安が良い方かも知れない……



◇◇◇



 学園のサロンは有料だが、仕切りごとに防音魔法がかかっていて、使い勝手が良い。
 先輩とはそこで待ち合わせだ。

 先輩と一緒に、なんとドロシー第一王女もいらっしゃった。

 サロンに着くと、先輩が席までマグダリーナをエスコートしてくれる。高等部にもなれば、その所作も様になっていた。
 テーブルに着くときも自然に椅子を引いて座らせてくれる。
 ドロシー王女は、ヴェリタスがエスコートした。

「『ユニコニス』という、一角魔獣馬の中でも最上位種の存在が、王領のとある森に生息していますの」
 口火を切ったのは、この中で一番身分の高いドロシー王女だ。

「彼は自身の杖を作る芯材に、ユニコニスの立髪を採取する許可を王宮に申請して、王宮の騎士を同伴に採取の許可が降りました。ユニコニスの命に関わる要請でもありませんでしたし……」

 先輩が深く頷く。

「清らかな乙女の手助けが必要ということで、私とアギーも同行しましたの。ユニコニスにまで進化した個体は幻獣と呼ばれるほど。ちょっとこの目で見てみたいではありませんか」
「わかります!」
 マグダリーナはドロシー王女の言葉に賛同した。

「それでユニコニスは、美しかったですか?」
 ヴェリタスの何気ない疑問に、ドロシー王女は扇子を広げて顔を隠した。微かにをその肩が震えている。

「姿だけは」
「……姿、だけ」
 ヴェリタスは繰り返した。

「ええ、姿だけ。あのお馬さん、私とアギーにこう言いましたのよ。『布と宝石で誤魔化した不細工どもめ、私に触れて良いのは、美しく清らかな乙女のみ。その衣服を脱ぎ捨て裸になるなら、私の世話を許そう』ですって……」

「え?! なんですかそのスケベ馬!」
 マグダリーナは呆気に取られた。

 ブロッサム妃はリーン王国三大美女の一人で、その娘であるドロシー王女とアグネス王女も申し分ない美少女だ。
 因みに残り二人はシャロンとクレメンティーンだった。
 つまりヴェリタスは三大美女のシャロン伯母様の美貌を受け継いでいるし、先輩がヴェリタスにドレスを着せようとしたのも、あながち間違いではない。性別以外は。

「やっぱり、馬の美的感覚は人と違うと思えば良いのでしょうか……?」
 アンソニーが穏便な意見を出す。

 ドロシー王女は首を横に振った。
「美貌と言えば、エルフ。私にはまだシーラという切り札があると思っていましたの……そしてシーラを連れて、ユニコニスの元に行きましたわ……ところが、あのお馬さん『美しいが、私が傅く程でもない。服を脱げば、私の世話を許そう』ですって……!」

 マグダリーナは冷静に、先輩を見た。
「先輩、いくら幻獣でも品性が下劣なダメダメ馬じゃないですか。そんなのの立髪を大事な杖の素材にしていいんですか? もっと良い素材にしませんか? コッコカトリスの尾羽なんかうちに山ほどありますよ?」

 先輩は項垂れた。
「正直そうしたい所だか、コッコカトリスは火属性。水属性の俺とは相性が……」

「リーナちゃん」
 ドロシー王女が笑顔で声をかける。だが、その笑顔が珍しく、怖い。

「もうそういう問題ではないの。あのお馬さんは王女たる私達を侮辱したわ。何がなんでも、あの立髪を刈り取るしか無くってよ。エステラちゃんにお願いできるかしら?」

 なるほど、表向きは先輩が動いてたが、この一件の本当の依頼者はドロシー王女なのだ。

 マグダリーナは思案した。もしユニコニスがエステラにセクハラ発言したら、ニレルとエデンとルシンが口より先に手を出すに違いない。

「ユニコニスの命の保証は、出来ないかも知れません」
 マグダリーナは正直にそう言った。

 ドロシー王女は、王族の顔で頷いた。
「その時は、腹黒妖精熊のように、綺麗な剥製にして頂戴」

 ドロシー王女は本気だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

処理中です...