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十章 マグダリーナとエリック
201. ダーモットと快眠すやすやねんねの子守歌
しおりを挟む ヴィヴィアン・オーズリー公爵令嬢がまだ訳もわからずショウネシー領の浜辺にいた頃、ショウネシー邸にはヴェリタスのチャーからショウネシー邸のマゴー1号へ、ことの顛末は伝えられていた。
ダーモットは発端となった出来事に関してもルシン達から聞いていたので、珍しくマゴーを使って、オーズリー公爵へ手紙を……なんてことは、妖精のいたずらで不可能なので、マゴーとアッシを公爵邸に送って、直接通信を入れる事にする。
(……まあ、相手は素直にこちらの通信に出るような人ではないのだが)
ダーモットが紅茶を飲みながら、読みかけの本が終わりに近づくころ、ケーレブが公爵家と通信が繋がったことを知らせてくれる。
ダーモットの書斎の魔法画面表示が、怒りを露わにした、紫色の髪の貴婦人を映し出す。怒りのあまり、周囲にあたり散らしたのだろう、貴婦人の背後にはティーカップやテーブルクロスが散乱しているのが見えた。
ダーモットは待たされた時間と、相手の考えそうなことを推測する。
「お久しぶりですね。学園にいる我が家の子供達を誘拐しようとして、大いに失敗したというような顔をしていらっしゃるが、ご機嫌麗しく」
『麗しいわけないでしょう!』
オーズリー公爵……ヴィオラ・オーズリーは激しくテーブルを叩いた。
尚ダーモットの予想は当たっていて、誰にも気づかれないよう、既にマゴー達が公爵の手の者を捕縛していた。
『子爵家の分際で、アタクシの姪を拉致するとは、覚悟はできてるんでしょうね? ダーモット・ショウネシー』
「今の我が家は伯爵家になりましてね。私が言えた義理ではありませんが、公爵も頻繁に社交をなさった方がよろしいですよ。情報が古い」
ダーモットはもちろん、オーズリー公爵が社交界出禁になっていることを知っていて、おっとりとそう言った。
貴族の女性としては珍しく、髪を短くしているヴィオラは、細くしなやかな腕を上げ、前髪を手櫛でかきあげて、ダーモットを睨んだ。
『ヴィヴィアンに何かしたら、ただじゃおかないよ!!』
「うちの娘達に何かしておいて、よく言えますね」
『未遂だったじゃないの』
「…………」
自らの失言に気づいたオーズリー公爵は、舌打ちして椅子に腰かける。
『…………わかったわ。アタクシの負けよ。だからヴィヴィアンは無事に返してちょうだい』
「そもそもなぜ、うちの娘達に手を出したのです?」
『…………憎くて、羨ましくて、胸が痛かったのよ。あの子達じゃないわ。クレメンティーンとブロッサムがよ。いつもアルバート殿下の側に居たくせに、二人とも別の男と結婚したわ。アノヒトとアタクシだけが、檻の中で独りぼっち。貴方の娘達を見た途端、それを思い出したの。その瞬間、アタクシは炎になったわ。もう何もかもわからなくなった…………それだけよ』
ヴィオラは気怠げにそう言うと、目を瞑った。
その姿を見て、ダーモットは嫌な予感がした。首の後ろがチリチリと不快感を訴える。
ヴィオラの後ろから、闇色の瞳がこちらを見ていた。
眠り妖精だ――
「マゴー、エステラ達を呼んでくれ!」
ダーモットは叫んだ。
◇◇◇
「…………くら……いと、危険なのよ」
「ラムちゃんもですの?」
「ラムちゃんは、まだまだ小さいから大丈夫」
オーズリー公爵は、誰かが喋る声を聞きながら、ゆっくり目を覚ました。
「あっ、お目覚めになりましたわぁ! 良かった!! ヴィオラ叔母様」
姪の姿が目に入って、ヴィオラはヴィヴィアンを抱きしめる。
「良かった……無事で……無事……無事なのよね?」
「無事ですわぁ!」
ヴィヴィアンは元気に言った。
「セワスヤンは……」
ヴィオラは自分の身におこったことを自覚して、己の従魔である眠り妖精を探す。
妖精と名のつく魔獣のなかでも、眠り妖精は不眠で大きくなる、変わった生態の魔獣だった。そして大きくなった眠り妖精は、周囲の生き物の精神と命を食べ出す、危険な魔獣だ。
不眠の原因にもなる、テイマーのストレスでも大きく成長する。
ヴィヴィアンが心配だったヴィオラは、ダーモットと対話し、自分がダーモットならばヴィヴィアンはとうに傷物にしていると確信して、烈しい心労に晒されたのだ。それを自身の眠り妖精と共有して、一気に大きく育ててしまった。そしてそのまま眠るように、命を食べられてしまうところだったのだ。
「ラムちゃんと一緒に、ぐっすり寝てますわ」
「まさか……」
ヴィオラの眠り妖精たるセワスヤンは、ぐっすり寝てる。ヴィオラを超える大きさになったのだが、睡眠のお陰で、ヴィヴィアンのラムちゃんの一回り大きいほどまでに縮んでいた。
それからヴィオラは、ヴィヴィアンと一緒にいるエステラを見た。
「君は……ショウネシーの魔法使いね。君がアタクシの死神?」
エステラはびっくりして首を横に振った。普段優しそうな顔だとは言われても、死神扱いされるのは初めてだった。
「ダーモット・ショウネシーに命令されて来たんじゃないの?」
「ダーモットさんに、貴女を助けて欲しいと請われて来ました」
ヴィオラはアッシの魔法画面表示を見た。
「アタクシを助けて、何を考えているの? ダーモット・ショウネシー」
画面の向こうのダーモットが答える。
『私が求めているのは、平和的な交渉と解決ですよ。これで公爵は、ショウネシーに大きな借りができましたよね。私の子供達に何かあった時、是非手助けをしてやって欲しいのです』
「しょうがないわね」
それはプライドの高いヴィオラの、精一杯の承諾の言葉だった。
『では魔法契約を。私も「快眠すやすやねんねの子守歌」を歌った甲斐があったよ』
ダーモットは安心して、椅子の背にもたれる。
「すやすやねん…………なんですって?」
「眠り妖精を眠らすために、ダーモットさんに歌って貰ってたんです。うちの従魔が開発した『快眠すやすやねんねの子守歌』を」
エステラは魔法契約書を作り、ヴィオラの署名を求めながら言った。
ヴィオラはチラリと、くっついて眠る二匹の眠り妖精を見た。
「……その歌、アタクシにも教えていただけるかしら?」
エステラは説明した。
「眠り妖精にしか効かないように改変したものは、私も試して見たけど、男性の歌声でしか効果がないんです。とりあえず、おねーさんに教えてあるので、おねーさんが自分のお父さんに教えるそうです」
ヴィヴィアンは強く頷いた。
「重要点もしっかり書き留めてありますのよ。アタクシがちゃんとお父様にお教えしますわぁ!」
ヴィヴィアンの父は、ヴィオラの兄だ。王宮出禁になっている妹に代わり、公爵代理として仕事をしている。公爵邸にも一緒に住んでいた。
「……恩にきる」
ヴィオラ・オーズリー公爵は、小さく呟いた。
◇◇◇
マグダリーナ達が学園から帰ってくると、既に公爵令嬢はショウネシー領には居らず、ダーモットがのんびりと「オーズリー公爵家が、うちに何かして来ることはもうないから、安心するといい」とだけ言った。
「ごめんなエステラ、変なもの任せて」
ちょうどショウネシー邸に来ていたエステラに、ライアンが謝る。
「全然気にしてないわ。楽しいおねーさんだったもの。眠り妖精も可愛かったし」
エステラは、スライム達を抱えて笑顔で言った。
ダーモットは発端となった出来事に関してもルシン達から聞いていたので、珍しくマゴーを使って、オーズリー公爵へ手紙を……なんてことは、妖精のいたずらで不可能なので、マゴーとアッシを公爵邸に送って、直接通信を入れる事にする。
(……まあ、相手は素直にこちらの通信に出るような人ではないのだが)
ダーモットが紅茶を飲みながら、読みかけの本が終わりに近づくころ、ケーレブが公爵家と通信が繋がったことを知らせてくれる。
ダーモットの書斎の魔法画面表示が、怒りを露わにした、紫色の髪の貴婦人を映し出す。怒りのあまり、周囲にあたり散らしたのだろう、貴婦人の背後にはティーカップやテーブルクロスが散乱しているのが見えた。
ダーモットは待たされた時間と、相手の考えそうなことを推測する。
「お久しぶりですね。学園にいる我が家の子供達を誘拐しようとして、大いに失敗したというような顔をしていらっしゃるが、ご機嫌麗しく」
『麗しいわけないでしょう!』
オーズリー公爵……ヴィオラ・オーズリーは激しくテーブルを叩いた。
尚ダーモットの予想は当たっていて、誰にも気づかれないよう、既にマゴー達が公爵の手の者を捕縛していた。
『子爵家の分際で、アタクシの姪を拉致するとは、覚悟はできてるんでしょうね? ダーモット・ショウネシー』
「今の我が家は伯爵家になりましてね。私が言えた義理ではありませんが、公爵も頻繁に社交をなさった方がよろしいですよ。情報が古い」
ダーモットはもちろん、オーズリー公爵が社交界出禁になっていることを知っていて、おっとりとそう言った。
貴族の女性としては珍しく、髪を短くしているヴィオラは、細くしなやかな腕を上げ、前髪を手櫛でかきあげて、ダーモットを睨んだ。
『ヴィヴィアンに何かしたら、ただじゃおかないよ!!』
「うちの娘達に何かしておいて、よく言えますね」
『未遂だったじゃないの』
「…………」
自らの失言に気づいたオーズリー公爵は、舌打ちして椅子に腰かける。
『…………わかったわ。アタクシの負けよ。だからヴィヴィアンは無事に返してちょうだい』
「そもそもなぜ、うちの娘達に手を出したのです?」
『…………憎くて、羨ましくて、胸が痛かったのよ。あの子達じゃないわ。クレメンティーンとブロッサムがよ。いつもアルバート殿下の側に居たくせに、二人とも別の男と結婚したわ。アノヒトとアタクシだけが、檻の中で独りぼっち。貴方の娘達を見た途端、それを思い出したの。その瞬間、アタクシは炎になったわ。もう何もかもわからなくなった…………それだけよ』
ヴィオラは気怠げにそう言うと、目を瞑った。
その姿を見て、ダーモットは嫌な予感がした。首の後ろがチリチリと不快感を訴える。
ヴィオラの後ろから、闇色の瞳がこちらを見ていた。
眠り妖精だ――
「マゴー、エステラ達を呼んでくれ!」
ダーモットは叫んだ。
◇◇◇
「…………くら……いと、危険なのよ」
「ラムちゃんもですの?」
「ラムちゃんは、まだまだ小さいから大丈夫」
オーズリー公爵は、誰かが喋る声を聞きながら、ゆっくり目を覚ました。
「あっ、お目覚めになりましたわぁ! 良かった!! ヴィオラ叔母様」
姪の姿が目に入って、ヴィオラはヴィヴィアンを抱きしめる。
「良かった……無事で……無事……無事なのよね?」
「無事ですわぁ!」
ヴィヴィアンは元気に言った。
「セワスヤンは……」
ヴィオラは自分の身におこったことを自覚して、己の従魔である眠り妖精を探す。
妖精と名のつく魔獣のなかでも、眠り妖精は不眠で大きくなる、変わった生態の魔獣だった。そして大きくなった眠り妖精は、周囲の生き物の精神と命を食べ出す、危険な魔獣だ。
不眠の原因にもなる、テイマーのストレスでも大きく成長する。
ヴィヴィアンが心配だったヴィオラは、ダーモットと対話し、自分がダーモットならばヴィヴィアンはとうに傷物にしていると確信して、烈しい心労に晒されたのだ。それを自身の眠り妖精と共有して、一気に大きく育ててしまった。そしてそのまま眠るように、命を食べられてしまうところだったのだ。
「ラムちゃんと一緒に、ぐっすり寝てますわ」
「まさか……」
ヴィオラの眠り妖精たるセワスヤンは、ぐっすり寝てる。ヴィオラを超える大きさになったのだが、睡眠のお陰で、ヴィヴィアンのラムちゃんの一回り大きいほどまでに縮んでいた。
それからヴィオラは、ヴィヴィアンと一緒にいるエステラを見た。
「君は……ショウネシーの魔法使いね。君がアタクシの死神?」
エステラはびっくりして首を横に振った。普段優しそうな顔だとは言われても、死神扱いされるのは初めてだった。
「ダーモット・ショウネシーに命令されて来たんじゃないの?」
「ダーモットさんに、貴女を助けて欲しいと請われて来ました」
ヴィオラはアッシの魔法画面表示を見た。
「アタクシを助けて、何を考えているの? ダーモット・ショウネシー」
画面の向こうのダーモットが答える。
『私が求めているのは、平和的な交渉と解決ですよ。これで公爵は、ショウネシーに大きな借りができましたよね。私の子供達に何かあった時、是非手助けをしてやって欲しいのです』
「しょうがないわね」
それはプライドの高いヴィオラの、精一杯の承諾の言葉だった。
『では魔法契約を。私も「快眠すやすやねんねの子守歌」を歌った甲斐があったよ』
ダーモットは安心して、椅子の背にもたれる。
「すやすやねん…………なんですって?」
「眠り妖精を眠らすために、ダーモットさんに歌って貰ってたんです。うちの従魔が開発した『快眠すやすやねんねの子守歌』を」
エステラは魔法契約書を作り、ヴィオラの署名を求めながら言った。
ヴィオラはチラリと、くっついて眠る二匹の眠り妖精を見た。
「……その歌、アタクシにも教えていただけるかしら?」
エステラは説明した。
「眠り妖精にしか効かないように改変したものは、私も試して見たけど、男性の歌声でしか効果がないんです。とりあえず、おねーさんに教えてあるので、おねーさんが自分のお父さんに教えるそうです」
ヴィヴィアンは強く頷いた。
「重要点もしっかり書き留めてありますのよ。アタクシがちゃんとお父様にお教えしますわぁ!」
ヴィヴィアンの父は、ヴィオラの兄だ。王宮出禁になっている妹に代わり、公爵代理として仕事をしている。公爵邸にも一緒に住んでいた。
「……恩にきる」
ヴィオラ・オーズリー公爵は、小さく呟いた。
◇◇◇
マグダリーナ達が学園から帰ってくると、既に公爵令嬢はショウネシー領には居らず、ダーモットがのんびりと「オーズリー公爵家が、うちに何かして来ることはもうないから、安心するといい」とだけ言った。
「ごめんなエステラ、変なもの任せて」
ちょうどショウネシー邸に来ていたエステラに、ライアンが謝る。
「全然気にしてないわ。楽しいおねーさんだったもの。眠り妖精も可愛かったし」
エステラは、スライム達を抱えて笑顔で言った。
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