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九章 噂と理不尽

178. 聞いてない

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 夜明け前に目覚め、マグダリーナは着替える。隣の寝台から、レベッカが身じろぎする気配を感じた。

「リーナお姉様、もうお着替えですの?」
「レベッカはもう少し寝てていいわ。私は誰も見てないうちに、モモ・シャリオ号を収納から出しておきたいから」

 マグダリーナは、今日のためにエステラが用意してくれた衣装に着替える。
 運動服と同じディオンヌシルクでできた、伸縮性がありお肌にも優しく、防護力にも優れた素材でできた衣装だ。

 足首まで隠れる透け感のない黒のスパッツ、鮮やかなラズベリーピンクのハイネックの長袖のシャツを着る。シャツは袖だけが黒で少し長め。その上からお尻の隠れる長さの黒い五分袖チュニック、そして黒の膝丈のズボン。チュニックの袖の下半分、そしてズボンの両サイドの下半分も、シャツと同じラズベリーピンクの布地に切り替えられていて、ユニセックスかつスポーティなデザインは懐かしくも新鮮だった。

 最後に厚いゴム底の、足首が隠れる強そうな運動靴を履くと、マグダリーナのテンションは大いに上がった。

 普通に令嬢生活をしていたら、絶対着ないであろう衣装だ。全員揃いの衣装なのだ。

 因みにズボン丈については、まだ夜会デビュー前で肌は見せていないことで、ギリギリなんとか、シャロンの了承を得る事が出来た。


 着替えが終わると、ととのえるの魔法で心身共にシャキッとさせて、テントの外へ出る。まだ空には星が瞬いていたが、微かに天井のような透明な膜のようなものが見えた気がした。おそらく以前ヴェリタスが言っていた、結界内の生物を絶対死なないようにするという、ウシュ時代の魔導具が作動している証なのだろう。

 マグダリーナは、収納からモモ・シャリオ号を取り出した。

「今日はよろしくね」

 団旗をモモ・シャリオ号に近づけると、それを挿し込む部品が内部から現れ、マグダリーナはしっかりと設置した。そしてそっと、その輝く桜色の車体を撫でる。それに応えるように、モモ・シャリオ号からピュイっと小さな音が響いた。



◇◇◇



 ショウネシーの朝は早い。朝練があるからだ。

 まだ薄暗いうちから桃色スライムの団員は起き出し、準備万端に柔軟運動を行なっていた。
 各自のテントは片付け済みで、ヴェリタスを先頭に、軽い走りこみをした。

「中でコソコソしてると思われるより、外で堂々としてた方がいいのよね?」

 マグダリーナがそう言うと、ヴェリタスはちらっと学生会のテントを見た。

「そうだな、その方がいいと思う」

 マグダリーナはモモ・シャリオ号に手を翳して唱えた。

「カフェ開店」

 モモ・シャリオ号の後部側面が開き、変形していく。下部から床板が伸び、段差を埋めるスロープと階段が出来上がる。屋根も出来、柱も立って、テーブルと椅子が並べられ、あっという間に小さなオシャレカフェが出来た。
 モモ・シャリオ号はロボットに変形はしなかったが、カフェや屋台、店舗等には変形できてしまった。

 ヴェリタスが笑いを堪えながら言った。
「……ほんっと、こういうの見ると、らしいなって思う」

 ライアンも頷いた。
「何回見ても、どうやってこの形態に変形してんのか、さっぱりだな」

 カフェは屋根付きの、壁一面だけガラス張りのオープンカフェだ。もちろん、全面ガラス張りにも出来る。

 車体側のカウンターの奥にいるのは、女神の闇花達だった。

 四人がテーブルに付くと、闇花達は、運動後の子供達の為に、お冷代わりの冷たい塩入り蜂蜜リモネ水を出してくれた。

「ありがとな。今日の日替わり定食のお米はシャケンご飯か……俺朝食はそれにしようかな」
「まだ朝食には早い時間ですわよ。あ、動画お願いしますわ」

 レベッカがそう言うと、映像表示画面が現れ、ショウネシー領馴染みの動画が流れはじめた。

「この時間は天気予報ですわね」
「そうだな。今日は晴れのち曇りか」

 天気予報を見ながら、空をみていたライアンが視界を戻すと、学生会のテントから顔を覗かせている男子生徒と目が会った。

「リーナ、学生会が気づいたみたいだ」
 しばらくすると、エリック王子が視察にやってきた。


「これは……確かにショウネシーには、マゴーが動かす、獣に引かせなくていい車があると聞いたが。姉上やキース達から聞いたものと随分様子が違うようだが……」

 エリック王子にマグダリーナは頷いた。

「これは私が動かせるように作った、特別仕様車です。今からこのモモ・シャリオ号が、桃色スライムの陣地で基地になります」

 マグダリーナはビシっと決めたつもりでいたが、長閑なカフェが開店したままなので、なんとも言えない雰囲気になった。



◇◇◇



 学生会から、拡声の魔導具を使って、二日目の競技の注意事項が言い渡される。なんでも昨夜、他の団のテントに忍び込んだ生徒がいるらしく、その生徒のいた団は、罰則として開始十五分は動けないことになった。赤炎の熊団だ。

 モモ・シャリオ号の現在地から一番遠い所に陣地を構えている。多分どの団もまずあそこを狙いにいくと考えていい。

 マグダリーナ達の現在地から、一番近い場所に陣地を構えているのが黄金の鷲。それから青月夜の狼、緑竜の翼と距離が離れていく。
 周囲の岩場や木の位置を考えて、青狼が一番良い場所に陣地を構えて居るんじゃ無いかなと思えた。昨日の魔法大好き水属性の先輩がいる団だ。

 結局彼の名前も知らないまま別れた。

 何故なら、レベッカが「家政科のお姉様達」のノリで「魔法科のお兄様は~」でずっと通していたので、マグダリーナもライアンも「先輩」呼びで済ませてしまっていたのだった。


 競技開始時間が近づくと、団色の飾り布……桃色のタスキをかける。

 今日の陣取り合戦は、団旗を奪うだけでなく、この飾り布を奪った数でも得点が入る。それで団と個人の順位を競う競技だ。尚桃スラは、団旗と飾り布を「収穫」すると失格になる。昨日の午後に追加されたルールだ。

 ヴェリタス、ライアン、レベッカの三人は、グローブ、肘当て、膝当て、フルフェイスのヘルメットを付け、背中から肩を通り脇にベルトをかけるタイプのホルスターを付けると、各々の獲物を装備する。

 ヴェリタスは剣、ライアンは短剣、レベッカは特になしだ。

 ホルスターにはポーションの入ったポーチが取り付けられ、背中側には団旗を差し込めるようにもなっている。

 最後に昨日もらった三本のリボンを腕に巻くと、モモ・シャリオと共に機動の要になる魔導具、ウイングボードを取り出した。


 ウイングボードは、スケートボードから車輪を無くした格好の飛行魔導具だ。

 今回の作戦は、それぞれ単騎で敵陣に乗り込み、まず団旗を奪うこと。一番頑丈なマグダリーナが、最奥の団……つまり赤熊の担当だった。
 その後は戦闘経験を積みたい者が好きに飾り布集めをすれば良い。


 開始数十分前になり、ウイングボードに乗った三人は、モモ・シャリオ号の後部ルーフの上に並ぶ。

 観戦者達から、ざわめきが起こって、各団もようやくモモ・シャリオ号に気づきだした。

「なんだ、あれ……」
「浮いてる……まさか、飛ぶのか……」
 各団の基地から望遠鏡で様子を観察していた生徒が、慌てて団長に報告していく。

「臆するな! 相手は初参加の中等部の小僧どもだ。魔法科のアスティン子爵が攻撃の要だ。あいつの動向だけ気をつけろ!」
「彼らの狙いは団旗だ! 基本の作戦通り、弓兵と魔法兵の半数は団旗の周囲を守備、魔獣騎兵は赤熊を獲りに行くぞ!」
「桃スラがうちの陣地に届くまで結構時間がかかると見ていい。まず動けない赤の攻略からだ!」
「十五分、守備を徹底しろ! 耐え抜くぞ!!」

「あれは、聞いてない……」
 エリック王子は呆然と言った。
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