ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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八章 エステラの真珠

167. スライム秘伝の育児書

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「え!? そんなにいいの? 貝殻よ?!」

「あら、私これでもかなり安く買い叩いてるのよ。エステラは良いものを見抜く目はあっても、価格の相場は分かってないわね。危険だわ、うち以外と取引しちゃだめよ」

 かなり安く買い叩いているドーラは、堂々と言った。

「その真珠の一粒で金十は下らないのよ。まあショウネシー領内では同じ価格のコッコカトリスの卵をただ同然の価格でやりとりしてるんだからしょうがないけど」

 エステラはしばらく考えて、ドーラに頭を下げた。ディオンヌとゲインズ領にいた時から、高級素材は自給自足の生活だったので、正しい相場感が身につく気がしない。

「今後ともよろしくお願いします」
「ふふふ、任せてちょうだい!!」

 マグダリーナも不安になって聞く。

「ドーラ伯母様、私も物価について全然知らないの。やっぱり王都のお店とか見て回った方が良いかしら?」

「そうね、その方が良いわ。間違ってもショウネシー領の物価が標準になってしまってはいけないわ。領地によって物価も変わるけど、国中で一番価格が均一なのが小麦よ。国内生産の小麦も輸入小麦と価格を揃えているの。でないと小麦を作る農家が居なくなってしまうもの。パンの値段はだいたい小麦の質によってや、卵やバターを使っているとかでも変わってくるわね」

「あ、すでにショウネシーはパンが価格破壊してるわ……」
 マグダリーナは以前ライアンとレベッカから聞いたパンの価格を思い出す。

 最近は領の農産物たる米から作られた米粉も出来て、もっちりふわふわのものや、むっちり固めの米粉パンも出来ている。
 当然だが、小麦のパンより安い。

「あとは金銀銅の貨幣に使われる金属は、値動きはあるけど、大陸中で価格が統一されているわね。この価格を決めて造幣も行ってるのが聖エルフェーラ教国よ。聖エルフェーラ教国で造幣された貨幣のみ、大陸中で共通の価値があるとされて、うちの国をはじめ各国は教国から鋳造貨幣を買っているのよ。だからまあ、あの国は経済的に強いわよねぇ。あとうちの国は鑑定魔法持ちがいてバレ易いからいないけど、他国の裏界隈ではもちろん偽金を作る悪い人もいるのね。他国で買い物して、お釣りを返された時とか注意が必要よ。最近は、リオローラの魔法通販は決済時に偽金は受付ない仕組みだから、それを利用してわざと怪しいお金を混ぜて鑑定に使う猛者もいるのよ」

 マグダリーナは口をぽかんと開けて、驚いた。

「リーナ、そのお顔は淑女らしくなくってよ」

 シャロン伯母様が、優雅に微笑んだ。

「シャロン様も王宮に行ってらっしゃるのは、王妃様のお話相手ばかりではなくて、貿易で国に入った貨幣の真贋を鑑定しているのでしょう?」

 シャロンは貴婦人の微笑みを湛えたまま、あらまあと呟いた。

「ドーラ様の情報網はやはり侮れませんこと」

 ドーラもにっこりと微笑んだ。

 マグダリーナは、新学期に入ったら、放課後は王都の街を散策して、まずは正しい物価を知ろうと思った。



 ハラとヒラは、マグダリーナの髪飾りに代わりの真珠をつけて返してくれた。
 言っていた通りもっと質の良いエステラの真珠だ。

 そして、もう一つ。

 同じデザインの石色違いの髪飾りを作ってくれた。レベッカのために。

 当然レベッカは大喜びで、二匹のスライムをぎゅっと抱きしめた。

 そしてぼそりと。

「どうしましょう、クセになる感触ですわ……スライム」

「だよねぇ、スライム同士でぇ、ぷるっとくっついてもイイ感じぃ」

 そこでマグダリーナは思い出した。

「あのスライムベビーはどうするの?」

 モモが頭の上に乗せていた、保育容器を見せてくれる。

「ベビぃがベビぃでいられる間は短いのぉ。はやく大きくならなきゃ死ぬからねぇ。野生のスライムは生後三分でまず生死が決まるんだよぉ」

 これは野生が厳しすぎるのか、スライムが弱すぎるのか。

「普通のスライムベビーは集団で発生するから、割と生存率高いの。でも特殊個体の子はこんな風にぼっちでいるから、早めの保護が必要なの」

 ハラがそう言うと、モモはアンソニーの前に保育容器を置いた。
 まだ小さなベビーのままのスライムがそこにいた。

「あげるの」
 ハラがアンソニーに言った。

「……いいんですか?」
「秘伝の育児書も作ったの」

 ハラはそう言って「かわいくつよいスライムの育て方」というタイトルの本も贈呈する。

 エステラも頷く。

「何事も経験だから、スライム育児に是非挑戦してみて。特殊個体の子はベビー期間が一カ月と長いの。その間、潰したり迷子にしないよう注意が必要ね。大丈夫、失敗しても素材になるから無駄はないわ」

 スーパードライなご意見だが、マグダリーナはアンソニーには、命を大切にする人になって欲しい。

「ヒラもぉ、ベビぃの時にうっかり迷子になったけどぉ、タラが一生懸命探してくれたのぉ」

 ヒラがぴょんと飛び上がって、エステラの肩に乗ると、ぷりんぷる甘えて揺れ出した。

「僕、この子が立派な、つよくてかわいいスライムに育つよう、頑張りますね!」

 アンソニーは保育瓶と秘伝の育児書を大事に抱えた。


 スライムベビーは、真珠と一緒にいたことからシンと名付けられ、アンソニーはもとより、ダーモットまでメロメロにした。

 アンソニーが寝ている間に、ダーモットがこっそりシンにお菓子を与えているところを、マグダリーナは見てしまったのだった。

 そして新学期が始まる前に出来上がった新しい制服には、真珠貝の釦が、慎ましやかなスライムのように、上品に光っていた。
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