上 下
158 / 185
八章 エステラの真珠

158. セレンとエヴァ

しおりを挟む
 セレン・エルロンドには、全ての転生の記憶があった。

 それは二十一番目のハイエルフ、繁栄の母の権能を持つエヴァの番いとして、選ばれた印でもあった。番いである使命を忘れぬために。

「そしてエヴァは私に、魂を見分ける鑑定能力さずけた。これは万が一私の転生の記憶に支障が生じても、エヴァと出逢えばその使命を思い出すようにと」

 セレンはソファに座り、すごく疲れた顔をしている。まあ、そうだろう。拾った時点で既に弱っていた上に、床打ち謝罪をしていたのだから。

「エヴァの権能には、一人の男と一人の子だけを成すという決まりがあった。そのため私はこれまでずっと、寿命の短い人族として転生してきた。だが何故か今世はエルフ族として生まれてしまった……」

 セレンがセレンとして生まれる前に、女神の庭で立てた計画では、フィスフィア国の人族として生まれるはずであったのだ……

「おそらくそれが、あのお方の始めの介入であった」
「十一番目か」

 レベッカはエデンを見た。
「十一番目のハイエルフは、どのような権能を持った方でしたの」

 エデンはエステラを膝の上に乗せて座っていた。エステラもちょっと疲れた顔をして虚空を見つめている。

「狭間と変容の権能だ。物事や事象の隙間に入り込み、元の状態を変化させる力……錬金術にはもってこいの権能なのに、あいつの錬金術の腕はディオンヌより劣ってたな」
 ドヤ顔でエデンが言う。

「つまり、その権能でセレンさんの転生先が変更されたのですわね」
 レベッカはしっかりノートに書き込んでいく。すっかりショウネシー家の書記官だ。



「エルロンドは、今まで転生したどの国よりも、気の滅入るところであった。友であるケントの存在と、いつかエヴァに出逢うことだけが、心の慰めであった」

 セレンの疲労の影が濃くなる。

「我が兄は国王になる前から、邪魔な兄弟を始末して玉座を物にせんと画策しておった。私は末弟で、幸い物心つく頃には兄が国王となっていたので、辛うじて生き残ることが出来た。そして国王は私が政治に関わることを禁じた。かまわなかったよ。どうせエルロンドではエヴァとは暮らせない。私は国を出て、エヴァを探しに、約束の地へ向かった」

 転生の記憶を持つセレンには、一人で旅をすることも、路銀を稼ぐことも苦ではなかった。

「約束の地……?」
 エステラが呟いた。セレンは頷く。

「何人目かの……エヴァと私の娘が開いた、小さく長閑な王国だ。その初代女王は、人族の男性と子を成し、夫が亡くなると、国と子らを守る為に精霊化し、国の守護者となった。その国が出来た後は、私達は毎回、私の転生後にそこで逢う約束をしていたんだ。国の名はロゼル王国……」



◇◇◇



 ロゼル王国に辿りついたセレンは、まず家を探した。数百年前にエヴァと二人で建てた家は、まだ残っているだろうか。おそらくエヴァはそこで待っているはず。

 記憶を辿り、家路につく。この国は大きく変容することはなく、いつまでも平和で長閑だった。

「ただいま」
 目的の家を無事見つけて、セレンはそっと扉を開いた。鍵は必要ない。己の魂が、この家の鍵そのものだった。

 はるか昔、初めてエヴァに出会い、その番いとして選ばれた時。
 その時のセレンは、特にエヴァを愛おしいとは思わなかった。ただただ女神の御心のまま、使命を受け入れただけ。

 大いなるハイエルフ相手に、個人的な感情を抱くことは不敬に思われた。だから最初はエヴァがずっと、自分の転生を追いかけていた。しかし、回を重ねるごとに、エヴァに対する愛おしさが募らずにいられなくなってしまった。

 いつからだろうか、お互いに相手を探すようになったのは。

 眼裏に思い出すのは、神秘的なエヴァの褐色の肌、輝く黄金の瞳と黄金の巻毛。愛おしげに目を細め、セレンを迎えてくれるその姿。

「誰?」

 だがそこにいたのは、淡い金の白金髪に森の緑の瞳をもつ小さな少女だった。この国の、初代女王に何処か似ている。そういえば、あの子が結婚する年頃になるまで、エヴァと三人一緒に暮らしたのだった。

「もしかして、貴方がアディム? エヴァの唯一の人、そうなのね!」

 少女は呆然とするセレンを座らせ、テキパキと動いてお茶を淹れる。

「私はスーリヤ。両親が亡くなったあと、エヴァと暮らしているの。よろしくね」

 無垢で、輝く陽のような笑顔だった。そんな顔で笑いかけられ、否やと言える者がいようか。
 セレンは買い物に行っているというエヴァが帰るまで、スーリヤに流民として生きた時代の歌や踊りを教えた。それは今では失われた、創世の女神に捧げる為の歌舞だった。

「あら、なんて楽しそうなのかしら! 女神もお喜びになっているわ」
「エヴァ!」

 買い物籠を持ったエヴァにスーリヤはかけよって、その腰に抱きつく。スーリヤの頭を撫でながら、エヴェは言った。

「待っていたわ、愛しい貴方。今の名前を教えてちょうだい」
「セレン……セレン・エルロンドだ」

 エルロンドの名に少し驚いたものの、エヴァはセレンを抱きしめた。

 その日は、スーリヤの寝顔を眺めながら、二人はお互い会えなかった時間どうしていたかを話した。

 スーリヤは何代か前の王家の血筋が混ざった子だった。本人も、その両親も知らなかったようだが。
 そしてとても、美しい子だった。

 保護者が居ないと、よからぬ運命を招き寄せるのは容易に想像できた。娘によく似た、娘の子孫である少女が不幸になるのは見過ごせなくて、エヴァが引き取ったのだ。

 エヴァがセレンの子を孕むまでの、およそ十年間、スーリヤはセレンとエヴァの子として育った。

 三人の幸せな生活は、エヴァのお腹が目立つようになる前に終わりを告げた。
 セレンを探して、エルロンドのハーフ奴隷達が、ロゼル王国にやって来たからだ。

 セレンの兄が国王になってから、エルロンド王国はハーフ奴隷を使い、他国から暗殺の仕事を請け負うようになっていた。彼らは隷属の魔法で縛られ、目的の為にどんな手段をも取る。

 なぜ、今更国王は私を探すのか。いや、そんなことよりも、今は身籠っているエヴァと、スーリヤを守ることが大事だ。

「いいかいスーリヤ、彼らがこの国から居なくなるまで、エヴァと二人、この家から出てはならないよ」

 水面に相手の姿を映す水鏡の魔法を使って、スーリヤとエヴァにハーフ奴隷の顔を覚えさせる。

「セレン、行ってしまうの?」
 スーリヤは泣きそうな顔をしていた。

「彼らが探しているのは私だ。私さえ国に戻れば問題ない」

 最後にエヴァとスーリヤを抱きしめて、セレンはロゼル王国を後にした。


 エルロンド王国に戻ると、国王はセレンに、すぐに聖エルフェーラ教国へ向かうよう命じた。
「なぜ国を出た私を呼び戻してまで、教国へ?」

 当然の疑問を口にしたセレンに、国王は「教皇がお前を欲しがっている」とだけ答えた。

 私は一体、何のために、いくらで教国に売られたのだろうか。

 既に教国からの迎えも来ており、セレンは故郷の唯一の友と顔を合わせる間もなく聖エルフェーラ教国へと向かわされた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転移の……説明なし!

サイカ
ファンタジー
 神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。 仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。 しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。 落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして………… 聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。 ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。 召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。 私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。 ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない! 教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない! 森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。 ※小説家になろうでも投稿しています。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

処理中です...