ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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八章 エステラの真珠

157. 父と子

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「エステラ……」
 エステラとルシン、二人の血の繋がった父であり、エルフ族の国だった元エルロンド王国の王弟だったセレンは、エステラの名を聞いて、改めてその姿を見た。

「《エステラ》、なんと尊く美しい名か。そなたはスーリヤにとって、創世の女神の輝きなのだな……」

 セレンは跪いたままそっと、エステラに手を伸ばす。
 エステラがおずおずとセレンの手のひらに、自分の小さなその手の指先だけで触れる。
 セレンも少し曲げた指先で、エステラの指先を迎えると、もう片方の手も添えて首を垂れ、エステラの手の甲に額を当てた。

 癖のないセレンの長い黒髪がサラサラと流れて、露わになった首の白さに、その光景の美しさに、周囲で見ていたもの達も釘付けになる。

 それは以前、高熱で苦しむエステラをマグダリーナが落ち着かせた時に、ニレルがマグダリーナへ行った、ハイエルフの最上級の礼の仕種と同じだった。

 だが、マグダリーナは思った。あのエデンの声を聞いて、完全にその存在を無視してるなんて、このセレンというエルフは並の神経ではないと。

 セレンは顔を上げて「スーリヤは?」と聞いた。
 エステラが泣きそうな顔で、ぎゅっと口元を引き結ぶのを見て、セレンはその死を悟った。

「……そうか……」

 そしてセレンはエステラがエルフではない事にも、気づいた。

「私とスーリヤの子が、なぜハイエルフなのだ……それにその権能は、」

 我慢の限界を迎えたエデンは、転移魔法で邪魔だった物理距離を一気に詰めると、エステラの両脇を掴んでセレンから引き離した。そうしてエステラを抱き抱える。

「何度でも云おう、俺の、娘だ」

 その時初めて、セレンの意識がエデンに向かった。セレンはエデンを認めると、目を見開き、両膝を付いて姿勢を正し、両手を重ねて胸元に置いて身を屈めた。

「偉大なるハイエルフの長、黒の神官たる一番目のハイエルフ、エデン様。セレン・エルロンドが拝謁の喜びを申し上げます」

 次にセレンは長い漆黒の髪を片側にまとめて流して首を晒し、そのまま床に手も額も付け、エデンに懇願した。

「どうかエデン様、その御手にてこのまま私の首を刎ねていただきたく存じます」


「絶対、ダメよ!!!!」

 マグダリーナは叫んだ。

「ひとのうちの団欒の場を、何しれっと勝手に血腥くしようとするのよ!?」

 やっぱり油断ならない図太い神経の持ち主だった。マグダリーナはこの手のエルフには即行動、即説教だと畳み掛ける。
 ぶっぶーとカーバンクル達も鳴いた。

「だいたい貴方は、まだエステラとルシンに謝ってもいないのよ?! それにこんなことになってる状況も説明しなきゃダメよ! それなのにさっさと死んで終わらせようなんて無責任にも程があるわ! しかも、よその家の、団欒の、場で!!」

『ぴよんっ』

 珍しいマグダリーナ剣幕に、その肩でいつも寝ているマグダリーナの人工精霊エアも、驚いて飛び上がった。


「くっは、んははは!」
 エデンは上機嫌に笑った。

「マグダリーナの言う通りだ。まずは親としての責任を放棄していたことを、エヴェの息子に謝るんだなぁアディム。……ああ、今はセレンか。エステラに謝罪は不要だ。俺の娘だ、お前は関係ない。しかしスーリヤという女には、お前は謝罪が必要だろう」
「私とエヴァの最後の息子が……生きて……」

 セレンの瞳に、力が戻る。

「ケント……君が守ってくれたのか、私から」
「出来ることしか、できなかったがな……」
 静かにケントは言った。

 エデンは厳かに言った。
「さあ、お前の息子ルシンは、あそこにいるぞ」

 セレンは呆然と。

「なぜ、ルシンなどと不吉な名を……」
「不吉……?」
 エステラはエデンの腕の中で、首を傾げた。

「恐ろしい『白の死神』の名ではないか」
 そう言いながら、セレンは息子の姿を探す。

 褐色の肌のルシンは、全く我関せずとモモと一緒に桃を食べていた。
 セレンの顔に喜色が浮かぶ。

「そのエヴァと同じ褐色の肌、其方が私とエヴァの、最後の息子か……!!」

 セレンが床から膝を浮かせ立ちあがろうとする。その時、ルシンがチラリとセレンを見た。

 セレンとルシン、二人の視線が束の間絡み合う。

 セレンの顔色はみるみる青ざめ、ガタガタ震えだすと、再度床に平伏した。

「お……おおおいなるハイエルフ、白のしにがっ……んん神官んん、三番目のハイエルフ、ルシンさまががが、我が息子としして降誕くださるとは……余りにも恐れ多くく……申し訳ございません申し訳ございません不甲斐ない父で申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません」

 なんだこれ。

 マグダリーナをはじめ、その場の多くがそう思った。そして視線をセレンから、ルシンに移す。

 ルシンは何度も床に額を打ちつけて謝罪をするセレンには、目もくれない。
 黙って冷えた桃の紅茶炭酸水を、スライム素材を特殊加工して作った吸い筒ですすっている。
 潰した果肉も詰まらない太めの吸い筒は、この夏のディオンヌ商会の新商品だった。

 ルシンがセレンに何か言葉をかけない限り、セレンは永遠に床打ち謝罪をやめてくれないように思えた。

 なんとかしてやれよと、当事者のルシンとセレン、そしてドミニク以外の視線が、エステラに注がれた。
 エステラはため息をついて「ルシンお兄ちゃん」と声をかける。

「ん?」

 ルシンは無防備な顔で、エステラを見た。咥えた吸い筒の先から、雫が滴り落ちる。雫はグラスの中の紅茶炭酸水で受け止められて、その中では細かな泡が踊っていた。

 エステラはセレンを指差した。
「謝罪してるんだから、何か声をかけてあげて」

 ルシンはセレンに向かって、鼻で笑った。

「ハーフ奴隷だった俺が、元王族に声を?」
「奴隷……っ」

 セレンはルシンの言葉を聞いて、ばたんと倒れこむ。

「おい、気を失ってるんじゃない。ったく、面倒な」
 エデンはセレンの両頬を、パシパシ叩いた。結構強めに。
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