ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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七章 腹黒妖精熊事件

145. アルミラージ

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 ドミニクは少し歩いて、何もない空間に手を翳した。そこから細く青い線状の光が、壁でもなぞるようにジグザグに走り、一瞬後には消えていた。

「今のは……」
「流石にショウネシーも、既に起動してあるウシュ帝国の魔導具には手ぇ出さなかったんだな……いや、目こぼししてくれてたってことか」

 ドミニクの呟きに、バーナードに攫われたエステラ作マンドラゴラ型魔導人形、マゴーが頷く。
 それを見て、彼はキヒヒと笑った。とても愉快そうに。

「さあ空間を繋げたぞ。あれがご所望のアルミラージだ」

 バーナードとドミニクの目の前に、今まで見ていた森と違う景色が広がる。

「必要なのは角二本だったか……だったらオス二体だな。さて坊ちゃん、私に出来るのは、この空間から選んだアルミラージを出すこと、それから望むところへ移動させること、この二つだけだ。討伐まで期待しないでくれよ? こいつを一人で倒すのは、流石に無理。なんせ竜種だからなぁ」

「竜種……」
 バーナードは呆然とその言葉を繰り返した。

 初めて見たアルミラージは、角だけが文献にあったような長い漆黒で、他は全身眩い黄金色……頭部には角の他に長い耳があり、上半身は兎のような毛に包まれて、下半身は竜の鱗に長くしなやかな尾を持っていた。



◇◇◇



「……あかん」

 ところ変わって、王都の大邸宅、元ウシュ帝国時代の金の神殿であり、今はエステラ名義の《金と星の魔法工房》の一室で、食堂のテーブルに突っ伏したエステラが死んだ目で呟いた。

「あかんことないよぉ。タラにはヒラたちがついてるからねぇ! 大丈夫だよぉ。はい、ヒラ特製ふわふわオムレツ!!」

 ヒラはエステラの前に、大きなオムレツのお皿を置く。

 女神の闇花を採取する為に、大量の血が必要だったので、ヒラにエステラの血を製造してもらいながら対応したが、血はあくまで血で、血中の糖分だとかまで一緒には作れなかった。

 現在エステラは激しいエネルギー不足で空腹のみならず、強い倦怠感や悪寒に頭痛など様々な不調に見舞われていた。

 金のスプーンに、卵とバターの香りがする、ふわとろのオムレツが乗せられて、エステラの口元に運ばれる。猫舌に丁度良い温度まで冷まされた絶品オムレツを口にして、エステラは涙を流した。

「美味しい……ヒラ最高……」

 エステラの横でお口をあーんしている、桃色スライムにも金のスプーンが運ばれる。

 エステラとモモに甲斐甲斐しく食事を食べさせているのは、葉っぱを手に、根っこを足代わりに動いている、女神の闇花たちだった。あの柔らかな葉っぱでどうやって物を持てているのかは、全くの謎である。

「エステラ、やっぱり少し寝た方がいいの」

 エステラの足元にくっついて、足湯のように末端を温めていたハラが、心配そうにふるふる揺れながら言う。

「あかん……絶対半日以上寝る」

 薄っすらとしか目を開けれず、必死に睡魔と戦っているエステラだったが、ヒラもハラに賛成した。

「でもぉ、ごはん食べて消化するにも、しっかり寝るにも、エネルギーが要るんでしょお? 少し寝た方が、回復魔法もかかるようになると思うのぉ」

 闇花たちも首(?)を縦に振って同意する。

「ね、三十分だけなの。ちゃんとスラゴー達が起こしてくれるの」

 ハラも再度提案する。

「さ……三十分だけ」

 なら、と最後まで言えずに、エステラは意識を手放していた。

 ヒラはささっと寝室用の部屋にエステラを転移させると、今まで全く手ごたえのなかった回復魔法がかかるようになったことを確かめた。

 エステラがよく休めるよう、ヒラとハラはエステラの両頬に、そっとぷるりと触れて離れる。

 ヒラはもう一度回復魔法をかけると、常駐させているスライム型魔導人形スラゴーに三分毎に回復魔法をかけて、三十分後に起こすように頼んだ。

「ヒラ、エステラを頼むのね」
「まかせてぇ。ハラも無理しちゃだめだよぉ」

 ヒラはハラが転移で去ったのを確認すると、エステラの布団に潜ってモモと一緒に添い寝した。



◇◇◇



ぶっぶー
ぶっぶぶー

 ぶーぶー鳴きながら、二体のアルミラージは森を駆け抜ける。

 バーナードとドミニクをそれぞれの頭に乗せて。

「あばばばばばば」
「坊ちゃん、しっかり口閉じてないと、舌噛むぜ」

 自身の杖を振り、身体に打つかってくる小枝や小石等を風魔法で防ぎながら、ドミニクはバーナードに注意する。

 バーナードはマゴーの防御魔法に護られながら、必死にアルミラージの角にしがみついていた。

 まさかアルミラージに乗って移動するなど思ってもいなかったバーナードだったが、ドミニクによるとアルミラージは角に触れていれば騎獣として使えるとのこと。

 ただし乗り心地はよろしくない。

「止まれ!!」

 王領に入って幾許も経たない内に、ドミニクはアルミラージの疾走を止めると、目の前の光景に目を見張った。

「なんだ、これ……」

 その異様な光景に、バーナードも呆然とした。

「師匠……」
「なんだって?」

 眼前には、四つ手熊の大群が広がり、熊師匠達はギラリと目を光らせて、バーナード達を見た。そしてアルミラージはぶっぶーと鳴いた。
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