上 下
140 / 194
七章 腹黒妖精熊事件

140. 女神の奇跡

しおりを挟む
 黄金の髪と白き花の顔が顕になってしまったこの瞬間、ドリーことドロシー王女は後に父王のお咎めを受ける事が確実となったのだが、ドロシーは雨上がりに日差しの差し込む空の様な、厳かで清らかな表情をしていた。

 一同はその様子に見惚れていたが、レベッカがいち早く異変に気づいた。

「ニィさん! リーナお姉様! あれは……」

 《マンドラゴラの麻痺毒》に苦しむ討伐隊を保護する緑の結界……その上空をレベッカは指差した。

 そこには無数の小精霊の輝きが高濃度で集まっている。
 レベッカの目には、その小精霊の大群は、そわそわと何かを待っているように見えた。

「きっと女神様の奇跡だわ! でもなんだか様子が変……ニィさん、ヨナスどうしたらいいのかしら?!」

 それは今まで見知ってきた、エステラやハイエルフを介して齎された奇跡と、何かが違うとマグダリーナも本能的に感じた。

(女神の奇跡であるはずなのに、エステラが側にいないのが、こんなにも心細いなんて)

 空を見上げて、ニレルは険しい顔をした。

「創世の時代より、女神の奇跡は僕らハイエルフを介して齎されてきた。それはハイエルフという存在に女神の輝きを受け止め、奇跡に変える器が備え付けられているからだ。だがあれは違う。ハイエルフを介する輝きではない。女神はこの中から神力の受け手を求めている。なんて冒険をはじめるんだ……!!」
「……あんな量の神力、精石を持たない人が受けて無事でいられるか怪しいよ……」

 ヨナスの声が震えていた。
 その間にも、輝きはどんどん増えていく。

 不意にヴェリタスがクスッと笑った。

「女神様もどこかの魔法使いに影響されて、冒険したくなったんじゃねーの?」

 ヴェリタスに視線が集まった。
「なあ、あれ、俺が受け手になっていい?」

 レベッカが慌てて止めた。
「だ……ダメですわ!! ハイエルフとショウネシーの魔法使い以外で初の女神様の神力の受け手になる栄誉は、女神様を深く敬愛する私がなります! 私は女神様を信じていますもの。全て捧げる覚悟は出来ていますわ」
「何言ってんだよ。こんな冒険、俺だってやりてーよ」
「いいえ、ヴェリタスは引っ込んでてよ! ここで女神様に応えないと、恥ずかしくて二度と女神様推しなんて言えないもの」

 黙々と熊詰めをしていたライアンが、言い合う二人の間に割って入り、ヴェリタスの肩を掴んだ。

「お前はダメだ。わかるだろう?」

 兄ライアンの隣でレベッカも頷く。

「何言ってんだよ、ハイエルフを除いたらこの中で俺が一番、体力と魔力を考えたら強いだろーが!」

 ライアンは首を横に振った。
「違うよルタ、そういう問題じゃない。女神様が求めるのは、もっと別の強さだ。ニィさん、俺とレベッカ、二人で受け手をします」
 ライアンはレベッカの肩を抱いた。

 ニレルは苦いため息を吐くと頷いた。
「わかった。なるべく君たちの負担が少なくなるよう、準備しよう」
「お願いします。準備が終わったら声をかけて下さい」
「わかった」

 ライアンは何事もなかったかのように、熊詰めに戻った。そのことに騎士団長は驚いた。レベッカも兄について熊詰めを手伝う。そのレベッカの脚に、ぎゅっとレベッカを慕う更生妖精熊の従魔ナードがしがみついていた。

 これが……あの討伐隊の中にいる、《女神の子》の標を持つエリック王子の命を守る代償だろうか……
 だとすると、自分達にとってあまりにも重すぎる。
 マグダリーナとヴェリタスはお互い目が合ったものの、ただ黙り込む事しか出来なかった。

 ――不意にマグダリーナを呼ぶ声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だが、今ここに居ない人だ。緊張での錯覚だろう。何度も繰り返し呼ばれているが。
 しかし何故よりによって、彼の声なのか。

『……ナ、マグダリーナ、いい加減反応しろ』

 ぐらりと足元が揺れた気がして、マグダリーナは思わず膝をつく。
 固い地面に膝を打つけると思ったが痛みはなく、真っ暗になった目の前に星の海が広がっていた。

「シャロンさんを宥めるだけで手一杯なのに、お前まで手を焼かせるな」

 なんて言い草だ。人の気も知らないで。
 マグダリーナはささくれだった気持ちを、目の前の人物にぶつけた。ちょっとだけ。

「こんな時に一体何の用事なの? ルシン」

 それなりにトゲトゲしい思いを声音に込めて見たが、ある可能性を思いついて苛立ちが別の気持ちに変換された。

「まさか、シャロン伯母様に何かあったの?!」
「ない。茶マゴーを脅すだけで飽き足らず、イラナを呼びつけて情に訴えてそっちに行こうとしたから、邸に結界を張って睡眠魔法で寝かしつけた。ついでにダーモットさんの腹とシャロンさんの腕を魔法の縄で繋いできたから当分安全だ」
「は?!」

(お父さまとシャロン伯母様を縄で繋いだ?!)

 なんて容赦のない仕打ちだろう。お父さまの胃に穴があいたらどうするのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

自重をやめた転生者は、異世界を楽しむ

饕餮
ファンタジー
書籍発売中! 詳しくは近況ノートをご覧ください。 桐渕 有里沙ことアリサは16歳。天使のせいで異世界に転生した元日本人。 お詫びにとたくさんのスキルと、とても珍しい黒いにゃんこスライムをもらい、にゃんすらを相棒にしてその世界を旅することに。 途中で魔馬と魔鳥を助けて懐かれ、従魔契約をし、旅を続ける。 自重しないでものを作ったり、テンプレに出会ったり……。 旅を続けるうちにとある村にたどり着き、スキルを使って村の一番奥に家を建てた。 訳アリの住人たちが住む村と、そこでの暮らしはアリサに合っていたようで、人間嫌いのアリサは徐々に心を開いていく。 リュミエール世界をのんびりと冒険したり旅をしたりダンジョンに潜ったりする、スローライフ。かもしれないお話。 ★最初は旅しかしていませんが、その道中でもいろいろ作ります。 ★本人は自重しません。 ★たまに残酷表現がありますので、苦手な方はご注意ください。 表紙は巴月のんさんに依頼し、有償で作っていただきました。 黒い猫耳の丸いものは作中に出てくる神獣・にゃんすらことにゃんこスライムです。 ★カクヨムでも連載しています。カクヨム先行。

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

処理中です...