130 / 241
七章 腹黒妖精熊事件
130. エルフの女性
しおりを挟む
ケントの母親は、珍しい純血のエルフだった。エルロンド王国で生まれたのではない。たまたま、他所の国で生まれたその女性を、運良く父が拐って来たのだ。
だからだろう、母はあの手この手で父と交渉して、ケント以外の子は産まず、若くして寿命が尽きるその時まで、ケントを側に置いた。
そして彼女が外の国で教わったこと、さまざまな知識や常識、そして愛情を、ケントという器に注ぎこんだ。
母が亡くなって、昔ながらののエルフ族の教育を受けるようになっても、母の思い出と共に、ケントの中は、エルロンド王国のエルフとしては消えない異物を抱えたままだった。
ケントがリーン王国の占領に失敗して、ジョゼフ・ショウネシーの護衛としてエルロンドに戻って来た時、多くのエルフが裏切り者と罵った。
ケントの家系は名高い戦士の家系で、家門を継ぐものは、前当主と命をかけて戦い、勝ち残らないといけない。もちろんケントも父を殺して生き残った、最強のエルフだった。
だから誰もがケントがリーン王国に寝返ったと思った。
しかし、スラゴー達が決闘の映像を流すと、罵声も、どんな声も聞こえなくなった。
決して負けないはずのエルフの戦士が、幼い少女に両腕を切り落とされて、負けたのだ。
今、その少女の従魔が三匹、ケントの目の前にいた。
青、黄、桃のスライムが綺麗に並んで、ケントを見ている。内一匹は本当はスライムでは無いが、そんなことはケントは知らない。
「その……どうが……とやらを作る為に、この本のセリフ? を覚えて、私に演技をしろ……と?」
スライム達がジリジリとケントとの距離を詰めてくる。
「私の仕事は、ここで領主の護衛をする事だったと思うのだが?」
「それは一時、スラゴー達に代わって貰うので、良いのです」
黄色いのがそう言うと、青も続けて。
「ケンがぁ、ここで育ててるぅ、椎茸達もぉ、ちぁゃんとスラゴーが面倒見るからぁ、大丈夫だよぉ」
護衛仕事の合間に、領主館で椎茸栽培をしてることがバレていた。
「ケンちゃん、ハラちゃん達には逆らえないんだからゴネるだけ無駄だよ。はい、椎茸持って行って、マグダリーナ嬢やエステラちゃんの機嫌とっておいで」
ジョゼフがどどんと、干し椎茸と生椎茸の入った大箱を持ってきた。
王の生誕祭の、一か月ほど前の出来事だった。
◇◇◇
生誕祭の翌日にショウネシー領に戻って来たマグダリーナ達一家は、忙しいからと今年の夜会は欠席し領地に残ったハンフリーと、夏の討伐の準備があるからと同じく領地に残っていたヴェリタスが、夜中にやらかした騒動について聞いた。
そして、来年からは何がなんでもハンフリーを夜会に参加させると決めた。
それより落ち込んでいたのは、ルシンの奇行を知ったエステラだ。
ショウネシー邸のいつものサロンのソファで、黙ってゼラとササミ(メス)を抱えて、その間に顔を埋めている。
「わだじが……じゅぐずいじでだばっがりに……」
もふもふとむにゅむちの間で、エステラはくぐもった声で呟く。
マグダリーナはどう慰めていいかわからず、そっとエステラの背中を撫でた。反対側では、ニレルがエステラの頭を撫でていた。
ルシンはヴェリタスをジロリと見たが、ヴェリタスは俺じゃないと首を振った。
エデンが軽く咳払いして、ルシンに注意する。
「ンー、ダメだろう、ルシン。今後はちゃんとバレないよう、人目を避けなきゃあなあ」
その一言に、ルシンとニレル以外の全員の視線が、エデンに集まった。
「そういう問題ではないだろう?」
珍しくダーモットがそういうと、皆その通りとばかり頷いた。
「くっは、ところがそういう問題だ。ルシンはルシンなりに責任感じて、あのカエルクンを連れ出しては、少しずつ精素を与えて寿命を延ばしてる」
エステラは、がばりと頭を起こして、兄を見た。
「そうなの? お兄ちゃん?」
ルシンはバツが悪そうに、目を逸らすと微かに頷いた。
「なんでエデンとニレルは気づいたの!」
エステラの驚きに、エデンは肩をすくめて答えた。
「そりゃ、ディオンヌとそっくりだからなぁ」
ニレルも頷く。
「叔母上も隠したい相手にバレるようなことはしなかったろう? だからエステラが気づかなくても仕方なかったよ」
「ただカエルが好きなだけかと、思ってたのに……」
ダーモットも仕方ないという顔をして、くれぐれもブレアさんに気づかれることのないようにと注意した。
シャロンが客人を連れてサロンにやって来たのは、それから間もなくだった。
事前に客人の正体を知っていたのは、ダーモットとマグダリーナとレベッカの三人だけで、ドロシー王女の姿を見てハンフリーはもちろん、ヴェリタスとライアンも驚いた。
「ドリーと申します。皆さんどうか、ここでは私のことは、シャロン侯爵夫人とショウネシー伯爵の、ただの友人の娘として気軽に接して下さい。夏休みの間、よろしくお願いします」
ドロシー王女は、立ち上がり王族に対する礼をとろうとするハンフリー達にそのままでとお願いすると、こう言って微笑んだ。
服装も下位貴族のような、簡素なドレス姿だった。
「それからこちらが、私を助けてくれる従者のシーラとキースです」
シーラとキースはドロシー王女の言葉に合わせて、それぞれお辞儀した。
ハイエルフ達の視線がシーラに集まった。
「え……普通に長生き?」
「悔しいが、マグダリーナの選択の結果だな」
「もしかすると、エルフ女性の出生率も変わるかな」
「そうかもしれんが、エルフ男が結婚できなきゃ変わらんだろ。ま、俺らも一緒だがな、んははは」
シャロンが扇子をパチンパチンと、閉じたり開いたりするので、ハイエルフ達は即座に口を閉じて大人しくなった。
「リーナ、ドリー嬢へ初対面の方達を紹介してあげてちょうだい」
「はい、伯母様」
こちら側は全員決闘場で、王家の一員として王妃様と一緒にいたドロシー王女を見ているので、正体はバレている。
マグダリーナはドロシー王女の為に、まずアンソニーを紹介し、それからエステラとニレル、エデンにルシンと紹介していく。そしてフェリックスとケーレブ、エステラの従魔達も紹介した。
マハラとマーシャ&メルシャは、先週男児を出産したジョゼフの奥方と、その子のお世話の為にここにはいない。離れの客室に行っている。一応そのことも説明しておく。
だからだろう、母はあの手この手で父と交渉して、ケント以外の子は産まず、若くして寿命が尽きるその時まで、ケントを側に置いた。
そして彼女が外の国で教わったこと、さまざまな知識や常識、そして愛情を、ケントという器に注ぎこんだ。
母が亡くなって、昔ながらののエルフ族の教育を受けるようになっても、母の思い出と共に、ケントの中は、エルロンド王国のエルフとしては消えない異物を抱えたままだった。
ケントがリーン王国の占領に失敗して、ジョゼフ・ショウネシーの護衛としてエルロンドに戻って来た時、多くのエルフが裏切り者と罵った。
ケントの家系は名高い戦士の家系で、家門を継ぐものは、前当主と命をかけて戦い、勝ち残らないといけない。もちろんケントも父を殺して生き残った、最強のエルフだった。
だから誰もがケントがリーン王国に寝返ったと思った。
しかし、スラゴー達が決闘の映像を流すと、罵声も、どんな声も聞こえなくなった。
決して負けないはずのエルフの戦士が、幼い少女に両腕を切り落とされて、負けたのだ。
今、その少女の従魔が三匹、ケントの目の前にいた。
青、黄、桃のスライムが綺麗に並んで、ケントを見ている。内一匹は本当はスライムでは無いが、そんなことはケントは知らない。
「その……どうが……とやらを作る為に、この本のセリフ? を覚えて、私に演技をしろ……と?」
スライム達がジリジリとケントとの距離を詰めてくる。
「私の仕事は、ここで領主の護衛をする事だったと思うのだが?」
「それは一時、スラゴー達に代わって貰うので、良いのです」
黄色いのがそう言うと、青も続けて。
「ケンがぁ、ここで育ててるぅ、椎茸達もぉ、ちぁゃんとスラゴーが面倒見るからぁ、大丈夫だよぉ」
護衛仕事の合間に、領主館で椎茸栽培をしてることがバレていた。
「ケンちゃん、ハラちゃん達には逆らえないんだからゴネるだけ無駄だよ。はい、椎茸持って行って、マグダリーナ嬢やエステラちゃんの機嫌とっておいで」
ジョゼフがどどんと、干し椎茸と生椎茸の入った大箱を持ってきた。
王の生誕祭の、一か月ほど前の出来事だった。
◇◇◇
生誕祭の翌日にショウネシー領に戻って来たマグダリーナ達一家は、忙しいからと今年の夜会は欠席し領地に残ったハンフリーと、夏の討伐の準備があるからと同じく領地に残っていたヴェリタスが、夜中にやらかした騒動について聞いた。
そして、来年からは何がなんでもハンフリーを夜会に参加させると決めた。
それより落ち込んでいたのは、ルシンの奇行を知ったエステラだ。
ショウネシー邸のいつものサロンのソファで、黙ってゼラとササミ(メス)を抱えて、その間に顔を埋めている。
「わだじが……じゅぐずいじでだばっがりに……」
もふもふとむにゅむちの間で、エステラはくぐもった声で呟く。
マグダリーナはどう慰めていいかわからず、そっとエステラの背中を撫でた。反対側では、ニレルがエステラの頭を撫でていた。
ルシンはヴェリタスをジロリと見たが、ヴェリタスは俺じゃないと首を振った。
エデンが軽く咳払いして、ルシンに注意する。
「ンー、ダメだろう、ルシン。今後はちゃんとバレないよう、人目を避けなきゃあなあ」
その一言に、ルシンとニレル以外の全員の視線が、エデンに集まった。
「そういう問題ではないだろう?」
珍しくダーモットがそういうと、皆その通りとばかり頷いた。
「くっは、ところがそういう問題だ。ルシンはルシンなりに責任感じて、あのカエルクンを連れ出しては、少しずつ精素を与えて寿命を延ばしてる」
エステラは、がばりと頭を起こして、兄を見た。
「そうなの? お兄ちゃん?」
ルシンはバツが悪そうに、目を逸らすと微かに頷いた。
「なんでエデンとニレルは気づいたの!」
エステラの驚きに、エデンは肩をすくめて答えた。
「そりゃ、ディオンヌとそっくりだからなぁ」
ニレルも頷く。
「叔母上も隠したい相手にバレるようなことはしなかったろう? だからエステラが気づかなくても仕方なかったよ」
「ただカエルが好きなだけかと、思ってたのに……」
ダーモットも仕方ないという顔をして、くれぐれもブレアさんに気づかれることのないようにと注意した。
シャロンが客人を連れてサロンにやって来たのは、それから間もなくだった。
事前に客人の正体を知っていたのは、ダーモットとマグダリーナとレベッカの三人だけで、ドロシー王女の姿を見てハンフリーはもちろん、ヴェリタスとライアンも驚いた。
「ドリーと申します。皆さんどうか、ここでは私のことは、シャロン侯爵夫人とショウネシー伯爵の、ただの友人の娘として気軽に接して下さい。夏休みの間、よろしくお願いします」
ドロシー王女は、立ち上がり王族に対する礼をとろうとするハンフリー達にそのままでとお願いすると、こう言って微笑んだ。
服装も下位貴族のような、簡素なドレス姿だった。
「それからこちらが、私を助けてくれる従者のシーラとキースです」
シーラとキースはドロシー王女の言葉に合わせて、それぞれお辞儀した。
ハイエルフ達の視線がシーラに集まった。
「え……普通に長生き?」
「悔しいが、マグダリーナの選択の結果だな」
「もしかすると、エルフ女性の出生率も変わるかな」
「そうかもしれんが、エルフ男が結婚できなきゃ変わらんだろ。ま、俺らも一緒だがな、んははは」
シャロンが扇子をパチンパチンと、閉じたり開いたりするので、ハイエルフ達は即座に口を閉じて大人しくなった。
「リーナ、ドリー嬢へ初対面の方達を紹介してあげてちょうだい」
「はい、伯母様」
こちら側は全員決闘場で、王家の一員として王妃様と一緒にいたドロシー王女を見ているので、正体はバレている。
マグダリーナはドロシー王女の為に、まずアンソニーを紹介し、それからエステラとニレル、エデンにルシンと紹介していく。そしてフェリックスとケーレブ、エステラの従魔達も紹介した。
マハラとマーシャ&メルシャは、先週男児を出産したジョゼフの奥方と、その子のお世話の為にここにはいない。離れの客室に行っている。一応そのことも説明しておく。
83
お気に入りに追加
408
あなたにおすすめの小説

こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく

異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。

異世界に飛ばされたら守護霊として八百万の神々も何故か付いてきた。
いけお
ファンタジー
仕事からの帰宅途中に突如足元に出来た穴に落ちて目が覚めるとそこは異世界でした。
元の世界に戻れないと言うので諦めて細々と身の丈に合った生活をして過ごそうと思っていたのに心配性な方々が守護霊として付いてきた所為で静かな暮らしになりそうもありません。
登場してくる神の性格などでツッコミや苦情等出るかと思いますが、こんな神様達が居たっていいじゃないかと大目に見てください。
追記 小説家になろう ツギクル でも投稿しております。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~
Ss侍
ファンタジー
"私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。
動けない、何もできない、そもそも身体がない。
自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。
ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。
それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!

知らない異世界を生き抜く方法
明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。
なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。
そんな状況で生き抜く方法は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる