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七章 腹黒妖精熊事件

129. ぱらりらぱらりら

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 驚いた馭者の声に、シャロンが車内にあるアッシの映像表示画面を確認する。
 寝衣にジャージの上着を着ただけの息子が、茶マゴー2号ことチャーを連れてコッコ(オス)で風のように駆け抜けていく。

 そして数秒後に。


「ぱらりらぱらりら~」
「ぱらりらぱらりら~」


 歌いながらビカビカ光を撒き散らすスライムを両肩に乗せた、ササミ(オス)が。

 そしてササミ(オス)の背には、無表情に仁王立ちしているルシンが乗って、猛スピードで駆け抜けていく。

「何が起こってるのかしら?!」
 シャロンは、頭の実を光らせて情報共有している、茶マゴーに確認する。

「路上で卵を温めてるコッコ(メス)がいるらしく、領主様が保護に向かい、火蛇が近くにいるのが感知され、マゴー通信に気づいたヴェリタス様とササミ様、ハラ様ヒラ様が慌てて現場に向かい、ルシン様はカエルを連れて見学に向かっているとのことです」

 さしものシャロンも、最後の部分に絶句した。

「カエルってまさか、ブレア様の?」
「はい」
「ルシン君は後でお説教ね」
 シャロンはため息を吐いた。

「シャロン様、どうなさいますか?」
 馭者はとりあえず、指示を仰いだ。

「彼らを追って下さい!」
 シャロンが客人を優先して邸宅へ戻るよう指示する前に、ドロシーはシャロンにお願いした。

「ドロシー様……」
「もし怪我人でも出たら、このコッコ車があった方がいいでしょう? 私達のことは気にせず、どうか!」

 必死なドロシーの懇願に、シャロンは折れた。
「わかりました。ヴェリタスを追ってちょうだい!」

 シャロンの命令通り、馭者はコッコ車の進行方向を変更した。



◇◇◇



「そこは馬車やマゴー車が通って危ない、安全なところに連れてってあげるから、こっちへおいで」

 ハンフリーは持参したコッコ(メス)ちぐらを目の前に置いて、中に入るよう指し示す。

コッコ コッコ コッフ

 ハンフリーについて来た、コッコ(メス)達も、仲間を説得するが、件のコッコ(メス)は目に涙を溜めてじっとしたままだ。

「弱ったな……ダーモット様にもっとコッコの生態について聞いておくべきだった……」
「もしかして、どこか怪我をしてるのでは?」
 周囲を警戒していたフェリックスは、勘のようなもので、感じたままを伝えてみる。

「なるほど。少し触ってもいいかい?」

 暗くて気づかなかったが、明かりを翳してよく見ると、片側の羽根がだらんと垂れている。触るとコッコ(メス)も、キュッと苦しそうな声を上げた。

「痛かったかい、すまない……羽根が折れてるのか……黒マゴー、回復薬はあるかい?」

 慌てて出て来たので、ハンフリーもフェリックスも寝衣のままのうえ、ハンフリーはちぐらと明かり以外何も持って来なかった。かろうじてフェリックスが、剣と領民カードを持って出ただけだった。

 ハンフリー専用の特殊マゴー部隊はすっと現れて、回復薬を怪我コッコ(メス)にかける。そしてもう一本取り出すと、コッコ(メス)に飲ませた。

「折れた羽根も、内臓の傷も完治しました」
「内臓も怪我してたのか……! 助かったよ黒マゴー」

 だがコッコ(メス)は、それでもその場所を動こうとしなかった。

「温めるべき卵を産んだメスのそばには、番のオスが外敵からメスと卵を守るために居るものです……近くを離れたくないんでしょう……」
「オスは何処に? まさか亡くなったのか? コッコがやられる程の魔獣がこの領内に?」

 ハンフリーの疑問に、黒マゴーは肯首して答えた。
「付近に火蛇がいる事が感知されています。コッコの卵を食べて強化している個体かも知れません。フェリックス様はハンフリー様を連れて、ここから離れて下さい」
「わかった」

「待てフェリックス、そんな危険な魔獣を放っておくわけには」
「御心配なく、援軍が来ておりますので」

 黒マゴーの視線の先を見ると、コッコ(オス)に乗ったヴェリタスが近づいて来るのが見えた。

 そしてその背後に、賑やかしい輝きも。

「ぱらりらぱらりら~」(ヒラ)
「ぱらりらぱらりら~」(ハラ)

「ハンフリーさん!!」
 ヴェリタスがハンフリーの名を呼んだ、その時。
 赤い目を光らせた、赤い鬣を持つ、火蛇が姿を現した。

「黒マゴー! ハンフリー様を頼む」
 フェリックスは素早く駆け出して、ハンフリーの大切なもの……コッコ(メス)と卵の元に向かった。

「フェリックス!!」

 フェリックスは卵を抱えたコッコ(メス)に覆い被さるようにすると、防御魔法を展開した。

「氷の矢よ、貫け!!」
 火蛇がフェリックスごとコッコ(メス)と卵を丸呑みしようと開けた口の中に、ヴェリタスは氷魔法の矢を、思い切り叩き込む。

 火蛇が身を捩らせ高く立ち上がった瞬間。

 ――ササミ(オス)が跳んだ。

 仁王立ちで、カエルの入った虫籠を持ったルシンを乗せたまま。

「ぱらりらぱらりら~」(ヒラ)
「ぱらりらぱらりら~」(ハラ)

 カエルは震え上がり、ただただ、ゲゲゲゲゲゲ……と鳴くばかりであった。

『天、誅!!!』

 ササミ(オス)の鋭い一蹴りが、火蛇のロングボディに穴を穿った。

 ズシンと火蛇が倒れた瞬間、ササミ(オス)が華麗に着地し、ハラとヒラは火蛇の解体に取りかかった。

「何やってんだよ、ルシン兄……」
 ヴェリタスはササミ(オス)に乗ってるルシンの手元を見て、呆れた声を出した。

「蛇がいると聞いたんで、カエルにも見せてやろうかと」
「いや、駄目だろ。他所の家のカエル盗んで、そんなことしちゃ。ちゃんとブレアじいちゃんとこ戻して! エステラだって自分の兄ちゃんがそんなことしてたら、心労で泣くぞ!!」

 最後の一言が凄く効いたのか、ルシンは黙ってカエルをバークレー家に転移で戻すと、唇の前に人差し指を立ててヴェリタスを見た。

「いや、ササミに乗ってる時点でバレるだろ。ササミもなんで、頼まれてもないのにエステラ以外のやつ乗せてんの?」
『うむ、気づいたら乗っておった』

 ヴェリタスはマグダリーナを真似て言った。
「ダメダメじゃん」


「ヴェリタス!!」

 アスティン侯爵家のコッコ車が到着し、シャロンがコッコ車から降りて、息子に声をかけた。

「母上! おかえりなさい」
「ええ、ただいま。ササミちゃんと一緒に火蛇を倒したのは良いのですが、寝衣で飛び出すなんて、誰かに見られたらどうするの」
「あーはは……」

「男爵はご無事?」
「ん、黒マゴーも居るし。フェリックスさんは?」

 ヴェリタスは振り返ってフェリックスを確認すると、ルシンがフェリックスに回復魔法をかけていた。
「フェリックスも擦り傷と打ち身だけだ。今、治した」

「フェリックス、大丈夫か!?」
 黒マゴーと一緒に、ハンフリーが駆けてくる。

「はい、ハンフリー様、コッコと卵も無事です!」
「良かった……君も無事で本当に……ルシン、フェリックスに回復魔法をありがとう」

 ハンフリーの無事を確認したシャロンは、安堵と呆れの混ざった溜息を吐いた。

「まあ、男爵とフェリックスまで寝衣のままで……」
「申し訳ありません、淑女の御前にはしたない姿で……」

「しょうがないですわね……男爵、貴方はもっとショウネシー領の要であることを自覚なさって。コッコちゃんが心配なのは分かりますけど、今後こういう事があれば、転移の出来るマゴーちゃん達を向かわせるようになさいませ。フェリックスも男爵が暴走しそうになりましたら、そのように進言することよ?」
「うっ……」
「かしこまりました!」

 正論すぎて、ぐぅの音も出ないハンフリーの隣で、黒マゴーも頷いていた。

 シャロンの指示で、全員黒マゴーの転移で帰らせると、シャロンはコッコ車に戻った。


「お待たせして申し訳ございません、ドロシー王女。おかげさまで、全員の無事を確認できましたわ」
「みなさんご無事で良かったですわ」

 全員無事という言葉に、ドロシー王女は顔を綻ばせる。

「もうかなり遅い時間ですし、私達もここからは転移で帰るといたしましょう」

 シャロンがそう言うと、茶マゴーは転移魔法を展開した。
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