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六章 金の神殿
111. ニレルの半身
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雑貨屋を出ると、聞き覚えのある男女の言い争う声が聞こえてきた。
特に大きな声を上げている訳ではない、冬の空気とアーケードの余裕ある空間、そして彼らの声質で聞こえ易くなってるだけだ。
しかも言い争っているのに、しっかり手を繋いで歩いているのだから、すれ違う人々に心配する様子は全くない。
ニレルとエステラだ。
「僕は賛成できない。またあそこへ行くなんて!」
「ニレル、他人事みたいに云わないで! 貴方が本当に嫌なら、嫌だと云って。それなら、私もあきらめるわ」
「どんな僕だって、君を拒絶する事は出来ないよ、エステラ……」
せつなげな表情をするニレルに、エステラはぷいと横を向く。
「知ってる! どんなニレルだって私のことが大好きなニレルだって……だから、別に、あの時もびっくりしたけど、熱が出たりして苦しかったけど、まあしかたないかなって思ったわ」
「君をあんな風に、苦しめた時点で駄目だろう!」
「だったら、しっかり向き合って、主導権をきっちり握れるようになって。じゃないと私、ニレルが何で躊躇ってるのかわからなくて、やっぱりあそこに全て暴きに行ってしまうよ?」
ニレルはエステラと繋いだ手を、そのまま引っ張って、己れの腕の中に誘い宝物のように包み込んだ。
「……わかった。しばらく僕に時間をくれ」
エステラはモゾモゾと頷いた。
「こんな往来で何してるんですか?」
珍しく空気を読まず、アンソニーが声をかけた。
「僕たちを置いて、どこか遠くへ行っちゃうんですか?」
上目遣いでみるアンソニーに、ニレルは少し驚いて、それから首を振った。
「違うよ。ドーラから貰った王都の邸のことさ。とりあえず、広場で暖かいものでも飲みながら話そう」
◇◇◇
「ニレルの一部?」
暖かいカスタードドリンクを飲みながら、マグダリーナとアンソニーは呟いた。
ニレルはウシュ時代に、自分の力の一部を封印したという。金の神殿に。
「何で自分の一部を、封印しちゃったの?」
「ハイエルフの話しをした時に、エデンがエルフェーラが僕を産んだって云ってたが、それは正確な表現じゃない。以前、エデンがクッキー作りを例に、始まりのハイエルフの誕生の話をしただろう? 僕はクッキーとして焼かれずに、ボウルに入れた材料のまま、世界に顕現した。つまり卵の状態だ。女神はその後の工程を、金の神官のエルフェーラと金のハイドラゴンに任せた。彼らは互いに魂を通わせ、卵に純粋で濃い、世界の精素を注ぎ、僕という形を作り上げて、僕は赤子の姿で生まれたんだ。金の神殿は、僕が生まれて育った場所でもある」
ニレルがハイエルフとハイドラゴンのハーフとは聞いていたが、マグダリーナが想像していたハーフと大分様子が違った。
「女神のボウルは神力の詰まった錬金釜だ。卵は僕が生まれてすぐ僕に吸収された。僕は他のハイエルフやハイドラゴンより強い力を持っていて、それが怖くなって神殿に僕の一部を封印したんだ。ウシュ帝国滅亡時に、白や黒の神殿達のように崩壊してくれればと思っていたのに……」
崩壊するどころか、その力の一部は長い年月を経て、既に二レルの半身とも呼べるほどに大きくなっていた。
「そのニレルの半身が、エステラをハイエルフに変えたのね」
あの時、何がエステラをハイエルフに変えたのか。エデンがうやむやにしたのは、ニレルのプライベートだったからなのと、その封印された一部が女神の神力と関係していたからか……
「そうだ……どんなに捨てたと思っても、それは僕と繋がっていた。僕がエステラを好きなように、あれもエステラに執着がある……次エステラに会えば、自分の封印の中に閉じ込めてしまうかも知れない……」
エステラがあっけらかんと言った。
「封印の間に近づかなければ、大丈夫よ」
「そうなの?」
「私はそう思ってるけど、ニレルは心配みたい。だったら、ちゃんと自分の力と向き合って、制御してもらうしかないじゃない? あの神殿はもう私の物だし、好きだもの。行くなって言われたくないし」
マグダリーナも思案した。結論は一つだ。
「そうね。エステラは止められないから、ニレルは頑張って力の制御に励んでね。何か手伝えることがあったら言って」
エステラも頷いてニレルの背中を摩った。
「大丈夫よ。怖いんだったら、一緒に行って手繋いでてあげるから」
ニレルは「そんな情けない姿晒すくらいなら、一人で向き合うよ」と本日の飲み物を啜る。
エステラが笑いながら、マグダリーナの肩のエアをつつく。寒さのせいか、ふっくら丸くなってる。つつかれてもふわーと欠伸をして、また眠ってしまった。
「おかしいわねぇ、機能は正常なのに、なんで予想以上に寝てるのかしら」
ニレルもそっとエアに触れた。
「ん、この子自身が寝るのが好きみたいだね。それにこうやって無防備な姿を晒すことで、リーナに対して不要な敵対心が生まれないようにしてるのかな」
エア……寝ながら働いてたのね。
不要な敵対心を生まれないようにしてくれてるというのは、めちゃくちゃ有り難かった。
「……良かった。ニレルやエステラが何処かに行ってしまうような話じゃなくて……」
安心したのか、アンソニーが目に涙を溜めて呟いた。
ニレルがそっと、アンソニーを抱きしめる。
「心配させて、すまなかったね」
「ちょっと待って!!」
いい雰囲気の所に、エステラが驚いて立ち上がった。
「お兄ちゃん! 何やってるの?!」
見知った顔が手に虫籠を持って、通り過ぎようとするのを、呼び止める。
エステラがお兄ちゃんと呼ぶのは、一人しか居ない。
「散歩だ。カエルの」
「え?! カエルの。え?! ブレアさんは??」
「診療所で診察中だ。その間、このアーケードをカエルに見せに来た。この時間は特に美味そうな匂いがするから」
「そ の た め に?」
ルシンは頷くと、早速うまみ屋に向かった。
マグダリーナもアンソニーも、ニレルもエステラも、ぽかんとそれを見送った。
特に大きな声を上げている訳ではない、冬の空気とアーケードの余裕ある空間、そして彼らの声質で聞こえ易くなってるだけだ。
しかも言い争っているのに、しっかり手を繋いで歩いているのだから、すれ違う人々に心配する様子は全くない。
ニレルとエステラだ。
「僕は賛成できない。またあそこへ行くなんて!」
「ニレル、他人事みたいに云わないで! 貴方が本当に嫌なら、嫌だと云って。それなら、私もあきらめるわ」
「どんな僕だって、君を拒絶する事は出来ないよ、エステラ……」
せつなげな表情をするニレルに、エステラはぷいと横を向く。
「知ってる! どんなニレルだって私のことが大好きなニレルだって……だから、別に、あの時もびっくりしたけど、熱が出たりして苦しかったけど、まあしかたないかなって思ったわ」
「君をあんな風に、苦しめた時点で駄目だろう!」
「だったら、しっかり向き合って、主導権をきっちり握れるようになって。じゃないと私、ニレルが何で躊躇ってるのかわからなくて、やっぱりあそこに全て暴きに行ってしまうよ?」
ニレルはエステラと繋いだ手を、そのまま引っ張って、己れの腕の中に誘い宝物のように包み込んだ。
「……わかった。しばらく僕に時間をくれ」
エステラはモゾモゾと頷いた。
「こんな往来で何してるんですか?」
珍しく空気を読まず、アンソニーが声をかけた。
「僕たちを置いて、どこか遠くへ行っちゃうんですか?」
上目遣いでみるアンソニーに、ニレルは少し驚いて、それから首を振った。
「違うよ。ドーラから貰った王都の邸のことさ。とりあえず、広場で暖かいものでも飲みながら話そう」
◇◇◇
「ニレルの一部?」
暖かいカスタードドリンクを飲みながら、マグダリーナとアンソニーは呟いた。
ニレルはウシュ時代に、自分の力の一部を封印したという。金の神殿に。
「何で自分の一部を、封印しちゃったの?」
「ハイエルフの話しをした時に、エデンがエルフェーラが僕を産んだって云ってたが、それは正確な表現じゃない。以前、エデンがクッキー作りを例に、始まりのハイエルフの誕生の話をしただろう? 僕はクッキーとして焼かれずに、ボウルに入れた材料のまま、世界に顕現した。つまり卵の状態だ。女神はその後の工程を、金の神官のエルフェーラと金のハイドラゴンに任せた。彼らは互いに魂を通わせ、卵に純粋で濃い、世界の精素を注ぎ、僕という形を作り上げて、僕は赤子の姿で生まれたんだ。金の神殿は、僕が生まれて育った場所でもある」
ニレルがハイエルフとハイドラゴンのハーフとは聞いていたが、マグダリーナが想像していたハーフと大分様子が違った。
「女神のボウルは神力の詰まった錬金釜だ。卵は僕が生まれてすぐ僕に吸収された。僕は他のハイエルフやハイドラゴンより強い力を持っていて、それが怖くなって神殿に僕の一部を封印したんだ。ウシュ帝国滅亡時に、白や黒の神殿達のように崩壊してくれればと思っていたのに……」
崩壊するどころか、その力の一部は長い年月を経て、既に二レルの半身とも呼べるほどに大きくなっていた。
「そのニレルの半身が、エステラをハイエルフに変えたのね」
あの時、何がエステラをハイエルフに変えたのか。エデンがうやむやにしたのは、ニレルのプライベートだったからなのと、その封印された一部が女神の神力と関係していたからか……
「そうだ……どんなに捨てたと思っても、それは僕と繋がっていた。僕がエステラを好きなように、あれもエステラに執着がある……次エステラに会えば、自分の封印の中に閉じ込めてしまうかも知れない……」
エステラがあっけらかんと言った。
「封印の間に近づかなければ、大丈夫よ」
「そうなの?」
「私はそう思ってるけど、ニレルは心配みたい。だったら、ちゃんと自分の力と向き合って、制御してもらうしかないじゃない? あの神殿はもう私の物だし、好きだもの。行くなって言われたくないし」
マグダリーナも思案した。結論は一つだ。
「そうね。エステラは止められないから、ニレルは頑張って力の制御に励んでね。何か手伝えることがあったら言って」
エステラも頷いてニレルの背中を摩った。
「大丈夫よ。怖いんだったら、一緒に行って手繋いでてあげるから」
ニレルは「そんな情けない姿晒すくらいなら、一人で向き合うよ」と本日の飲み物を啜る。
エステラが笑いながら、マグダリーナの肩のエアをつつく。寒さのせいか、ふっくら丸くなってる。つつかれてもふわーと欠伸をして、また眠ってしまった。
「おかしいわねぇ、機能は正常なのに、なんで予想以上に寝てるのかしら」
ニレルもそっとエアに触れた。
「ん、この子自身が寝るのが好きみたいだね。それにこうやって無防備な姿を晒すことで、リーナに対して不要な敵対心が生まれないようにしてるのかな」
エア……寝ながら働いてたのね。
不要な敵対心を生まれないようにしてくれてるというのは、めちゃくちゃ有り難かった。
「……良かった。ニレルやエステラが何処かに行ってしまうような話じゃなくて……」
安心したのか、アンソニーが目に涙を溜めて呟いた。
ニレルがそっと、アンソニーを抱きしめる。
「心配させて、すまなかったね」
「ちょっと待って!!」
いい雰囲気の所に、エステラが驚いて立ち上がった。
「お兄ちゃん! 何やってるの?!」
見知った顔が手に虫籠を持って、通り過ぎようとするのを、呼び止める。
エステラがお兄ちゃんと呼ぶのは、一人しか居ない。
「散歩だ。カエルの」
「え?! カエルの。え?! ブレアさんは??」
「診療所で診察中だ。その間、このアーケードをカエルに見せに来た。この時間は特に美味そうな匂いがするから」
「そ の た め に?」
ルシンは頷くと、早速うまみ屋に向かった。
マグダリーナもアンソニーも、ニレルもエステラも、ぽかんとそれを見送った。
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