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五章 白の神官の輪廻
82. 決別
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「「お帰りなさいませ」」
王都の元ショウネシー邸で、シャロンの使用人とカルバンが迎えてくれる。
この館の正式な主人であるシャロンは、壮年の使用人に声をかけた。
「二人だけで大丈夫だったかしら?」
茶マゴーがいるので、使用人が受け取るべき荷物はない。
「はい、伯爵家のマゴー達やアッシのおかげで助かっております」
「それは良かったこと。では伯爵は元々お使いだった部屋を、お使いになって」
「いや、それは」
「男主人の部屋は私の趣味とは合いませんもの。クレメンティーンの部屋もそのままにしておきたかったですし、元々そのつもりで準備させておりましたから、遠慮なさらないで」
各自部屋に案内され、一息つく。
あの寒さに震えた部屋でなく、上等な客室だった。カーテンは真新しく、美しい白い雛菊と青い雛菊がバランスよく一面に描かれている。
ノックの音に返事をすると、扉が開いてアンソニーが現れる。てっきりマーシャかメルシャだと思っていたから面食らったが、マグダリーナは微笑んだ。
「アンソニー、どうしたの?」
「お姉さま、一緒に庭園を見に行きませんか?」
枯れ木と雑草の生い茂った、あの庭園を思い出す。私達はあの場所から、始まったのだ。
「ええ、今度は妖精のいたずらに注意しましょう!」
マグダリーナはアンソニーと手を繋いで、庭園に向かった。
そこには、美しく手入れされた庭園があった。
枯れ木だと思っていたのは、リモネの木だったらしく、白い可憐な花を咲かせ、爽やかな果実から想像出来ない、華やかな香りを漂わせている。
既に実が成ってる木があって、やっとリモネだと気づいた。
そして雑草の代わりに、一面、白と青の雛菊が咲き誇っている。
「こんな素敵な庭園だったのね!!」
「お姉さま、あそこ!」
アンソニーが指差したところに、ふわふわと小精霊が踊っていた。
「小精霊ね。なんだか見つけるとほっとするわね」
「ショウネシー領では、どこでも見かけるようになりましたからね」
アンソニーがそっと手を伸ばして、小精霊に魔力を伸ばすと、するすると寄ってきた。
「ここは居心地良いですか? 良ければこのお庭を守って下さいね」
アンソニーに魔力をもらって、小精霊達はキラピカ輝いた。
不意にエアが目を覚まし、マグダリーナに囁いた。
「星の魔法使いが、この庭の植物を甦らせたって云ってるぴゅん」
「星の魔法使い……?」
「エステラのことです、きっと!」
「じゃあ帰ったら、いっぱいエステラをぎゅってしなきゃ」
「はい!」
ヴェリタスがお茶にするぞと呼びにきて、館の中に戻った。
「館中雛菊のとっても素敵なカーテンね、どこで見つけたの?」
上機嫌にシャロンのが使用人に聞いた。
「先月マゴーと一緒に、小さな魔法使い殿がいらして、シャロン様は雛菊は好きかと聞かれましたので、クレメンティーン様のお好きな花でしたので、シャロンの様も愛でられておりましたとお答えしましたところ、一昨日マゴーがカーテンを全て取り替えておりました」
「あらまあ! あの子、男の子だったら、とってもモテてよ?」
マグダリーナは深く頷いた。
「困ったわねぇ、大抵なんでも自分で作れる子ですもの、毎回お礼がしたくても、良い案が浮かばないままなのよね」
「食べ物もエステラお姉様が作るもののほうが、美味しいですものね」
レベッカが同意した。
「たとえそうでも、君たちの土産話が一緒にあれば、とても喜んでくれるんじゃないかい? だって彼女の一番の望みは、皆んな無事にショウネシーに帰って来ることだろう?」
ハンフリーがさらっと、そんなことを言う。
レベッカの頬が赤く染まった。
「男爵のおっしゃる通りですわね。でもそれでは、なんだか物足りませんわ。と言って名案があるわけでもなし……今回は普通のお土産で我慢して、いずれ良い機会に巡り合うことを願いましょう」
シャロンは優雅に紅茶の入ったカップを口に運ぶ。
お茶の時間が終わると、シャロンはヴェリタスとライアン、レベッカを連れて出かけた。
ヘンリー・オーブリーに会いに行ったのだ。
◇◇◇
「面会だ」
そう言われて、ヘンリー・オーブリーは地下牢から出された。
拘束されたまま、格子で仕切られた面会室に通される。
誰が自分に会いに来ると言うのか。まさかパイパーだろうか……! 淡い期待は、すっと背筋の伸びた優雅な貴婦人のシルエットの前に、粉々になった。
「シャロンか。私を笑いに来たか?」
「そんな暇ではありませんわ。貴方に自覚はなくても、貴方は確かに子供達の父親だった。だから最後のお別れに来たのです」
言われてようやくヘンリーは、シャロンの後ろに子供達がいる事に気づいた。
「ヴェリタス……ライアン……その娘は?」
「レベッカですわ。今までの姿は、パイパーさんに姿変えの魔法をかけられていましたの」
「ああ……なるほど、母様と同じ髪の色だ……」
シャロンはそっと後ろに移動し、ヴェリタスがヘンリーを見つめた。
「あんたは……いや、父さん」
ヴェリタスは、そっと目を伏せて。
「ん。やっぱあんただな。俺達は絶縁したんだし。でもそれまで養ってくれたことは感謝してる。あんたに女神の慈愛がありますように」
オーブリー家を出た時点で、父親との縁も切れたと覚悟があったヴェリタスは、落ち着いて別れの挨拶をした。
ヴェリタスが後ろに下がると、ライアンがヘンリーの前に進む。
ライアンはじっとヘンリーを見て、泣きそうになるのを堪えると、ぽつりぽつりと声を絞り出す。
「……貴方に捨てられるまで、俺にとって父親は貴方一人だった。貴方しか知らなかった。本当の子じゃなくて、ごめんなさい。今まで育ててくれて、ありがとうございます」
そう言うと、さっとヘンリーに背を向けた。
最後にレベッカがヘンリーを見つめる。
格子越しに、そっと小さな包みを渡す。
ここに来るまでの間、持ち込みの検査の為に幾つか提出し、数が少なくなってしまった。
「クッキーを焼いたの。初めて料理をしましたのよ。最高の材料を、魔法で混ぜて焼きましたの。味に自信はありますわ!
……愛していましたわ、お父様。さようなら」
面会室を出て、声を殺して泣くレベッカを、ライアンとヴェリタスはそっと抱きしめた。
王都の元ショウネシー邸で、シャロンの使用人とカルバンが迎えてくれる。
この館の正式な主人であるシャロンは、壮年の使用人に声をかけた。
「二人だけで大丈夫だったかしら?」
茶マゴーがいるので、使用人が受け取るべき荷物はない。
「はい、伯爵家のマゴー達やアッシのおかげで助かっております」
「それは良かったこと。では伯爵は元々お使いだった部屋を、お使いになって」
「いや、それは」
「男主人の部屋は私の趣味とは合いませんもの。クレメンティーンの部屋もそのままにしておきたかったですし、元々そのつもりで準備させておりましたから、遠慮なさらないで」
各自部屋に案内され、一息つく。
あの寒さに震えた部屋でなく、上等な客室だった。カーテンは真新しく、美しい白い雛菊と青い雛菊がバランスよく一面に描かれている。
ノックの音に返事をすると、扉が開いてアンソニーが現れる。てっきりマーシャかメルシャだと思っていたから面食らったが、マグダリーナは微笑んだ。
「アンソニー、どうしたの?」
「お姉さま、一緒に庭園を見に行きませんか?」
枯れ木と雑草の生い茂った、あの庭園を思い出す。私達はあの場所から、始まったのだ。
「ええ、今度は妖精のいたずらに注意しましょう!」
マグダリーナはアンソニーと手を繋いで、庭園に向かった。
そこには、美しく手入れされた庭園があった。
枯れ木だと思っていたのは、リモネの木だったらしく、白い可憐な花を咲かせ、爽やかな果実から想像出来ない、華やかな香りを漂わせている。
既に実が成ってる木があって、やっとリモネだと気づいた。
そして雑草の代わりに、一面、白と青の雛菊が咲き誇っている。
「こんな素敵な庭園だったのね!!」
「お姉さま、あそこ!」
アンソニーが指差したところに、ふわふわと小精霊が踊っていた。
「小精霊ね。なんだか見つけるとほっとするわね」
「ショウネシー領では、どこでも見かけるようになりましたからね」
アンソニーがそっと手を伸ばして、小精霊に魔力を伸ばすと、するすると寄ってきた。
「ここは居心地良いですか? 良ければこのお庭を守って下さいね」
アンソニーに魔力をもらって、小精霊達はキラピカ輝いた。
不意にエアが目を覚まし、マグダリーナに囁いた。
「星の魔法使いが、この庭の植物を甦らせたって云ってるぴゅん」
「星の魔法使い……?」
「エステラのことです、きっと!」
「じゃあ帰ったら、いっぱいエステラをぎゅってしなきゃ」
「はい!」
ヴェリタスがお茶にするぞと呼びにきて、館の中に戻った。
「館中雛菊のとっても素敵なカーテンね、どこで見つけたの?」
上機嫌にシャロンのが使用人に聞いた。
「先月マゴーと一緒に、小さな魔法使い殿がいらして、シャロン様は雛菊は好きかと聞かれましたので、クレメンティーン様のお好きな花でしたので、シャロンの様も愛でられておりましたとお答えしましたところ、一昨日マゴーがカーテンを全て取り替えておりました」
「あらまあ! あの子、男の子だったら、とってもモテてよ?」
マグダリーナは深く頷いた。
「困ったわねぇ、大抵なんでも自分で作れる子ですもの、毎回お礼がしたくても、良い案が浮かばないままなのよね」
「食べ物もエステラお姉様が作るもののほうが、美味しいですものね」
レベッカが同意した。
「たとえそうでも、君たちの土産話が一緒にあれば、とても喜んでくれるんじゃないかい? だって彼女の一番の望みは、皆んな無事にショウネシーに帰って来ることだろう?」
ハンフリーがさらっと、そんなことを言う。
レベッカの頬が赤く染まった。
「男爵のおっしゃる通りですわね。でもそれでは、なんだか物足りませんわ。と言って名案があるわけでもなし……今回は普通のお土産で我慢して、いずれ良い機会に巡り合うことを願いましょう」
シャロンは優雅に紅茶の入ったカップを口に運ぶ。
お茶の時間が終わると、シャロンはヴェリタスとライアン、レベッカを連れて出かけた。
ヘンリー・オーブリーに会いに行ったのだ。
◇◇◇
「面会だ」
そう言われて、ヘンリー・オーブリーは地下牢から出された。
拘束されたまま、格子で仕切られた面会室に通される。
誰が自分に会いに来ると言うのか。まさかパイパーだろうか……! 淡い期待は、すっと背筋の伸びた優雅な貴婦人のシルエットの前に、粉々になった。
「シャロンか。私を笑いに来たか?」
「そんな暇ではありませんわ。貴方に自覚はなくても、貴方は確かに子供達の父親だった。だから最後のお別れに来たのです」
言われてようやくヘンリーは、シャロンの後ろに子供達がいる事に気づいた。
「ヴェリタス……ライアン……その娘は?」
「レベッカですわ。今までの姿は、パイパーさんに姿変えの魔法をかけられていましたの」
「ああ……なるほど、母様と同じ髪の色だ……」
シャロンはそっと後ろに移動し、ヴェリタスがヘンリーを見つめた。
「あんたは……いや、父さん」
ヴェリタスは、そっと目を伏せて。
「ん。やっぱあんただな。俺達は絶縁したんだし。でもそれまで養ってくれたことは感謝してる。あんたに女神の慈愛がありますように」
オーブリー家を出た時点で、父親との縁も切れたと覚悟があったヴェリタスは、落ち着いて別れの挨拶をした。
ヴェリタスが後ろに下がると、ライアンがヘンリーの前に進む。
ライアンはじっとヘンリーを見て、泣きそうになるのを堪えると、ぽつりぽつりと声を絞り出す。
「……貴方に捨てられるまで、俺にとって父親は貴方一人だった。貴方しか知らなかった。本当の子じゃなくて、ごめんなさい。今まで育ててくれて、ありがとうございます」
そう言うと、さっとヘンリーに背を向けた。
最後にレベッカがヘンリーを見つめる。
格子越しに、そっと小さな包みを渡す。
ここに来るまでの間、持ち込みの検査の為に幾つか提出し、数が少なくなってしまった。
「クッキーを焼いたの。初めて料理をしましたのよ。最高の材料を、魔法で混ぜて焼きましたの。味に自信はありますわ!
……愛していましたわ、お父様。さようなら」
面会室を出て、声を殺して泣くレベッカを、ライアンとヴェリタスはそっと抱きしめた。
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