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三章 女神教

47. 突きつけられる現実とスライムの優しさ

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「おっ待たせー」

 エデンは転移魔法で帰って来て、コッコ車の扉を開くと、無造作にその少年を放り込んだ。

 そして自身も乗り込むと「ササミーしゅっぱーつ」と明るく声をかける。



 マグダリーナとヴェリタスは信じられない者を見て、絶句した。


「誰? この子?」

 エステラが素直な疑問をぶつける。

「セドくんの次男だよ。んはははは」
「ここは……一体……」

 バーナードは辺りを見渡し、マグダリーナを見つけた。

「マグダリーナ・ショウネシー……っ、お前の仕業か! さては今更俺との婚姻を望んで、既成事実を作るつもりだな!!」

 マグダリーナも、マゴーも含めそこにいた全員が、呆気に取られて目が点になった。

 ぶはっとエデンが吹き出した。

「ナイナイ、キミにそこまでする魅力もメリットもさー、俺はセドくんからキミに現実を見せるよう言われて連れて来ただけだよん」
「現実……?」

「まずキミがモテないって現実かな」

 長い足を組み直して、エデンが真顔で言った。

 このハイエルフ、子供相手にえげつないな……とそこにいる者達は思った。


 エステラはバーナードに遠足のしおりを渡す。

「これは私達の行動予定。まず目を通して、勝手に私達と離れずに行動してね」
「何を言ってるんだ? この中で一番偉いのは王族である俺だぞ! 貴様らが俺に従うのだ!!」
「何で? なんであなたが一番偉いの? あなたに何が出来るの?」
「俺は火魔法が使えるんだぞ!」

 ふわり、とバーナードの身体が宙に浮いた。

「うわぁ!!」
「火魔法くらいならここにいる皆んな使えるわ。偉いってどういうこと? 貴族や王族の身分にどんな意味があるか、それが今この時に何かに役に立つかどうかわかる? なぜエデンが王様を『セドくん』なんて呼んでるかわかる? 王様が何をしようと思っているか理解してる? あなたが本当に王子様なら、そういうことわかってないといけないのよ」

 そのままエステラがバーナードを下ろすと、彼は俯いた。

「そのような事、誰にも言われたことが無いから、考えたこともない……」

「そう? じゃあいま私が云ったことの答えを、この週末の間考えて。そしてその答えを王様と王妃様に話して。じゃないとあなた、王家から放逐されるかも知れないわよ」
「そんな……」

「だってあなた、何故王様がリーナと婚約させようとしたかも分からなかったんでしょう?」
「それはマグダリーナ・ショウネシーが俺に惚れたから」

「そんな訳ないじゃない」

 その一言のエステラの声音は、柔らかく優しく響くが、言ってることに容赦がない。

 バーナードがマグダリーナを縋り付くように見つめて「違うのか?」と問う。

「違います!」

 マグダリーナはキッパリ答えた。

 項垂れるバーナードに、アーベルがそっと寄り添って「君も熊師匠に身も心も鍛えてもらうといい」と優しく囁いた。

 できれば狼くらいから初めてあげてほしい。


 エイブリング辺境伯は、私達の到着をとても歓迎してくれた。

 手紙の内容や辺境のイメージから、厳ついおじさまを想像していたが、品の良いスラリとした紳士だった。

 全員で軽く挨拶した後、一応エデンが代表として辺境伯と話をしている間に、コッコ(オス)に鞍をつけ、コッコ車を収納し、森へ向かう準備をする。

「こんな子供達が、そんな軽装で、その……師匠と修行を?」

 馬に乗った騎士が数人見学として同行するらしく、驚いて呟いていた。


 森を少し入った所に、辺境騎士団や冒険者達が野営に使う開けた場所があり、そこを今回拠点としてつかわせて貰う事にした。

 以前エステラが魔法収納に入れてくれた、家(小)の出番だ。

 魔法収納から取り出すと、手のひらに乗るほどの小さな家だが、地面に置くときちんとそれらしい家になる。

「おお!! 凄い魔導具だな!」

 騎士達も驚いているが、子供達も驚く。

 早速中に入ろうとしたバーナードが、扉が開かないと文句を言った。

「当然でしょう。許可も無いのに入れると思わないで。ここは女子用です」

 エステラがキッパリと言う。

「じゃあ俺はどうしろと」
「貴方は、あっちでアーベル達とテント。早く行かないと、テントにも入れなくなるわよ」

 ヴェリタスはアーベルに、アンソニーはグレイにならってテントを立てていた。

 バーナードは慌ててアーベルの所に行って、ヴェリタスがテントを立てるのを手伝った。

「エステラは第二王子の扱い方が上手いわ」

 マグダリーナが感心してそういうと、彼女はからりと笑った。

「それはエデンがあんな風に連れて来ちゃったから、あの子の身分に対して今さら遠慮する必要ないと思ったからよ」

 それからふと、視線を落とした。

「後は強力な魔法を持ってるからだわ……彼が何かしても力で押さえられるって思ってる……やっぱり私傲慢なのかしら」

 エステラの呟きにびっくりして彼女を見た。
「エステラは全然傲慢なんかじゃないわ。力の使い方が上手いだけよ」

 マグダリーナはエステラと手を繋いだ。

「テントも立て終わったみたいだし、合流しましょう」

 テントは外側こそテントの様子をしてるが、中は空間拡張されてワンルームマンションみたいだった。ちゃんとトイレと風呂場がある。


「朝やった防御魔法はもう覚えたか?」

 アーベルが朝練メンバーに確認する。

「じゃあ、おさらいだ」

 彼らが頷いたのを見て、アーベルは素早く次々と拳や魔法を繰り出して来た。もちろんマグダリーナにも。

 全員ちゃんと防御で防いだのを確認して、アーベルはよし、と頷いたが、朝練メンバーの横でぷるぷるしてる者がいた。

 バーナードである。

 学園で熊が出た時も威勢が良かった彼だが、だんだん『王族だから特別で王族だから魔力も強い。だから負けることはない』という《夢》から醒めて、徐々に現実が見え始めてきたようだ。

「俺は防御魔法は覚えていない……」

 バーナードの呟きをニレルが拾った。

「そうだね。今回の遠足の予定は熊師匠との修行だから、君には危険だ。護衛をつけるよ」
 そう言われて、バーナードはホッとする。

「エステラ、ハラかヒラをバーナードの護衛につけてあげて」

 ニレルの言葉に、ヒラがぴたっとエステラにくっ付いたので、ハラがしょうがないなぁとバーナードの頭の上に移動した。

「もしかして、ヒラの方が甘えんぼさんなの」
「そうなの。ハラに比べたらまだ小さいしね。ハラは元々お師匠の従魔だったから長生きなのよ」
「でもヒラもぉ、ハラと同じくらい強いよぉ」
「そうね、頼りにしてるわ」

 エステラに撫でられて、ヒラの機嫌も直ったようだ。

「甘えんぼさんなんて言って、ごめんね。エステラにくっついてる姿が可愛いかったから、つい」
「いいよぉ、ヒラ可愛いから仕方ないよねぇっ」

 にまっとヒラが笑う。イケスライムパウダーが弾けて煌めいた。



 まずは索敵魔法の練習だ。

 最初はササミ(メス)に周辺に隠れてもらい、どこにいるか感知するところから始める。

「魔力を薄ーく薄く広げて、触れたものの魔力探るんだ。魔力量が多いと、逆に相手に察知されて狙われるぞ」

 確かに。

 複数人の魔力がぶつかって、なんだか身体がザワザワする。この魔力を敵に辿られれば、危ないかも。

 マグダリーナは腕輪の機能に既に索敵があるので、他のメンバーの答え合わせの役だ。

「なんかさっきからお前の魔力が当たってくるんだけど」
「薄いってどんな感じだ? 霧みたいなイメージか?」

 見学の騎士さん達も一緒に混ざり始めた。

 防御魔法と違って、皆んなと一緒に出来るので、バーナードも参加している。

「魔力操作と魔力感知、両方鍛えないと上手く索敵出来ないぞ」
「んー……あ、なんかわかったかも」

 早速ヴェリタスがマグダリーナを呼んで、マグダリーナが渡したメモにササミ(メス)の場所を書いていく。

「正解!」
「やった!」

 以外なことに次に正解したのはバーナードだった。

 ハラが彼の頭の上から、にゅっと手を出して「まずハラの手のところまで魔力を広げるの」「そんなに強引にしちゃ、小精霊達も嫌がるの。もっと仲良くなってなの」と懸命に指導していたおかげだろうか。

 正解を告げると、満面の笑みを浮かべられて、彼に対する苦手意識が、少しだけ解れた気がした。


 ササミ(メス)に慣れたら、他のコッコ(オス)も参加し、最終的に更に気配が分かりにくいマゴー数体の位置と数の把握が出来て、やっと合格を貰う。

 索敵に合格したバーナードは、呆然と目を見開き己の手のひらを見つめて「魔法とはこうやって使うものだったのか……」とぽつりと言った。

 その手の上では、ショウネシー領で見るよりもっと小さな小精霊達が、踊るように閃いていた。
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