ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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二章 ショウネシー領で新年を

37. スライム掬い競走

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 ちらほら雪が舞い散る冬の朝早く、コッコ(オス)の早朝運動ついでに、ヴェリタスがショウネシー邸にやってきた。

 昨日王宮に行っていたはずなのに、とても元気である。

 尚、ショウネシー子爵家の当主であるダーモットはまだ帰って来ていない。きっと王様に捕まってるのだろうと予想した。


「で、あの縁起物ってやつなんだよ? どっからでてきた、あーいやあれだろ? どうせエステラ達だ」
「おっしゃる通りです」

 マグダリーナはダーモットの真似をして、澄まし顔で紅茶を飲んだ。

 代わりにアンソニーが昨日あったことを、ヴェリタスに語って聞かせた。

「へぇ……なんか吹出物が綺麗さっぱり無くなったって言ってたご令嬢も居たけど、そういうことか」
「ヴェリタスは何かあった?」
「……母上と同じ鑑定魔法が使えるようになった」
「凄いです!」

 アンソニーが瞳を輝かせて、ヴェリタスを見た。

「確かに凄いし嬉しいし心遣いはありがたいんだけどさ、大変だったんだよこれが」

 王宮での舞踏会の最中に、ダーモットとシャロンとヴェリタスの前にキラキラと星のような輝きが現れたと思ったら、小瓶が転移されてきた。

 もちろん、注目の的だった。

「特に宮廷魔法師団長がさ、いまの魔法は何だーその小瓶の中身は何だー寄越せーって暴れてさ」

 小瓶に添えられた文を見て、シャロンが「ショウネシー領の魔法使いが、新年の今日だけしか効果のない縁起物を送って来ましたの。どうぞ皆様にもお分いたしますわ」と小瓶の中の花をばら撒いた。

 それを見て、ヴェリタスとダーモットも同様にした。

 貴族達が美しい花の舞い飛ぶ様に見惚れているうちに、三人は自分の分を無事確保。

 運の良いものは女神の花に触れることが出来たようだが、その殆どが床に落ちて消えてしまったという。

 花に触れられたのは偶然シャロンの側にいた王妃様と第三王女と、ヴェリタスが振り撒いた分からは吹出物の令嬢、何処かの令嬢に求婚するという噂のあった令息他数人が居たくらいだ。

 ダーモットはほぼぼっちに近い位置だったので、王様が何か言いたげというかちょっと拗ね気味にダーモットを見ていたそうだ。

「そうして無事に女神の花は、宮廷魔法師団長の手から逃れたのさ」

 ヴェリタスは、美少女の顔でにやりと笑った。


 スラ競が開催されるアーケードに行く前に、昨日焼肉大会を行った役所隣の公園広場へ行き、噴水の女神像にお祈りをしていく。

 雪は止み、明るい日差しが差し始めていた。

 この噴水の女神像を見ていると、女神の存在がとても身近に感じられて、落ち着いた。

「なあ、この女神像、鑑定に《女神と繋がる本物の神像》ってあるんだけど……」

 ヴェリタスが呆然と呟いた。

「俺あんまり神様とか信じてなかったんだけどさ、ここに来てから、なんか……ちょっと感じ方変わって来たかもな」

 そう言って、ヴェリタスもマグダリーナ達と祈りを捧げた。


 スラ競の受付兼スタート地点である図書館に向かうと、なんとダーモットがいた。   

 しかもとんでもない人物と。

 マグダリーナとヴェリタスが礼を執ろうとすると「構わぬ、忍びゆえ」と返された。

 ダーモットがため息を吐いた。

「セド、この競走は領民に合わせて、出題も軽いものになってる。大人気ないと思わないかい?」

(参加する気なの?! この国王陛下)

 いかにも貴族が平民のふりしました感のお忍びスタイルだ。
 護衛は居ないが、ちらほらとシャロン伯母様の《影》をしている使用人の姿が見える。

 大人気ないと言われたセドことセドリック王は、フンと鼻を鳴らした。

「別に筆記試験だけの競走ではあるまい。大人気ないことなぞ何もないわ」


「もうすぐ始めますよー参加者の方は急いでください」

 デボラが声をかけて回る。

 陛下とヴェリタス、そしてマグダリーナとアンソニーも受付に向かった。

「リーナ、参加するのかい?」
 ダーモットが驚いた顔をした。

「エステラに女性も参加しやすいよう前例を作ってほしいと言われたので……」
「なるほど、怪我しないようにだけ気をつけて」

 マグダリーナは頷いて、受付でお玉を受け取った。


 ぴっちぴちの最弱スライムの入った箱の周りに参加者が集まる。
 周りに陣取る順番もクジ引きで決められた。

 マグダリーナは女子参加の宣伝が主なので、順位は気にせず長く走れればいい。とても気が楽だった。

「では位置について、始め!」

 デボラの号令で、箱の手前に陣取ったもの達が勢いよくお玉を入れる。

 ここでスライムを潰して討伐してしまったものは失格だ。早速数人脱落した。

 マグダリーナはゆっくりお玉を入れて、ぷりんぷりんとぅるっとぅる揺れるスライムを、そぉっと掬いとる。

 慌てずゆっくり歩いて図書館を出た。

 すぐ隣のアーケード広場のテーブルで、問題用紙を貰って解答する。
 ここでスライムを落とさなければ、お玉をテーブルに置いて良しだが、マグダリーナは右手から左手に持ち替えて、持ったままにすることにした。

 マゴーが解答用紙を押さえてくれているが、片手で書くのはなかなか難しい。

 計算問題は「半銀貨一枚持って、150エルと130エルのパンを買ったら、お釣りは何エルか」という問題で、難易度は低い。

 半銀貨は500エルなので答えは220エルだ。

 だが、裏面の一般常識問題で罠があった。

『この絵の魔獣の種族名を答えよ。またこの絵に足りないものは何か』


「ふっ……く……」

 マグダリーナは震える腹筋を必死で宥め、スライムを落とさないように左手に意識を集中する。

 ブハッと吹き出しながら脱落するものの気配がした。


 問題用紙には明らかにハンフリーとわかる男性が、膝の上に一羽、足元の左右にそれぞれ一羽の計三羽のコッコ(メス)を侍らせている絵が描かれていた。

 しかもこの絵のハンフリーには、本体(眼鏡)が描かれていない。
 いや昨日の女神の花の奇跡で、彼はもう視力に問題が無くなった。

 本体(眼鏡)は本体では無くなったのだけど……

 よく見ると三羽のコッコ(メス)のうち一羽のくちばしが描かれていないのだが、ハンフリーに意識が行っていると気づきにくい、とんでもない引っ掛け問題である。


 なんとか回答して「いや眼鏡だろ?! どう見ても眼鏡だろ!」とか聞こえてくる腹筋地獄から抜け出した。

 あとはもう、スライムを運ぶのに集中するだけである。

「この絵に足りないのは、色気だ!!」と自信満々に叫ぶセドさんの声は聞かなかったことにする。


 眼鏡に引っかからなかった参加者のうち、後発だったアンソニーとヴェリタスが危なげなく追いついて、追い越していく。

「お姉さま、この子達とても良い子なので、仲良くなると協力してくれますよ」
「ギルドに入ったら油断するなよ! あのアーベルがただ通してくれるわけないからな」

 軽々と走り去っていく二人の姿を見て、じっと右手に持ち替えたスライムをみる。

 ぷるぷると小刻みに震えているのは、歩いてる振動のせいではないのだろうか……
 ふと感情豊かなヒラを思い出した。

「もしかして、怖い?」

 くるんと円な瞳が現れ、じっとマグダリーナを見る。

「大丈夫よ。落とさないように慎重に歩くから」

 スライムはぱちぱち瞬きして、軽く頷くと、お玉の中でどっしり腰(?)を落とした。
 ぷるぷるの震えは止まっていて、進みやすくなった。


 冒険者ギルドの運動場へ辿り着くと、風が吹いていた。

 普段置いてあるさまざまなトレーニングマシンは綺麗に仕舞われ、広々とした運動場の真ん中に赤い髪を閃かせたアーベルが仁王立ちしている。

「どうした! しっかり対策しないとスライムが飛んでいくぞ!」

 進めない程の強風では無いが、絶妙にスライムが飛ばされそうな風加減で、参加者達は地味にイライラしていた。

 ヴェリタスは体格の良い大人を盾に進んでいたが、アーケードですれ違った程の勢いがない。

「この程度の向かい風に負けるようでは、大事なもの(スライム)は守れんぞ。もっと魔力を使え」

「むちゃくちゃ言うな! 俺ら平民だぞ!」
「平民貴族関係無く、魔力は生き物に備わった力だ。使え」
「おーぼーだー!」

 背中で風を受け、お玉のスライムに風が当たらないよう、後ろ向きでジリジリ進む領民達の中、ヴェリタスがようやく何かわかったような顔をして魔力の壁を作って風を遮った。

「おお!」

 感嘆する大人達に「魔法は想像に魔力を乗せて発動する力だってよ。頑張って」と笑ってヴェリタスは走って行く。

 マグダリーナは運動場に入った途端、腕輪の魔法防御で特に問題なく進む事ができた。
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