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二章 ショウネシー領で新年を

34.流行病

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 その日はそのままサロンでエステラやヴェリタス達と、王立学園の入学の為に何が必要か確認しあったり雑談して過ごした。

 教科書類は昨日の討伐報酬で十分購入できるし、筆記用具に関しては、エステラが万年筆を作ってくれたので問題ない。

 貴重な紙をどうやってるのか、マゴー達が作ってくれるノートもある。


「後は鞄くらいじゃないか?」

 収納魔法のおかげで、鞄を持ち歩く習慣がなかったが、学園ではそうは行かないか……

「じゃあリーナの収納と共有できる鞄を作るわ」
「どっちからでも出し入れ可能的な?」
「そう、そういうやつ」
「嬉しい! すごい助かる! でもそれはちゃんとディオンヌ商会にオーダーして買わせて! 昨日の報酬から出すわ」

 ヴェリタスも手を挙げた。

「だったら俺の鞄も作って欲しい! 収納魔法付き! チャーも入るやつ」

 アンソニーも控えめに聞く。

「僕も学園に通うようになったら、作ってもらっていいですか?」
「もちろん、任せて」

 エステラは楽しげに笑った。


 ふいに、ぴぴぴと音がして、アッシが喋りだす。

「ハンフリー様から伝言です。これからアスティン伯爵夫人が、王都より流行病の患者を連れて帰領されます。患者一人と付き添いが一人、領主館にて受け入れます。各マゴーは受け入れ体制に入って下さい。今からアスティン伯爵夫人の茶マゴーから情報の共有が行われます」

 放送が終わると、マゴー達の頭の実の魔石がチカチカ光り出した。

 ニレルがすぐアッシに近づいて、ディオンヌ商会に連絡を入れる。

「うまみ屋のマゴーはすぐ役所のアッシと連携して『例の薬』を各領民に配布すること。それから治療院のイラナを領主館に呼んでくれ」



◇◇◇



 患者は領主館の客室に運ばれ、イラナの診察を受けている。

 付き添いの貴婦人はとても高貴な方だと、見るだけで察せられた。

 マグダリーナとヴェリタスは、ハンフリーやシャロンの手伝いは出来ないかと領主館へやってきた。尚アンソニーには何かあった時の連絡係として子爵邸に残って貰った。

 二人は診察の結果を待っている面々に、マゴーの作ってくれた『特製カスタードドリンク』を配る。
 

 イラナが診察を終えて出てくる。その疲れ切った様子に、皆んな不安を覚えた。

「エリックは……エリックの様子はどうですか」

「かなり穢れに侵食されております。今魔法薬を作りはじめましたが、足りない材料もある……薬が出来上がるまで、お命が保つかどうか……」

「そんな……」
「王妃様!」
 ふらつく貴婦人を、シャロンが支える。


(王妃様って言った! という事は、この奥にいる患者はエリック第一王子殿下なの?!)

「薬が出来上がるまで少しでも浄化魔法で持ち堪えさせられればいいのですが、何分私達の魔法だと魔力が強すぎて、今の患者の状態だと身体ごと浄化(消)してしまいかねません……」

 第一王子殿下といえば、次代の王様である。
 万が一ショウネシー領でお亡くなりになったら、とんでもなくやばいのでは……

 嫌な予感がぐるぐる駆け巡っているところに、強い視線を感じて顔を上げると、イラナと目が合った。

「リーナ、その腕輪はエステラ様が作ったものだね?」
「え……ええ」

「浄化魔法は使えるかい?」
「一応」

「魔力源はリーナの魔力だったね?」
 マグダリーナは黙って頷いた。

「素晴らしい! ちょうどいい魔力だ。リーナ、エステラ様の薬が出来上がるまで、患者の手を握って浄化魔法をかけ続けてくれないかい?」

 王妃様が縋る様な目で見た。
 絶対、絶対に、断れない状況だった。

 ベッドに寝かされている第一王子は、確か十三、四頃の少年だが、かなり顔いろが悪くてやつれているせいで、もう少し歳上に見えた。

 時々目覚めても焦点の合わない視線を彷徨わせるだけで、浅い呼吸をただ繰り返していた。

 そういえば、母クレメンティーンの最後の時も、こんな感じだった。

 マグダリーナはそっとベッドに近づいて、用意された椅子に腰掛け、王子の手を取る。発熱でかなり体温が高い。

 イラナのコッコ(メス)型魔導人形、コマコが冷えた身体を寄り添わせて熱を下げようと頑張っていた。

 コマコの邪魔にならずに楽な姿勢を探し、浄化魔法をかける。
 本来ならこんな風に手を握るなど、一生無いはずの身分の人だ。

 緊張するマグダリーナの背を、隣に座ったイラナがさする。

 マグダリーナは発動させた浄化魔法を維持する為に、意識を集中させた。

 ところが集中すればする程、何かをごっそり持って行かれる様な感覚がして、酷く眠くなる。

 そこへイラナが緑色のポーションをマグダリーナに飲むようにと渡してくれる。ミントティーの様な清涼さで、意識がしゃっきりしたところでまた浄化魔法に集中する。

 左手で王子の手を握り、右手でポーションを受け取りながら、それをだいたい十五分毎に繰り返した。

(思ったよりしんどい……浄化魔法ってこんなに大変だったっけ?)

 糸一本で意識を繋いでいるような、ぼんやりした頭でふと思う。

 視界に夢の中でみた、クレメンティーンにあったような黒い斑が目に入った。

(これが……穢れ?)

 王子の身体と、這い上るようにマグダリーナの腕にも広がっていた。

 そろそろ十本目のポーションを飲もうかというところで、「薬が出来ました!」と、マゴーが入室してきた。

 マゴーは薬を自らの口に含むと、第一王子殿下に口移しで、薬を飲ませた。

(なにか、変なもの見た……)

 そこでマグダリーナの意識も途切れた。



 目が覚めたら、イラナに膝枕で寝かされていたところだった。

「よく頑張りましたね、もう少し休んでいてもいいんですよ」
「王子様……は?」

「ええ、薬が間に合いましたし、浄化魔法と回復魔法もかけましたので、心配ありません。目覚めたあとは消化の良いものから食べさせて、体力を回復させるだけです」

(よかった)

 ふと視線を横にずらすと、頭を垂れるマゴーの集団が見えた。その中心には、黒く枯れたマゴーがいて……

(まさかあのマゴー、王子に薬を飲ませたマゴー?! 死んでしまったの?
マゴー、いつも皆んなの為に働いてくれていた。強くて、なんでもできて……まさかあんな風になってしまうなんて……)

「もういいでしょう?」

 じわりと滲む視界のなか、エステラの声が聞こえた。

 マゴー達は頷くと「穢れの観察と対策についての共有は終わりました。マゴー47号の自動修復の阻止を停止します」と言ってバラバラに仕事に戻った。

 残った枯れたマゴーがゆりゆる光はじめ、どんどん元の状態に戻ると、ぴょんと立ち上がって、通常運転に戻っていった。

 こぼれ落ちそうだった涙が、一瞬で乾いた。


 エステラはマグダリーナの視線に気付き、早足で寄ってきた。
 そっとマグダリーナの額に手を当てて、瞳を覗きこむ。

「良かった。穢れの影響もないし、魔力が回復したら大丈夫そうね」
「他の皆んなは……シャロン伯母さまやハンフリーさんやルタは? 病が移ったりしてない?」

「皆んな大丈夫よ。王妃様は少し穢れの影響があったから、薬を飲んで休んでもらってるわ。だからリーナも安心して、もう少し寝てたほうがいいわ。ショウネシー邸の部屋のベッドに移る?」

 頷くと、転移魔法の光に包まれた。

 ベッドに横になると、エステラがコッコ羽毛布団を掛けてくれる。


「よく眠れるおまじない」

 そう言って、エステラはマグダリーナの額に自分の額を当てた。
 小さな石のようなものが一緒に触れた感覚がして、スゥと全身がリラックスする。

 薬を作っていたからか、エステラからは薬香草と花の良い香りがした。

「ヒラもぉ」

 ヒラがぽよんぷるんとマグダリーナの頬にくっついて離れる。
 もじもじしながらハラも移動して、反対の頬にそっとぷるっと触れて戻った。

 おまじないの効き目は抜群だった。



 目が覚めると朝になっていて、とてもお腹が空いていた。そういえば昨日はなにも食べずに寝たのだ、空腹なはずだ。

 マグダリーナが目覚めた気配を察したのか、部屋のドアがノックされ、マーシャとメルシャがやってきた。

 マーシャが身支度を手伝いながら、メルシャが紅茶を支度し、クッキーを一枚添えてくれた。

「朝食前ですけど、きっとお腹が空いていらっしゃると思いまして」

 その通りだ。マーシャもメルシャも気遣いが優秀過ぎる。

「領主館のお客様のご様子はどう?」
「王子様も王妃様も、夜半に一度お目覚めになったそうで、王妃様はご安心されたそうです。マゴーの話では、お二人とも今朝は顔色も良かったそうですよ」
「そう、それは良かった」


 イラナがもう後は王宮で安静にしていれば大丈夫だと診断し、昼過ぎに王妃様と王子は、来た時と同じくシャロンのコッコ車に送られ帰って行った。

 
 その後戻ってきたシャロンによると、第一王子は三年前の流行病があってから、原因を突き止めようと調査をしていたらしく、エステラ達と同じように魔る蜂にあたりをつけたらしい。

 そしてジンデル領に調査に向かい、直接穢れに触れてしまったようだった。

 エリック王子が病に罹り、王宮に戻った頃には、すでに重篤な状態で、穢れのことも魔る蜂の事も伝える事ができない状態だった。

 王妃はシャロンから魔る蜂の話を聞き、すぐに宮廷魔法師団と教会を登城させたが、どちらも対処不能と言われ、藁にも縋る思いで王子をショウネシー領に連れていく決断をした。

 その間王様は宮廷魔法師団と教会に、王宮を浄化し、ジンデル領の調査と浄化、そして周辺の領地の浄化もするよう命じていた。

 三年前にくらべ、奇跡的なはやさで病は収束し、とりあえず王国と王宮は新年を迎える前に落ち着きを取り戻した。


 そして後日ダーモットとシャロンが王宮に呼び出され、今回の褒美として陞爵の打診を受けた。

 第一王子の命が危うかったことは、極秘とされている。
 なので陞爵の理由は流行病の原因救命に貢献したことになる。

 ダーモットが自分は何もしていないからと頑なに陞爵を受け入れなかったので、ハンフリーが男爵位、マグダリーナが準男爵位を授かり、どこの領地でもなかったショウネシー領の隣の島をショウネシー領に加えることになった。

 ダーモットは陛下に、その島をディオンヌ商会に与えるように提案され受け入れた。

 シャロンは伯爵から侯爵になり、領地は持たないが、爵位的には離縁先のオーブリー侯爵と対等となった。
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