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二章 ショウネシー領で新年を

32. はじめましての森の熊さん

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 雪狼の群れは、エステラの目の前に来ると、ぴたりと動きを止め、そのまま倒れた。

 エステラが魔法で心臓を凍らせたからだ。

「ヒラ、ハラ、解体お願い出来る?」
「わかったぁ、毛皮に傷がつかないようにだよねぇ」

「エステラ! こっちこっちなの」

 ハラに呼ばれて、一匹の狼を見に行くと、お腹が大きな雌狼がいた。大きなお腹の中に、三つの小さな命の輝きが見える。

「ヒール」

 エステラは凍らせた心臓をすぐに元に戻すと、素早く雌狼に回復魔法をかけた。

 そして小精霊を呼び寄せると、雌狼を女神の森へ案内するよう頼む。
 種を絶滅させたい訳ではない。成獣では無いもの、子を孕んでいるものは狩らないようディオンヌからも教えられていた。

 雌狼はゆっくりと立ち上がって、エステラをじっと見てから走り去った。女神の森へ向かって。


コッケェェェェッ!!!!

 マグダリーナ達の最後尾から鳴き声が聞こえたと思ったら、コッコ(オス)が高くジャンプし、マグダリーナ達の頭を飛び越える。

 そして一番大きな熊の頭に跳び蹴りをかました。ササミ(オス)だ。

(ササミ……主人のエステラを置いてきたの? ダメ鳥じゃない)

 ゴキンと鈍い音がして、頭をだらんとさせているのに、熊はササミ(オス)に攻撃しようとパンチを繰り出して来た。

 ササミ(オス)がクチバシで熊の拳に強烈な突きを入れ、熊の腹に蹴りを入れる。
 他の熊も唸りながら、ササミ(オス)を囲み始めた。


「このように、四つ手熊は心臓を潰さない限りなかなか死なない。まあだから今のうちに一撃入れて? 意外と動きが素早いから、魔法で離れて攻撃した方がいい。ああ、火魔法は禁止だよ。四つ手熊は火で強くなるから」

 暢気にニレルが解説をしてくれるが、その背後はすっかり熊対ササミ(オス)の怪獣対決のようになっている。

 他のコッコ(オス)達も混ざりたくてウズウズしだした。
 人が乗ってるのだから、絶対やめてほしい。

「四つ手熊って、確かグレイさんが……」

 アンソニーの呟きに、マグダリーナもハッとする。グレイが片手を失うような大怪我をした相手だ。

 あの時の状況を思い出して、マグダリーナは怒りが込み上げるまま、叫んだ。

「ギロチン!」

 ぼとん、と一番手前側にいた熊の首を落とす。

 すかさずササミ(オス)が胴体に蹴りを入れ、熊包囲網から脱出した。

 そこへ、ずっと黙って魔法のイメージを固めていたヴェリタスが、剣を振る。
 剣先から鋭い風が飛び出して、熊の腕を斬り落とした。

 アンソニーも続けて氷柱で攻撃する。


 三人がそれぞれ八体の四つ手熊に攻撃を入れたのを確認すると、ササミ(オス)が火焔とは違う、細く鋭くした竜のブレスを二撃入れて、一体の熊を倒した。

 マグダリーナは、狼の時と違う、大きな魔力が身体に宿るのを感じた。

 残り七体も、ニレルとアーベルで難なく倒した。


「四つ手熊の心臓は腹部に近いここと、この位置の二箇所にある。心臓は二箇所とも潰さないと動きを止めないから、絶対油断しないようにね。あと胆嚢が非常に貴重な素材なんだ。心臓と一緒にうっかり潰さないようにした方がいい」

(いや絶対、そんなの考える余裕ないよね、この熊相手に)

 ニレルもアーベルも、武器を使わず掌底打ちだけで倒してしまった。ハイエルフとは理不尽な生き物である。

「うちでDランクに上がるには、この四つ手熊を単独討伐できることは必須だから、今のうちに心臓の場所はしっかり覚えておけよ」

 アーベルの言葉に、アンソニーとヴェリタスは顔を青ざめさせた。


 熊を倒してからは、猪が二体出ただけで、夕方前には討伐を切り上げ、アルバーン伯爵立会のもと、ゲインズ領の冒険者ギルドで討伐証明をして帰った。

 今回は討伐した魔獣をそのまま貰える他にもアルバーン伯爵からの金貨百五十枚の報酬もあった。

「金貨百五十枚というと一千五百万エルよね。すごい大金だけど、冒険者ってこんなに儲かるものなの?」

 マグダリーナの疑問に、ニレルが答える。

「多分四つ手熊が八体も居たからじゃないかな? 雪狼も上位の魔獣だし、その分色をつけてくれたんだと思うよ」
「それもあるだろうけど、報酬ケチって来年以降断られたら困るからってのもあるんだろ。普通四つ手熊が八体襲ってきたら、領の一つ簡単に潰れるし、一日で討伐は終わらない。ゲインズ領は侯爵領だし冒険者ギルドがあるから人も物資も金の動きも活発だし、多分冬の討伐には数億の予算かけてると思うぜ」

 そう言うヴェリタスの言葉に、マグダリーナはなるほどと思う。


 今回の報酬と素材はそれぞれ参加者でほぼ均等に分けた。報酬は、六人で金貨二十枚ずつ分け、残りの三十枚を寄付金として領に納める事にする。

 ヴェリタスが、雪狼の毛皮はシャロンが喜ぶと嬉しそうにしてるのを見て、そういえば貴婦人のコートに人気なんだっけと思い出し、マグダリーナは世話になった父方のドーラ伯母様にも毛皮を送る事にした。



 その夜、マグダリーナは夢を見た。

 母クレメンティーンがベッドの端に腰掛け、優しくマグダリーナの頭を撫でる。

 だが、その母の姿には、斑に黒い滲みがあった。

(あれは、何かよくないもの!)

 そう直感したマグダリーナは、母に回復魔法をかけるが、少し色が薄くなる程度で大した効果はなかった。もう一度回復魔法をと思ったら、クレメンティーンはゆっくり首を振った。

(回復魔法じゃダメなんだわ……なら……黒い汚れを取り去るもの……!)

 今度は浄化魔法をかけ、ととのえる魔法も重ねてかけた。

 クレメンティーンの黒い染みはたちどころに消え、それどころか灯りが灯るように輝き始める。

 眩しさに目が覚めてしまうと思った瞬間、クレメンティーンはあるものを指差した。本来のマグダリーナの部屋には置いてないものだったが。

(夢の中だものね……)

 そう思ったところで、本当に目が覚めてしまった。
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