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一章 ナイナイづくしの異世界転生

18. ショウネシー領が生まれ変わる日

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 一時間も経ってないかも知れない……

 思ったより早く魔法の光が収まり、新しいショウネシー領が見えた。

 美しく整えられた農地と水路の向こうに、淡い卵色と水色で統一された街並みが見える。


 エステラとニレルが転移で戻って来て、マグダリーナとアンソニーは二人に飛びついた。


◇◇◇


「皆さんにはまず役所に行ってもらいます。そこで領民登録をし、家の鍵を受け取った方から、各自の家に転移でお送りし、マゴーが荷物の整理と住宅設備の説明を行います」

 多少違いはあるものの、家の広さや作りはだいたい同じなので、ここにいる間に家や畑の担当場所を決めてもらっておいた。

 今は領民が少ないので、農夫達にはお給料を払って領の産業としての作物を育てて貰う事になる。

 今までの麦は育たないので、当分はエステラが改良した、水田じゃなくても育つ米とサトウマンドラゴラを育ててもらう事になるだろう。

 サトウマンドラゴラはマンドラゴラの変異種で強い甘みを持ち、そのまま素材として売ってもいいし、加工して砂糖も取れる。苦い薬を飲みやすくするのにも使えた。


 転移で役所に移動すると、受付でグレーと水色のネクタイをしたマゴーが待っていた。

 名前と新しい住所と生年月日を言い、魔導具に手を翳すと魔力も登録され、魔銀製の領民カードが発行される。

 大きさは前世のマイナンバーカードくらいだ。無くさないように首から掛けれる紐のついたカバーも配布された。

 この領民カードは、銀面に名前が彫られた裏に、表示画面のある、薄くて小さなスマートフォンになっていた。
 つまり通信ができる。

 本来の目的である、家屋や土地の情報、血縁情報、その他諸々の情報管理や、配給の受け取り等、役所の手続きににも、もちろん使用される。

 さらにこのカードで資金口座を作ることも可能。お金を預けたり、領内のお店でスマート決済に使えたりもする。

 身分証にもなるので無くさないこと、紛失防止、盗難防止の魔法がかかってはいるが、再発行時は銀貨三枚必要になること、他人のカードを不正利用した場合は罰則があることを説明して、小さな赤ちゃんの分まで発行した。

 そしてこのカードが、そのまま家の鍵にもなった。


 領民達の対応が終わり、新しい館へと向かう。魔導車で。

 いい笑顔でエステラが出して来たのは、軽乗用車程の小さめの見た目なのに中は広いキャンピングカーという物理法則無視しまくった逸品だ。

 流石にハンフリーとグレイは呆然としたが、マーシャとメルシャははしゃいで中を確認していた。

 運転手はニレルだ。

「ずっと運転してみたかったんだ」
 珍しく彼もはしゃいでいる。

「大丈夫なの? 運転……」
「大丈夫よ。運転の仕方はしっかり叩き込んであるから。いやー整備されてる道って素晴らしい」

 領内の道は、ほぼ完全に前世の交通道路だった。信号もある。ニレルはちゃんと赤信号で止まっていた。
 並走していた、コッコ(オス)達も止まっている。

 魔導車は順調に新しいショウネシー子爵家に着いた。
 夕食は一緒にと約束して、一旦エステラ達と別れる。


 新しい邸宅は水色の美しい造形だった。
 王都にあった館より広く豪華でもある。

 ちゃんと同じ水色の、コッコ達の小屋もあり、みんな喜んで入っていく。


 お隣にはエステラとニレルの家があり、ショウネシー家に比べたら小さいが、漆喰と木材の、前世日本で見たことのある懐かしい感じのする家だ。

 屋根の色は街並みに合わせた水色だが、広い庇を支える柱などは黒色の木材を使用しており、魔導車を停めるガレージもある。


 反対の隣は領主館で、ハンフリーの仕事場になる。彼の私室は子爵家の中に作った。
 コッコ(メス)が行き来しやすいように、そして食事も一緒に取るのだから、世話がしやすいようにだ。

 ダーモットもハンフリーが結婚したら、その時は住まいも領主館に移せばいいと言っていた。

 もっとも、相手はまだいない。


 マグダリーナ達の祖父の弟夫妻であるハンフリーの両親も、三年前の流行病で亡くなっており、元々領主をしていた彼の兄は、その時に全てハンフリーに押し付けて妻の実家に行ってしまったそうだ。

 マグダリーナとしても、ハンフリーに良縁があるよう願わなくはないが、コッコ(メス)と上手くやれる人という条件がつくところが不安でもある。

 邸内の設備を確認すると、エステラ達の家にあった魔導トイレに思わずガッツポーズしてしまった。

 掃除の要らないハイテクならぬハイパー魔法トイレはかなり生活の質を上げてくれる。

 そして、上下水道完備、シャワー付バスルーム、エアコン……エア……コン?

 マグダリーナは部屋に鎮座する、角丸長方形に四つ脚がついて、円な瞳と半月の口を持った、水色のそれをじっと見た。

 確かに暖かな風が、そこから流れて来ている様な気がする。

「エアコン?」
「ワタシの名前は、アレクシリです。アッシとお呼び下さい」

(ちょ……っ、名前)
 アレクシリの名前が前世の有名なバーチャルアシスタントから来ているのがわかって、マグダリーナは吹き出しそうになった。

「アッシの機能を簡単にご説明しましょうか?」
「ええ、お願い」

「はい、ワタシはエステラ作御屋敷快適性能型魔導人形、アレクシリ。主な機能は空調管理 空気清浄 時計 湿度計 温度計 魔素濃度計 空気質表示 火災警報 通信 室内灯 映像保存再生 お喋り 歌唱 ダンス 広範囲物理防御&魔法防御 定期自動清掃魔法ホコリナイナイ ウォーターサーバー冷温 アッシ同士の生物以外の物質転送 カウチベッド変形温感冷感 スチームアイロン 物質分解ダストボックス素材リサイクル機能有り スッキリ小物収納 ボイスメモ タスク スケジュール管理 資金口座管理 役所からのお知らせ 今後もエステラの気分次第で機能がアップデートされる予定です」

(待って、待ってこれ……)

 領民の住居にも、上下水道、魔導トイレ、魔導ダストボックス、魔導冷蔵冷凍庫、魔導洗濯機、魔導食器洗い機、ベッドと寝具、シャワー付バスルーム、エアコンが標準装備されてるって聞いたけど、これ?

 しかも室内灯まで完備されて、水道光熱費は0エルなのだ。

「領民達の家にも同じアッシがあるの?」
「はい、アッシが一家に一台!」

 今朝領を去って行った人達は、運がなかったなぁとぼんやり思った。

 昼過ぎにはダーモットとケーレブが帰って来たので、グレイ親子を紹介する。

 その後ダーモットは真っ先に図書室へ行き、びっしり詰まった本を見て、感涙した。


 使用人用の制服も揃いで新しくなった。
 マーシャとメルシャがデザインして、マゴー制作部と協力して作成していたのだ。

 子爵家のお仕着せはシャツやブラウスは卵色、ネクタイやリボンは薄荷色、スカートやズボン、ベストは黒だ。

 子爵家にいるマゴー達も、黒地に先が水色と卵色のネクタイをしている。

 まあ、いわゆる裸ネクタイだ。

 役所や領主館に出入りする領地の仕事に関わるマゴーがグレーと水色のネクタイで統一されていた。


「領民カードね……冒険者ギルドで発行してる冒険者カードはウシュ帝国の遺跡で発掘された魔導具を使ってるらしいけど、これはさらに進化したものだね……」

 ダーモットは自分の名前の書かれた銀のカードを眺める。

 その裏の画面には、時計の文字盤と針の図、さらに下には時間を現すデジタル式の数字が映されていた。

「これは時間がわかるのか!」

「しかも各家のアッシが役所のアッシと繋がる事が出来て、この口にカードをおく事で各種手続きも自宅ででき、役所からの案内も届けられます」

 ハンフリーの説明に、ダーモットは。
「これ絶対、欲しがるよ陛下」

 ハンフリーはこほんと咳払いした。
「エステラさんとニレルさんは今回ディオンヌ商会を立ち上げまして、その場合は国と商会が直接取引していただくことになりますが、我が領以外は正規の価格設定にするそうです」

 ディオンヌ商会の名は、エステラのお師匠でありニレルの叔母様だった方の名をいただいたそうだ。月と星の意匠が商会の紋章になっている。

「あ、じゃあ無理だね。払えない」
「ですね」

 話を聞いてたマグダリーナは、エステラ達の魔法がすごいのはわかったが、普通の魔法使いのレベルが気になった。

「宮廷魔法師団でも再現は無理なんですか?」
「無理だね。全然魔法の水準が違うよ。しかもこれだけの魔法が一時間程で完成するなんて、速すぎる。陛下には領地で大規模魔法を使うことは報告してきたけど、失敗したかもと思われているかも知れないね。どっちにしても、王宮から視察が来ると思う。コッコカトリスもいることだからね」

 コッコカトリスの視察となると、無関係ではいられないアンソニーは、びくりと肩を震わせた。

「大丈夫だよ。ちゃんとアンソニーはコッコ達の主人をやれているんだから、問題ない」

 ハンフリーが膝の上のコッコ(メス)をもちりながら言った。


 夕食の時間になると、エステラ達が館にやってきた。

 ニレルが手土産だと花を抱えてきて、マーシャとメルシャが危うく息を止めそうになったらしい。

 マグダリーナが目にした時には、可憐な白い花はニレルの手から離れ、食卓に飾られていたところだったので、助かった。

 食後に魔導具の腕輪を使って鑑定すると、「女神の光花」という花で、妖精が好み祝福を与えてくれる花ということ、また魔力も多く色々な魔法薬の材料に使えるだけでなく、従魔に与えると良いともあった。

 増やし方と育て方も鑑定でわかったので、増やそうと決める。

 コッコが摘むかも知れないので、温室に植えようかと考えていたら、エステラが花を植えたところの近くに養蜂箱を置いておくと、妖精蜂が寄ってくると教えてくれた。
 ハンフリーと話し、まずは温室である程度増やしてから、春になったら領主直営地に植え、蜂蜜の生産を狙うことにした。

 これからしばらくは、まだ魔獣を討伐して素材を売って小金を稼いでいかないといけないし、王立学園の入学に向けての準備もある。

 明日からも忙しい毎日になりそうだけども、その日マグダリーナは自宅と言える場所で、初めて目覚めた薄布を重ねただけの上布団とは違い、ふかふかコッコの羽毛布団にくるまって、心底安心して眠ることができたのだ。
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