10 / 119
一章 ナイナイづくしの異世界転生
10. 領主がいナイ
しおりを挟むととのえるの魔法で館中ぴかぴかにして、王都の館を後にする。
リーン王国の北側には、隣国まで跨ぐ大森林がある。
古くから存在するその森は、女神の森と呼ばれていて魔獣や妖精が多く、人が入ると迷って帰って来れないと言われる。
そこはどの国にも属さない、不可侵の森だった。
その森とリーン王国は北から北西と広範囲に近接していた。ショウネシー領もその内のひとつで、女神の森からの河川が領地内を蛇行していた。
エステラ達のいたゲインズ領はショウネシー領の隣。
同じく女神の森と近接している。
女神の森側には、マグダリーナ達が妖精のいたずらで飛ばされた、魔物の森と呼ばれる森がある。入り口付近は薬草や木の実等の恵み深い森だが、奥に行くにつれ強い魔獣が現れる危険な森だ。
冒険者ギルドの支部もゲインズ領にはあった。
ショウネシー領はゲインズ領ほど魔獣が出ることはないというのが、ダーモットの話だった。
が。
「半年ほど前から、ゲインズ領の冒険者ギルドに、ショウネシー領の魔獣討伐依頼が来てたはず……ちょっと確認して来るよ」
そう言ってニレルが転移魔法で去り、道中魔獣が出た時のために、エステラとスライム達が一緒に馬車に同乗して、ショウネシー領まで付いて来てくれることになった。
収納魔法のおかげで荷馬車を借りる必要がなくなり、最速の魔獣馬の馬車で途中まで移動する事が出来る。
ショウネシー領は道が整備されていないので、途中からはエステラの転移魔法で一気に移動する手筈だ。
「お父さま、領地に着いたらまず何から始めますか?」
マグダリーナは一応確認しておく。
「そうだね……しばらくは領主の館にやっかいになりながら、まずは領地の現状確認からだね……」
ショウネシー子爵家が領地に入ることは、前もって手紙で連絡し、王都出発前にも先触れの鳶便、通称とん便を飛ばしてある。
領地はマグダリーナの祖父の弟の次男……父にとって従兄弟のハンフリーが、現在領主をしていた。
ハンフリーは、学問の功績で爵位をいただいたショウネシーの血筋らしい、真面目で研究心も旺盛な人物とのこと。
十年前に川の氾濫があったことから、まず領地の治水を行い、それでも年々収穫量が落ちるため、近年は土壌改良の研究もしていたらしい。
聞いた限り、ダーモットが領地を丸投げしてるだけあって優秀そうな人のようだが……
マグダリーナが真面目に領地のことを考えているのに、ダーモットはソワソワとエステラの膝の上のハラとヒラを気にしている。
「んー、んー、ヒラ、くん……?」
「なぁにぃ?」
「君たちはスライムで合ってるよね?」
「そぉだよぉ。ヒラとハラはディンギルスライムだよぉ」
「ディンギル……さしずめスライムの神……という意味かな……?」
「そだよぉ。ダモはわかってるねぇ! スライムの最上位種だよぉ。すごいでしょぉ!」
「そうなんだ、とてもすごいね!」
「スライムすぐ死ぬから、みんなヒラとハラまでなかなか辿り着けないのぉ。ヒラはベビぃの時にタラに会って、大事に大事に大事にぃ育てて貰ったから、可愛くてすごぉいスライムになったんだよぉ」
うっ、とエステラは両手で顔を押さえた。これは、うちの子尊いムーブですね。
「僕にもスライム、テイムできるかな……」
ぼそりとアンソニーがつぶやいた。
この時は皆んな、まさかあんなものをテイムする事になるなんて、思ってもいなかったのだ……
道中、宿で一泊し、王都を出てから二日後、ショウネシー領に到着した。
通常なら一週間以上かかる旅程を、エステラとスライム達の魔法のお陰で一気にショートカットできた。
リーン王国の国土は、コの字を傾けたような形をしている。
王都や公爵領など栄えた領地と海を挟んで向こう側にあるのが、ショウネシー領とバンクロフト領。
この二つの領地はリーン王国二大辺境ど田舎だった。
ただしバンクロフト領は、ショウネシー領と違い農作物がよく育つ。特に豆が。
初めて見るショウネシーの領地は、枯れかけた作物ばかりで人影もあるかないか……うそです。ほぼナイです。
ただただ、ただっぴろい荒れ地が広がった、見るからに寂れたところだった。
既に秋も終わろうとしているので、侘しさが目に沁みた。
枯れ作物を押し退けて、ところどころ見知らぬ雑草が、青々すくすく背を伸ばしている。全くの不毛の地という訳ではないようだった。
途中で馬車を返して、転移魔法に頼って大正解である。とても馬車が走れるような状態とは思えない。
僅かに雑草の生えていない場所が道のようになっている所がある。おそらくバンクロフト領の商人の荷馬車が、根性だして通っている跡だろう。
バンクロフト領はショウネシー領との境以外は海に囲まれた、どん詰まりの領地だ。
海の魔獣は陸の魔獣より未知で凶暴。魔魚の体当たりに耐えうる船でないと、王都に荷を運ぶことは出来ない。
そもそもこの国で船を造っている所はない。
たとえショウネシー領がどんな荒れ地でも、バンクロフト領は根性出して王都まで何日もかけて自領の農産物を売りに行く。
来る途中の馬車の中で、父のダーモットがそう説明してくれた。
領主館の側に来ると、柵が設置してあり“魔獣出没危険”と札がかけられていた。
(なにこれ?)
ヒラとハラがぽんぽん跳ねながら辺りを確認すると、ハラが喋った。
「ここ、土地から懐かしい匂いがするの」
「わかる! するぅ。ヒラの生まれたとことぉ同じ匂い」
「ああ、なるほど」
エステラは頷いてダーモットに確認した。
「十年前に女神の森から流れる川が氾濫したんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「だとすると、女神の森の魔力が川の水に溶けて流れ込み、土地に定着したんだと思います」
「それは、いけないことなのかい?」
「今までと同じ作物だと土地の魔力に負けて育ちません。合う作物を探すか品種改良するかですね……果樹なら女神の森のものを移植して育てられると思う……」
「しかし、女神の森は……」
入ったら出て来れないとも言われる危険な場所だ。
「私とニレルとこの子達なら、大丈夫ですよ。女神の森は庭と一緒です」
その言葉にダーモットは目を見張った。
「君達は、一体……」
「ふふふ、世界一の魔法使いの弟子です」
ダーモットはそれ以上深く詮索せずに頷く。
「とても頼もしいね。良ければこれからも、その知恵を貸してほしい」
そう言って差し出した手を、エステラより素早くヒラの手がにゅっと伸びて握り返す。
「いいよぉ」
その様子に、思わず皆んなで笑った。
魔獣注意の札があるので、念のためにハラが先に領主館の中に入って確認する。
入り口の扉に鍵はかかってなかったので、領主でありダーモットの従兄弟ハンフリーがいるものと思っていたが。
うにゅっと玄関から顔を出したハラが声をかける。
「魔獣いない、大丈夫なの。この中誰もいないの」
「誰もいない? とん便も出したのに、ハンフリー様が不在だなんて……」
ケーレブは念の為懐から短剣を出して、中へ進む。ダーモット、アンソニー、マグダリーナと続いて最後にエステラが中に入ってすぐ、しゃがみ込んだ。
「どうしたの」
エステラの行動に気づいて、マグダリーナもしゃがんだ。
「リーナ、これ」
エステラが指差した場所に、羽毛がパラパラ落ちていた。
「コッコカトリスの羽毛だわ」
「コッコ……なに?」
「コッコカトリス。通称コッコ。ニワトリにちょっとダケ似た魔獣よ」
魔獣と聞いて、マグダリーナは慌てて皆んなの後を追った。
領主の執務室は、まるでつい先程までそこで仕事をしていたかのように、書きかけの書類や書類の束が置いてあった。
中へ入ろうとしたダーモットを、ケーレブが慌てて制す。
「いけません、旦那様! 早く離れて!」
しかし時遅く、書類束がふわりと舞い上がると、ビリリと細かく裂けた。
「ああ~!!」
ケーレブの悲鳴を聞き、ダーモットは慌てて執務室からでた。
「お父様、今のは一体……?」
「ああ……うん……どういう訳か昔から、近くにある書類が破けてしまってね……」
(お父さまが国の仕事に就けない理由って、もしかしてこれ?!)
「ダモ、妖精のいたずらぁ!」
「妖精……これは妖精の仕業だったのかい?」
「ダモの周りに風の妖精いるよぉ」
「なんですか、その妖精、書類に恨みでもあるんですか」
執務室からケーレブが出てきた。
「旦那様、これを」
銀縁の眼鏡を、ケーレブは渡した。
「こ……これは、ハンフリーの本体!」
(眼鏡でしょ?)
「机の横に落ちていました」
父の手元を覗き込むと、眼鏡の縁にふわふわの羽毛がついている。
「……まさか、コッコに食べられちゃったの?」
思わずでた言葉に、ハラがふるふる震えて否定する。
「血の匂いもないし、ここで捕食はされてないの。それにコッコは人を食べないの」
「そうなのね、よかったわ」
安心した途端に、外の音が気になった。
ドドドドドと何かの足音のような音が聞こえてきたのだ。
135
お気に入りに追加
274
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
愛されなかった私が転生して公爵家のお父様に愛されました
上野佐栁
ファンタジー
前世では、愛されることなく死を迎える主人公。実の父親、皇帝陛下を殺害未遂の濡れ衣を着せられ死んでしまう。死を迎え、これで人生が終わりかと思ったら公爵家に転生をしてしまった主人公。前世で愛を知らずに育ったために人を信頼する事が出来なくなってしまい。しばらくは距離を置くが、だんだんと愛を受け入れるお話。
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
大好きな母と縁を切りました。
むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。
領地争いで父が戦死。
それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。
けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。
毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。
けれどこの婚約はとても酷いものだった。
そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。
そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。
リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。
そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。
そして予告なしに転生。
ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。
そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、
赤い鳥を仲間にし、、、
冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!?
スキルが何でも料理に没頭します!
超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。
合成語多いかも
話の単位は「食」
3月18日 投稿(一食目、二食目)
3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる