上 下
134 / 143
第十一章 両国を巻きこんで動きだします

11 悲しい悲しいさよならです

しおりを挟む

 しゃくりあげる声がいっそう大きくなった。

「戻ってくるシルちゃんのことも、俺と同じ……いや、もっともっと優しくしてあげてくれよな。頼むよ》
《はいっ。も、もちろんです……っ》
「パパンもママンも、ベル兄も、お願いな」
《当然だろ。あいつは我が家の家族なんだからさ》

 ベル兄はどこまでも爽やかに笑ってる。かっけえ兄貴だ。

《ほんとにありがとうな、ケント。お前のこと忘れないぜ。こっちの騎士団のみんなと、それから庶民のチームとも、これからもヤキュウを楽しむわ。そのうちチーム戦なんかも企画すんぜっ》
「マジで? やったぜ。ありがと、ベル兄っ……!」

 それいい! それ、俺的には胸アツなシチュエーション!

《あっちに行ってもお前は俺の妹……いや、弟だからな。いいもの教えてくれてありがとうな。色々楽しかったぜ。あっちに行っても元気でな》
「……ありがと、ベル兄」

 俺はぐっと嗚咽をこらえた。
 本当にいい兄貴だ。あっちの俺にも、こんな兄貴がいればよかったなあ。
 本当は「騎士団のみんなによろしく」って言いたかった。けど、第一騎士団はベル兄を除いてほとんどみんな死んじまったから、それは言えない。

 それに、俺が本物のシルちゃんじゃなかったことは、私的な会談の場にいた人たちしか知らされてない。もちろん緘口令も敷かれている。これからも、このことは秘密にされるらしいし。
 ちょっと寂しいけど、こればっかりはしょうがないよな。

 パパンやママン、それからエマちゃんにもいっぱいお礼とお別れと「シルちゃんのことよろしくな」を言って、とうとうみんなは名残惜しそうに皇子の部屋から出ていった。
 急に周囲が静かになった。

「皇子……いや、クリス」

 返事はない。聞いてるんだろうけど、こっちに聞こえてくるのは耳が痛くなるような沈黙ばかりだった。

「その……。お疲れ様」

 ほかになんて言ったらいいかわかんなくて、やっとそう言ってみた。けど、皇子はやっぱりしばらく沈黙していた。

《本当に戻ってしまうのか……? ケント》

 捨てられた子犬みたいな声。胸がずきりと痛む。

「……うん。シルヴェーヌちゃんのためにも、俺は戻らなきゃ。それに、これはもう俺たちだけじゃなくて、帝国のためでもあるんだし。そういうことになっちゃったわけだし──」

 頑張って明るい声を出そうとしたけど、たぶんそれは失敗している。

《ケント。私は……いやだ。そなたと離れたくない》
「クリス……」

 ぐっと喉がつまった。
 俺だってそうだ。めちゃくちゃそうだ。
 もうここまできたら、男同士だからとかなんとか、そういうの全部超越したとこで、俺はこの人が大好きになっちゃってたから。
 許されるもんなら、この人と一緒にいたい。ずっとずっと一緒にいて、一緒に笑って、一緒に泣いて、ときどきケンカなんかもしてみたい。

 ──でも。

 あっちの世界に戻りたい気持ちも本当だった。あっちで元の仲間と野球やって、甲子園を目指す。そのために何年も一緒に練習してきたんだからな。
 それに、シルヴェーヌちゃんはちゃんとこっちに戻してあげなきゃ。そのためにはこの体が要るし、だったら俺はこの体を明け渡さなきゃいけないし。

「ごめんな……クリス。ほんとにごめん。でも、こればっかはどうしようもない。……そうでしょ?」
《ケント──》

 俺は自分の声が涙でゆがむのを必死にこらえた。たぶん、やっぱり失敗していたけど。
 《魔力の珠》をぎゅうっと額に押しつける。

「好きだよ……クリス」
《ケント……!》
「俺もあんたと同じだよ。男だからとかなんとか、もうどうでもいい。俺も……俺も、あんたが好きだよ」
《…………》

 敢えて口角をひっぱりあげる。そんで、無理やり笑顔を作った。

「こんなこと言ってももう無理だけど……。あんたが皇太子になって、そんで……いつか皇帝になるの、見てみたかった……な」
《…………》
「きっとかっけえよな、あんただし。女の子はみ~んな、よろめいちゃうよな~。──見たかった……な」
《ケントっ……!》

 叫んだ皇子の声もやっぱりひび割れていた。

《愛してる。そなたがどこへ行っても。どんな姿になっていてもだ。これからもずっと……愛してる。ケント》
「ふへっ……うへへへ」

 もうダメだった。
 顔も声も、どんどんグシャグシャになっていく。
 視界が熱くゆがんで、膝のところにいっぱいぬるい染みができた。
 《魔力の珠》の上にも、気がついたらいっぱいしずくが落ちている。
 俺は手のひらの腹のところで、グシグシと力まかせに目もとをこすった。

(よかった……)

 むしろ、こうして離れてて。
 でなきゃ俺、もう脇目もふらないで皇子にしがみついちゃっていただろうから。
 「やっぱ離れたくない」ってワガママ言って。
 「もう会えなくなるなんてやっぱやだ」とか言って。
 皇子の顔を触って、髪を触って。
 抱きしめあって。
 それから、それから──

(……うん。ダメだ)

 だから、これでいい。
 シルヴェーヌちゃん本人の意思を無視して、この体で男に触ったり触られたり。
 そんなことしちゃまずいもんな。
 そんなのやっぱり、ダメだもんな。

「大好きだよ……クリス。俺も大好き」

 あいしてる。
 だけどそのものすごく掠れた言葉は、あっさりと《珠》の中に吸い込まれていった。

《ケ──》
「あっちに行っても絶対ぜったい、あんたのこと、忘れないよ……っ」

 ……愛してる。

 でも、さよならだ。

 本当にごめん。

 ごめんな……クリス。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

処理中です...