上 下
122 / 143
第十章 問題解決に向けて突っ走ります

14 魔王にご褒美をおねだりします

しおりを挟む
 さて、その夜。
 魔都の自室に戻った俺は、浴室で侍女やメイドちゃんたちに体を洗って貰いつつ、今にも寝落ちしそうになっていた。
 うっかりしてると、ついこくりこくりと船をこぎだしている。

(うう、疲れた……)

 いやもうマジで。
 俺が抱いて帰ってきたのは魔族の赤ん坊二人だけだったけど、もうギャン泣きされちゃってさあ。何やっても泣くし、お腹がすいてるみたいだけど、あんな戦場じゃすぐにミルクとかは準備できなかったし。
 俺の軍服は赤ん坊たちの涙とヨダレでぐっちょぐちょになった。抱かれるのをいやがってエビぞりになられ、かわいい足でさんざんゲシゲシ蹴られたしな。
 はあ。赤ん坊育ててるお父さんやお母さんってほんとえらいわー。超尊敬するわー。

 その夜はそのまま死んだように寝て、その翌朝。

「ご苦労だったな、ケント。あらためて此度こたびのこと、礼を言うぞ」

 魔王は俺を応接室みたいなところに呼びつけて、まずそう言った。
 見た目は一応、まだ中学生ぐらいの状態を保っている。

「……いや。殺すのイヤだったから、勝手にやったことなんで──」

 もちろん魔王のそばにはウルちゃんが立っている。なんとなく満足そうな微笑みを浮かべているのは見間違いじゃなさそうだった。
 ウルちゃんの他には誰もいない。人払いがしてあるんだろう。
 その後、魔族の赤ん坊たちは、身寄りのある子はそっちへ返し──返された人たち、喜びながらもかなりビミョーな顔だったけど──身寄りのない子は国営の保護施設で預かることになった。

「心配いらぬ。その赤子たちにも、きちんと養育してくれる家を探させるゆえ」
「そっスか。よかったあ……」

 ひとまずホッとする。
 魔獣たちはそれぞれ、ちゃんと養ってくれるところへつれていかれるそうだ。そこで大事に育てて訓練し、いずれは農業や軍事に利用されることになるんだろう。
 軍事に……ってのは個人的にモヤモヤするけどな。だってこの場合、想定されてる敵国って帝国なんだろうし。

 ああ、俺なにやってんだろ。
 こりゃ「敵に塩を送る」ってレベルじゃねえよ。帝国の裏切り者って思われちゃったらどうしよう。あっちに戻れても死刑になったんじゃ意味がねえっつの。
 なんか、ついあと先考えずに行動するこの癖、なんとかしねえとだよなー。
 シルヴェーヌちゃんにめちゃくちゃ迷惑かけちゃいそうで、頭が痛いわ。どうしたもんだか。

「さて。というわけで、そなたには何か褒美を与えねばと思っているが」
「……はひ?」

 え、なに? 俺の耳がおかしくなったのかな。
 なんか「褒美」とか聞こえたけど。
 変な顔をして沈黙してたら、魔王はあからさまに不機嫌な顔になった。

「そなたの耳に異常があるわけではない。余をなんだと思ってるんだ」

 え? じゃあ俺の聞き間違いじゃないのか。

「魔族には、他人への感謝の気持ちもないとでも思っているのか? それとも余を、よき働きをした配下にふさわしい褒美も与えぬような、下衆ゲスで狭量な魔王だとでも思うのか」
「いっ、いえいえいえー!」

 ブンブン首を横に振る。もげそうなぐらい。
 そんな、滅相もないっス。

「希望があるならさっさと申せ。余もさほど暇な身ではないのでな」

 こいつ、いかにもめんどくさそうだ。
 ってあんたが言い出したんだろーがよ。

「あ、ああ……えっとえっと」

 そんなん、急に言われても。

(けど……)

 俺の本当の望みは、最初から何も変わってねえ。
 この魔王はすでに俺の正体も事情も知ってるって言ってるんだし、遠慮する必要は……どこにもねえよな。たぶん。
 ええい、もういい。ダメもとだ!

「あのー。無理だったらいいんスけど」

 そろりと手を挙げて発言したら、魔王がぴくり、と片眉をはねあげた。

「無礼なことを申すな。いいから何でも申してみよ」
「あ、はい。ええっと……」


──俺、もとの世界に戻りたいっス。


「え……」

 ウルちゃんが思わずって感じで驚きの声を漏らした。
 俺、ついへらへらと後頭部を掻く。

「や、無理ならいいんスよわかってますから。そんなのめっちゃ無理ゲーだってことはねっ。ただその、ちょっと言ってみたかっただけなんで──」
「……ふむ。わかった。検討する」
「は?」

 なに?
 今度こそ俺の耳の故障?
 魔王は顎に手を当てて、ほんのわずかだけ考える顔になった。
 やっぱイケメンだわーこの子。って実年齢はジジイだけども。

「ともあれ即答はできかねる。しばし待て」
「え、あのあのあの」

 オロオロしてる俺を尻目に、魔王は「下がれ」とばかりに手を振った。
 そのままウルちゃんに促されて外へ出る。
 呆然として目が点になったままの俺を、ウルちゃんがなんともいえない目で見おろしてきた。

「……驚きましたわ、正直申しまして」
「えっ?」
「父が、魔王軍に来て何ほども経っていないかたに、あそこまでおっしゃるのを初めて聞きました。こんなことは初めてかもしれません」
「そうなの?」
「ええ」とウルちゃんが目を細めた。「父は元来、もっと用心深いたちですので。いくら功績があったとは申しましても、あそこまで望みを聞いてくださることは滅多にない人なのですよ」
「へ、へー……」

 ふむ。
 これはいい傾向なんだろうか。
 ちょっと期待しても……いいのかな??
 いや、あんまり期待すんのはやめとこう。ダメだったときのダメージ、ハンパねえもんな、絶対。

「ところでさ。ウルちゃんも知ってたの?」
「はい?」
「その……俺が本物のシルヴェーヌじゃないってこと」
「はい」

 かなり意を決して質問したのに、ウルちゃん、結構あっさりうなずいた。
 ひょえー。マジかー。

「わたくしも、父とともに帝国の第三皇子とあなた様の連絡は聞かせていただいておりましたので」
「え……えっと、えっと──」
「皇子殿下はあなた様にぞっこんでいらっしゃるのですね。納得でございます。あのように素敵な恋人がおられて、大変うらやましゅうございますわ」
「ヒエッ……!」

 なにそれ、恥っっず!
 プライバシーの侵害じゃん? 犯罪じゃん!?
 ってもここ、日本じゃなかったわ。あああ~っ。

 羞恥心で昇天しそうな俺を見つめて、ウルちゃんはどこまでも機嫌よく、にこにこしつづけるばかりだった。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

処理中です...