上 下
116 / 143
第十章 問題解決に向けて突っ走ります

8 ドラゴンはどんな人に懐くのでしょう

しおりを挟む

 俺たちはそこから、また足早にドラゴンの巣を離れた。
 いつ、頭の上からでかいドラゴンが怒り狂って襲い掛かってくるかと思ってひやひやしたけど、結局はなにごとも起こらなかった。ただ遠く、巨大な蒼いドラゴンが悠然と上空を旋回しているのがちらっと見えただけだった。
 遠目だったけど、それは本当に崇高な感じがするほど美しいドラゴンだった。俺は思わず息を飲んでそれを見つめた。
 なんてきれいなんだろう。
 あの卵からは、あんなきれいなドラゴンが生まれてくるのか。
 あのドラゴンは、卵が一個減っていることに気付くんだろうか。それを知って、どんなふうに感じるんだろう。
 悲しいのかな。腹が立つのかな。
 それがどうしても気になって、山をおりてから訊いてみたら、ウルちゃんはこう言った。

「ほかの生き物の『気持ち』を推しはかるのは難しいことです。そもそも、生きる形態も、意味も価値観もまるで違う生き物を理解できると考えることのほうが、浅はかで傲慢なことなのかもしれません」
「ふ、ふーん……」

 傲慢。
 なるほど、そういう考え方もあるか……。

「でも、竜たちは子どもをある程度育てると親離れをさせ、みずから離れます。その後はお互い、大した交流をもつわけでもありません。さきほども申した通り、『縄張りに近づくことをある程度許す』といった程度のものです。彼らの独り立ちは早いのです」
「そうなの」
「ええ。……それに、竜は魔獣のなかでも特に高貴で賢く、誇り高い生き物です。魔族の中にはかれらを山や空の神として崇拝する種族もおります。ゆえに『卵の奪取』もかなり慎重に、何十年という期間を置いて計画した上でおこなわれています。今回のように、事前に観察して卵が複数ある場合にしか取りませんし、どの時期に、どの竜から奪うのかも綿密に計画されています。そうやって数が激減するのを避けているのです」
「ふーん……」

 それはアレだな。地球で魚を獲る量を調整したりすんのと、ちょっと似てるかも。テレビかなんかで見たような気がする。
 相手を完全に滅ぼしてしまったら、結局は食べるものがなくなって、自分の首を絞めることになるんだもんな。

「竜は特別な生き物ですが、そのほかの魔獣も、わたくしたちは多く飼育しています。種類にもよりますが、魔獣ならば同じ時間で、牛一頭で耕せる広さの何倍、何十倍もの仕事ができるからです」
「あー、うん。なるほど……」
「竜が特別なのは、かなり魔力マナの多い者にしかそもそも懐かないところでしょうか。ほかの魔獣とはその部分で特に一線を画しています」
「え、そうなの?」
「はい。ですから、竜の卵を捕りに行く前から、すでに慎重に飼育者は選定され、決定しております。今回の飼育者はあの者になります」

 言ってウルちゃんが指さした先には、フードをかぶった魔導士の青年がいた。卵をとってからずっと、その卵を大事そうに抱えていた人だった。肌が青くて、銀色の長い髪をしている。なんとなくだけど、目の感じが優しい人だ。それにとても賢そう。
 魔族だからって言っても、結局あんまり人間と変わらない。ウルちゃんやああいう人を見ていると、どんどんそういう気持ちになる。
 そんな人たちと人間とが長い間戦争に明け暮れていることを思い出して、俺の胸には奇妙に棘がささるような感じがあった。

「竜は相手の魔力とともに、その『為人ひととなり』をも見抜きます。どんなに魔力が多くとも、いわゆる『人でなし』には、けっして心を開きませんし、懐きません」
「え、マジ?」
「ええ。……あなたがその赤竜の子に一瞬で懐かれたのも当然だなと。正直なところ、はじめのころは不思議に思わなくもなかったのですが、今では納得するばかりです」
「え? え、えへへ……。いや、そんな大したもんじゃねーよ。俺なんか」

 後頭部をばりばり掻いたら、ウルちゃんはすっと目を細めた。その視線は俺の肩にいるドットを見ている。

「……それを決めるのは竜の子です」

 ウルちゃんはすっと目を伏せて、すでに待機していた黒いドラゴンの背に乗った。普段どおりの無表情にもどってしまって、もう何を考えているのかわからない。

「さあ、参りましょう。ぐずぐずしていては親竜に勘づかれます。せっかくの結界が無駄になってしまいますわ」
「あ、うん……」

 俺たちはまたそれぞれのドラゴンに乗り、大空へと舞い上がった。
 蒼いドラゴンの住処である険しい岩山の姿がどんどん遠ざかる。俺はそっちをふり返って、じっと見つめ続けた。
 雲ともやに遮られて、遂にすっかり見えなくなるまで。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...