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第十章 問題解決に向けて突っ走ります
7 俺たちゃ卵ドロボウです
しおりを挟む道は次第に勾配がきつくなって、本格的な山道になった。
ときどきあちこちで立ち止まって、ウルちゃんと魔導士たちが結界らしいものを張っていく。
鍛えてるとはいえ山歩きには慣れてない。足もとは悪くて石がごろごろしていて歩きにくいし、緊張もしてるしで消耗が激しいんだろう。それに、やっぱり女の子の足だしな。だんだん息がきれはじめてきたぞ。
「こんなに山道を登るなら、なんで途中までドラゴンでいかないの?」
そう、これは素朴な疑問だった。
ウルちゃんはにっこりと笑ってふりむいた。
「相手を驚かさないためですわ。竜たちには、はっきりとした縄張りがありますから。そこを血縁の薄いほかの竜に侵されると、非常に攻撃的になって襲いかかってくるのです。それに、わたしたちの竜にはほかのお役目を命じてありますしね」
「ほかのお役目……ほかの竜? って。まさか──」
「そうです」
ウルちゃんが目を細めて見下ろしてきた。すんげえ長身なうえに、俺より少し上に立っているもんだから、見上げるとフツーに首がつりそうだわー。
「あちらを」
「え──」
ウルちゃんが指さした先。
俺たちは今、山肌に現れた岩だなの中ほどに、ぐっと突き出た巨岩がちょうど見える位置にきている。こっちからはよく見えるけど、こっちは木と藪の陰になっていて向こうからは見えない場所だ。ついでながら、こっちは風下だった。
巨岩の奥には大きな洞穴があるみたいだ。
「あそこまで歩きます。ここからはなるべく息をひそめてくださいませね。声もおたてになりませんよう。もちろん透明化や気配を消す魔法は使いますが、かれらはまことに敏感ですので……」
「わ、わかった」
そこから俺たちは、足音も呼吸音もなるべくたてないようにしながら、ゆっくりと岩だなに近づいた。
遠くからだとそれほどでもないと思えた洞穴は、思ってた以上に大きかった。あの黒いドラゴンでも余裕で入っていけそうな大きさだ。奥の方はまっくらで、なにがあるのかさっぱりわからない。
魔導士たちは次々に、手元に《灯り》の魔法球を出現させてライトの代わりにし始めた。俺はその魔法はまだ使えないんで、ウルちゃんのそばにぴったりくっつくようにして歩くことになった。
みんなと一緒にそろそろと足を踏みいれてみると、中は生き物に特有の、なんとなく生臭いようなにおいがしていた。
ウルちゃんたちは周囲を慎重に観察しながらも、けっこうな速さで奥へ奥へと進んでいく。
「……ありましたわ。あれです」
「えっ?」
ウルちゃんの言葉に、彼女の背後からこっそりそっちを覗いてみると、そこにはちょうど鳥の巣みたいに、木の枝やら枯れた葉っぱやらがわさわさと集められたものがあった。ただ、大きさはバカでかい。
そうか。これはドラゴンの巣なんだな。
よーく見ると、その真ん中にドットぐらいの大きさの卵らしいもんがあるのが見えた。鶏の卵みたいな真っ白じゃなくて、全体にふんわりと青みを帯びたきれいな卵だった。
なんだか宝石みたいだ。俺は思わず、うっとりと見つめてしまった。
「急ぎましょう。わたくしたちの竜が、親竜の気を逸らしている短い間しか許されていませんから」
「え、そーなんだ」
なるほど。「竜たちのお仕事」ってのはつまり、そういうことね。縄張りの周囲をわざとウロウロしてみせて、親ドラゴンの気を引こうってことだ。
巣に近づくと、中には卵がふたつあった。
ウルちゃんはそのふたつを見比べ、そっと触れてしばらく吟味してから、そのうちのひとつだけを兵士に命じて運び出させた。魔導士たちが、すぐに卵の周りに防護魔法をかけている。これで、うっかり取り落してもすぐに割れてしまうことはないわけだ。
(つまり、卵ドロボウ……ってこったよな)
なんとなくげんなりしてきて、俺はウルちゃんを見た。
「あのう……。いいんスか、こんなことして。卵、盗むってことですよね?」
「そうですね。あなた方が長年、わたくしたち魔族に対しておこなってきたことと同じです」
「えっ」
「まあ、すでに生まれている赤子や幼児を親から引き離すよりはましかもしれませんが」
「…………」
急に胃の中に重たい岩でも押し込まれたような気分になった。
ウルちゃんは急ぎ足に歩きながらも、落ち着いた優しい声で説明を続けた。
「あなたがお気になさることではないかもしれません。あなたはお若いですし、それに──」
言いかけて、なぜかウルちゃんはふと黙った。
「でも、ずっとお伝えはしたいと思っていました。帝国の人間たちは、はるか昔から魔族や魔獣の強い力を労働力として利用してきたのです。大抵はこのようにして、卵や幼いときに親から奪い取ることによって」
「そ……そうなの?」
「ええ。あなた方が牛や馬を使って農耕をすることは知っています。魔族や魔獣は牛や馬ほど扱いが簡単ではありませんが、幼いころから育てて懐かせたり、または魔法を使ったりしてうまく利用すれば、大きな成果を出すことができます。……ちょうど、その赤竜の子のように」
「え──」
俺は思わず、自分の肩に乗ってるドットを見つめた。ドットは「なあに?」といわんばかりに機嫌のいい目を俺に向けて、くるくるっと喉を鳴らした。
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