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第十章 問題解決に向けて突っ走ります
1 北のお国事情を聞いちゃいます
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翌朝。
俺は魔王の使う朝餉の間にいた。
驚いたことに、魔王から朝食の席への招待を受けたからだ。
俺と魔王は、テーブルをはさんで向かい合っている。優に教室の端から端までありそうな長さだから、お互いの間はめちゃめちゃ遠い。その長辺のちょうど真ん中あたりにウルちゃんが座っている。
(ああ。いや~な予感がビンビンするう)
きっと魔王は、俺たちの昨夜の交信を聞いていたんだろう。
起きたとたんにやってきたウルちゃんから「陛下があなた様との朝食をご所望です」と言われた瞬間、それはほとんど確信になった。
魔王の朝餉の間は、穏やかで落ちついた雰囲気だった。そう言われなかったら、ここが魔王城だなんて信じられないぐらいだ。ただし、食事を上げたり下げたりして動いている周囲の使用人たちが明らかに魔族だから、帝国だと言われても信じるようなバカはいないだろうけどな。ただし、魔族といってもみんな品はいいし、頭もよさそうだ。
「なんだ、食べないのか? シルヴェーヌ」
「あ、いえ。いただきまーす。ドットのごはんも準備してもらっちゃってすんません……」
言って目をやった先では、ドットが足のついた大皿から生肉をばくばく食べている。この子はほんとマイペースだよなあ。なんか大物感がある。そんで、どこに行っても、とにかく食欲だけは失わない主義らしい。
俺の朝食はと言うと、意外にも普通のメニューだった。サラダにベーコンや卵のサンドイッチに、クロワッサン。野菜が多めの温かいスープ。どれもめっちゃうめえ。
まあ、これは人間である俺に気を使ってくれてる可能性が大だけどな。
「お口に合いますでしょうか? シルヴェーヌ様」
どこまでも尊大な態度の魔王とは対照的に、ウルちゃんはずっと心配そうに俺の食べっぷりを観察している。
「あ、大丈夫だよー。どれもうまい! ありがと、ウルちゃん」
「それはよろしゅうございました」
やっとホッとしたように胸をなでおろし、ウルちゃんもようやく手元の料理に手をのばす。
魔王がちらりと横目でそんな娘を見た。
「昨夜は興味深いものを見せてもらった」
「ブホッ!」
唐突だなもう!
思わず、飲みかけてた果物のジュースにむせちゃっただろ!
ジュースはオレンジによく似た爽やかな酸味のある味で、色は薄いグリーンだった。
「きょ……興味深いって、なにがッスか」
「とぼけなくてもよい。貴様ら、余に聞かれていることは想定していたではないか」
「はううっ……」
ったくこのガキ──いや、実年齢がそうじゃねえってのはわかってるが──ほんっっと食えねえな!
でも確かに、みんなそのことは織り込みずみって感じで話してたのは本当だ。だから俺には、詳しい作戦内容とか教えてもらえなかったもんな。さすがは陛下と魔塔の宗主さまってとこか。
「あの~。訊いてもいいッスか」
「返事をするとは限らんが、訊くだけなら構わんぞ」
うぎー!
キレイな子どもの顔で言うと、なんかこう余計に「にくったらしい!」って感じになるのはなんでなの?
「えーと。今後どーするつもりなんスか? 一応、前の魔王は和平交渉とかしてたんスよね?」
「まあそうだな。奴はそなたの出現で『このまま国じゅう赤子まみれにされてはかなわん』と怖気づき、そちらにとって一方的に有利な条件をもう少しで飲むところだった」
「え? そーなんスか」
俺が目を丸くすると、魔王はあきれたように目を細め、自分のお茶をすすった。
「まったく、無駄に年ばかり取った者は、思考が固定化、形骸化して使えぬわ」
「……はあ」
って、アンタだって実は相当な年よりだろ! って突っ込みたいところをぐっと我慢する。
なるほど。帝国が出してきた条件が一方的すぎたのね。詳しいことはわかんねえけど、戦後補償だの利権の譲渡だの、かなり多めに要求してたってことらしいな。まあ戦勝国にはありがちなことなんだろうけどさ。
「帝国の者どもは、北側の困窮度合いを知らぬゆえな。あのような要求を飲んでしまえば、食い詰めて死ぬ魔族の民の死体が何千、何万と積み上がったことであろうよ」
「え──」
「その恨みはこれまでのものの上にさらに累積することになる。そうなれば、今まで以上の泥沼が待っているばかりだ。そこがわからぬとは」
「えっと……」
焦ってチラッと見たら、ウルちゃんも少し悲しそうな顔になって固まっている。
……なるほど。どうやら嘘じゃなさそうだ。
「あやつに任せておけばなんとかなると思って、長年傍観していたのだがな。政治に興味はなかったのだが、あのままでは民らに甚大な被害が及ぶと判断した。同様に、不満を抱えていた臣らを引き込み、手引きをさせて討ち取った。というわけで、クーデターはあっという間に完遂させられたのよ」
「そーなんスか……」
こっちのお国事情の一端がかいま見えて、俺は黙りこんだ。
そうだよな。一般の民には老人や子どもだってたくさんいる。戦争のとき、いちばんワリを喰うのは、たぶん戦えない者たちだ。この魔王はそのことを心配して王座を奪い取ったわけか。
というか、ちょっと声を掛けただけで臣下たちが寝返ったってことは、この魔王のポテンシャルがもともと凄かったってことだろうな。悔しいけど、たぶん人望もあるんだ、この人。
──でも。
言っちゃいけない。
でも、俺は腹の底から湧きあがってくるものを抑えることができなかった。
「でも……。じゃあ、なんでさらに『恨み』を積み上げたんスか?」
「なに?」
魔王の目がギラッと光った。
俺は魔王の使う朝餉の間にいた。
驚いたことに、魔王から朝食の席への招待を受けたからだ。
俺と魔王は、テーブルをはさんで向かい合っている。優に教室の端から端までありそうな長さだから、お互いの間はめちゃめちゃ遠い。その長辺のちょうど真ん中あたりにウルちゃんが座っている。
(ああ。いや~な予感がビンビンするう)
きっと魔王は、俺たちの昨夜の交信を聞いていたんだろう。
起きたとたんにやってきたウルちゃんから「陛下があなた様との朝食をご所望です」と言われた瞬間、それはほとんど確信になった。
魔王の朝餉の間は、穏やかで落ちついた雰囲気だった。そう言われなかったら、ここが魔王城だなんて信じられないぐらいだ。ただし、食事を上げたり下げたりして動いている周囲の使用人たちが明らかに魔族だから、帝国だと言われても信じるようなバカはいないだろうけどな。ただし、魔族といってもみんな品はいいし、頭もよさそうだ。
「なんだ、食べないのか? シルヴェーヌ」
「あ、いえ。いただきまーす。ドットのごはんも準備してもらっちゃってすんません……」
言って目をやった先では、ドットが足のついた大皿から生肉をばくばく食べている。この子はほんとマイペースだよなあ。なんか大物感がある。そんで、どこに行っても、とにかく食欲だけは失わない主義らしい。
俺の朝食はと言うと、意外にも普通のメニューだった。サラダにベーコンや卵のサンドイッチに、クロワッサン。野菜が多めの温かいスープ。どれもめっちゃうめえ。
まあ、これは人間である俺に気を使ってくれてる可能性が大だけどな。
「お口に合いますでしょうか? シルヴェーヌ様」
どこまでも尊大な態度の魔王とは対照的に、ウルちゃんはずっと心配そうに俺の食べっぷりを観察している。
「あ、大丈夫だよー。どれもうまい! ありがと、ウルちゃん」
「それはよろしゅうございました」
やっとホッとしたように胸をなでおろし、ウルちゃんもようやく手元の料理に手をのばす。
魔王がちらりと横目でそんな娘を見た。
「昨夜は興味深いものを見せてもらった」
「ブホッ!」
唐突だなもう!
思わず、飲みかけてた果物のジュースにむせちゃっただろ!
ジュースはオレンジによく似た爽やかな酸味のある味で、色は薄いグリーンだった。
「きょ……興味深いって、なにがッスか」
「とぼけなくてもよい。貴様ら、余に聞かれていることは想定していたではないか」
「はううっ……」
ったくこのガキ──いや、実年齢がそうじゃねえってのはわかってるが──ほんっっと食えねえな!
でも確かに、みんなそのことは織り込みずみって感じで話してたのは本当だ。だから俺には、詳しい作戦内容とか教えてもらえなかったもんな。さすがは陛下と魔塔の宗主さまってとこか。
「あの~。訊いてもいいッスか」
「返事をするとは限らんが、訊くだけなら構わんぞ」
うぎー!
キレイな子どもの顔で言うと、なんかこう余計に「にくったらしい!」って感じになるのはなんでなの?
「えーと。今後どーするつもりなんスか? 一応、前の魔王は和平交渉とかしてたんスよね?」
「まあそうだな。奴はそなたの出現で『このまま国じゅう赤子まみれにされてはかなわん』と怖気づき、そちらにとって一方的に有利な条件をもう少しで飲むところだった」
「え? そーなんスか」
俺が目を丸くすると、魔王はあきれたように目を細め、自分のお茶をすすった。
「まったく、無駄に年ばかり取った者は、思考が固定化、形骸化して使えぬわ」
「……はあ」
って、アンタだって実は相当な年よりだろ! って突っ込みたいところをぐっと我慢する。
なるほど。帝国が出してきた条件が一方的すぎたのね。詳しいことはわかんねえけど、戦後補償だの利権の譲渡だの、かなり多めに要求してたってことらしいな。まあ戦勝国にはありがちなことなんだろうけどさ。
「帝国の者どもは、北側の困窮度合いを知らぬゆえな。あのような要求を飲んでしまえば、食い詰めて死ぬ魔族の民の死体が何千、何万と積み上がったことであろうよ」
「え──」
「その恨みはこれまでのものの上にさらに累積することになる。そうなれば、今まで以上の泥沼が待っているばかりだ。そこがわからぬとは」
「えっと……」
焦ってチラッと見たら、ウルちゃんも少し悲しそうな顔になって固まっている。
……なるほど。どうやら嘘じゃなさそうだ。
「あやつに任せておけばなんとかなると思って、長年傍観していたのだがな。政治に興味はなかったのだが、あのままでは民らに甚大な被害が及ぶと判断した。同様に、不満を抱えていた臣らを引き込み、手引きをさせて討ち取った。というわけで、クーデターはあっという間に完遂させられたのよ」
「そーなんスか……」
こっちのお国事情の一端がかいま見えて、俺は黙りこんだ。
そうだよな。一般の民には老人や子どもだってたくさんいる。戦争のとき、いちばんワリを喰うのは、たぶん戦えない者たちだ。この魔王はそのことを心配して王座を奪い取ったわけか。
というか、ちょっと声を掛けただけで臣下たちが寝返ったってことは、この魔王のポテンシャルがもともと凄かったってことだろうな。悔しいけど、たぶん人望もあるんだ、この人。
──でも。
言っちゃいけない。
でも、俺は腹の底から湧きあがってくるものを抑えることができなかった。
「でも……。じゃあ、なんでさらに『恨み』を積み上げたんスか?」
「なに?」
魔王の目がギラッと光った。
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