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第六章 北壁への参戦、本格化です
7 驚愕の結末?です
しおりを挟む世界が一瞬、真っ白に塗り替えられた。
そんな感じだった。
剣をバットみたいに振りぬいた俺は、あまりのまぶしさにまたぎゅっと目を閉じてしまっていた。
魔撃がはっした熱のせいで、周囲の雪がじゅうじゅうと溶けて蒸発していく匂いがする。
しばらくは、世界は白く、そしてしんと静まりかえっていた。
──やがて。
「……お、おお……?」
「なんだ、あれは……?」
周りにいた騎士たちの愕然とした声が、ゼリー越しになったみたいにぼんわりと耳に届いて、俺もそろそろと目を開けた。
(うおっ……?)
今の今まで目の前にいたはずの魔族軍が、一瞬にして消え去っていた。あるのはただ、ちらちらと舞い落ちてくる雪と、空を覆うどんよりとした雲だけだ。
……いや、ちがった。
「ウルア……ルルルアア」
かすかに声が聞こえてくる。細くて高くて、とても小さなか弱い声だ。中には小鳥がくうくう鳴くときみたいな声もする。
俺はすぐに剣を鞘におさめて駆け出した。皇子たちも後に続く。
雪は深くてやわらかくて、すぐにずぼずぼと足が埋まってしまう。めちゃくちゃ歩きにくい。必死で歩いてるつもりなのに、ちっとも進まねえ。
でも急がなきゃ!
「フエアアアン……ウルアアアン……」
「あっ、いた! あそこだ!」
俺が指さした方向に、そいつらは、いた。
雪の中にすっぽりと埋まるようにして、あちこちに点々と黒っぽい影や角や尻尾みたいなものが見えている。
俺はそのうちのひとつに近づき、夢中で周囲の雪をかきわけた。
赤黒い何かが現れる。つやつやした鱗に覆われた小さな体は、たった今卵からかえったばかりみたいな赤ちゃんドラゴンだった。体全体で、ちょうどバスケットボールぐらいの大きさだ。
「みんな、ほかの子もちゃんと探してくれよ! だれも忘れちゃダメだかんなッ!」
「わかってる!」
「了解しました!」
「任せてくださいッ、少尉どの!」
男たちが次々に雪の中から色んな魔族の赤ん坊を掘りだしていく。
……そうなんだ。
俺のものすんごく特異な「賜物」は、コレだった。
自分たちの陣営の天幕で、トリスタン殿に教えてもらって捕虜になっていた下級魔族に初めてこの技を使ってみたとき、みんなの驚きようったらなかったんだ。
なんと、狂暴な大人の魔族だったはずの生き物が、かわいい赤ちゃん状態に戻っちまったわけ。
さすがのトリスタン殿も、これにはしばらく絶句していた。マジで「目が点」ってやつだった。
『まあ、しかし……敵の戦力の無効化……といえば、たしかにそうだな──』
どうにかこうにかそれだけ言ったと思ったら、今度はたまらず大笑いを始めちまった。ちょっと呼吸困難になるぐらいに。その場にいた兵士たちも、クリストフ殿下も、もちろんベル兄もだ。みんなして腹を抱えての大笑いになっちまったんだ。
『なんだよっ! みんなして、そこまで笑うこたあねーだろが!』
ちょっとブンむくれた俺だったけど、実はほっとしてもいた。
だって俺、いくら相手が魔族軍だからっていっても、大量殺人者みてえなもんになりてえとは思ってなかったから。
せっかく貴重な《癒し手》になれたのに、その一方で敵を大虐殺するなんて、俺はやっぱりイヤだった。できることなら相手を眠らせるだけとか、平和的な力ならいいなあ……って、そう思わなくはなかったからさ。
まあ、まさかこんな結果になるとは思ってなかったけど。
「急げ急げ!」
「先に数えておいた数のとおり、間違いなく赤子を保護するのだッ!」
「ひとりも残すなっ」
「こちら確保、保温急げッ!」
トリスタン殿も大声をあげてみんなを励ましている。騎士たちも兵士たちも、大慌てでそこらへんの雪をかき分け、次々に雪まみれの魔族の赤ん坊を抱き上げている。
と、腕の中で赤いドラゴンベビーが甘えたみたいな声をたてた。
「ククルウウウン。ルルルウン……」
「うひょお。かっわいい……」
俺、思わずにやけてしまう。
なんだろうなあ。成獣になったらあんなに怖いドラゴンが、赤ん坊だとなんでこんなに可愛いのよ? 反則じゃね?
「クルルル~ン。ルルル~ン」
ああこれ、多分親を呼ぶ声なんじゃねえかなあ。前にテレビで見た野生動物の番組で、ひな鳥が親鳥を呼ぶときに出してたみてえな可愛い声だもん。
「ああ、大丈夫だかんなあ? 怖くないからなー。腹へってるの? すぐに連れて帰るかんな。ちょい待ってな~?」
今の俺、多分もうデレッデレの顔だろう。
だって可愛すぎ! なにこの濡れたみたいなつぶらな瞳! しかも本物の宝石なんじゃねえかって思うぐらいの澄んだ緑色でさあ。その真ん中には、キュッとナイフで切りこみを入れたみたいな鋭い虹彩が浮かんでいる。めちゃくちゃ幻想的だ。
それにそれに、このしわしわの被膜をかぶったちっちゃな翼! この状態じゃ、まだ空は飛べないだろうな。
それでもいっちょまえに長い爪が、両手両足に生えている。まだ柔らかそうだけどな。
体の色も全体に、黒っぽい赤と鮮やかな赤のグラデーションになっていて、ほんとにキレイなんだよ~! もう宝石じゃねえのって思うぐらい。
ああもう、なんもかんもがキュートだわあ! 完璧ぃ!
「参ったなあ、これは……」
近づいて来たクリストフ皇子も、腕の中にいる岩石小僧みたいなちっちゃい岩人間の赤ちゃんを見つめて困った顔になっている。ほかの騎士たちも似たような顔だ。みんな微妙な微笑み状態。
ベル兄が抱っこしてんのは、ありゃオーガの赤ちゃんかなあ。大きさは人間の幼児ぐらい。大人だとあんなに怖い生き物なのに、今はべったりとベル兄に抱きついて離れようとしねえ。ぴすぴす鼻なんか鳴らして、めちゃくちゃ甘えてるのがわかる。やっぱかわいい。
「なんだこれ。可愛すぎないか……?」
「こんなのが、あの恐るべき魔族軍になるのですかね」
「なんだか信じられませぬ」
「それにしても驚きです」
「これがマグニフィーク少尉どのの素晴らしいお力だとは……!」
「まさに感服にございまするなあ」
「あ~。えっへへへ……」
そんな変な褒められ方してもむずがゆいわ。
俺だって、まさか自分の力がこういうもんだなんて、昨日まで知らなかったし。
まったくもう。いやいいんだけどさ。
「と、とにかく! みんな赤ちゃんなんで、ちゃんとあっためてあげてくださいね。しっかりマントでくるんで、すぐに本陣に戻りましょう。ご飯とかミルクとかもあげないとダメでしょうし~」
「あ、はいっ」
「クルルル~ン、ルルル~ン」
「キュルキュル、ウアアアン……」
──てなわけで。
俺たちはその後、開いていた北壁の魔力の壁を閉じ、魔族の赤ん坊たちをたくさん抱いて、しずしずと本陣に戻ったんだ。
みんなして、妙に幸せそうな顔をして。
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