上 下
71 / 143
第六章 北壁への参戦、本格化です

7 驚愕の結末?です

しおりを挟む

 世界が一瞬、真っ白に塗り替えられた。
 そんな感じだった。

 剣をバットみたいに振りぬいた俺は、あまりのまぶしさにまたぎゅっと目を閉じてしまっていた。
 魔撃がはっした熱のせいで、周囲の雪がじゅうじゅうと溶けて蒸発していく匂いがする。
 しばらくは、世界は白く、そしてしんと静まりかえっていた。
 ──やがて。

「……お、おお……?」
「なんだ、あれは……?」

 周りにいた騎士たちの愕然とした声が、ゼリー越しになったみたいにぼんわりと耳に届いて、俺もそろそろと目を開けた。

(うおっ……?)

 今の今まで目の前にいたはずの魔族軍が、一瞬にして消え去っていた。あるのはただ、ちらちらと舞い落ちてくる雪と、空を覆うどんよりとした雲だけだ。
 ……いや、ちがった。

「ウルア……ルルルアア」

 かすかに声が聞こえてくる。細くて高くて、とても小さなか弱い声だ。中には小鳥がくうくう鳴くときみたいな声もする。
 俺はすぐに剣を鞘におさめて駆け出した。皇子たちも後に続く。
 雪は深くてやわらかくて、すぐにずぼずぼと足が埋まってしまう。めちゃくちゃ歩きにくい。必死で歩いてるつもりなのに、ちっとも進まねえ。
 でも急がなきゃ!

「フエアアアン……ウルアアアン……」
「あっ、いた! あそこだ!」

 俺が指さした方向に、は、いた。
 雪の中にすっぽりと埋まるようにして、あちこちに点々と黒っぽい影や角や尻尾みたいなものが見えている。
 俺はそのうちのひとつに近づき、夢中で周囲の雪をかきわけた。
 赤黒い何かが現れる。つやつやした鱗に覆われた小さな体は、たった今卵からかえったばかりみたいな赤ちゃんドラゴンだった。体全体で、ちょうどバスケットボールぐらいの大きさだ。

「みんな、ほかの子もちゃんと探してくれよ! だれも忘れちゃダメだかんなッ!」
「わかってる!」
「了解しました!」
「任せてくださいッ、少尉どの!」

 男たちが次々に雪の中から色んな魔族の赤ん坊を掘りだしていく。

 ……そうなんだ。
 俺のものすんごく特異な「賜物」は、コレだった。
 自分たちの陣営の天幕で、トリスタン殿に教えてもらって捕虜になっていた下級魔族に初めてこの技を使ってみたとき、みんなの驚きようったらなかったんだ。
 なんと、狂暴な大人の魔族だったはずの生き物が、かわいい赤ちゃん状態に戻っちまったわけ。
 さすがのトリスタン殿も、これにはしばらく絶句していた。マジで「目が点」ってやつだった。

『まあ、しかし……敵の戦力の無効化……といえば、たしかにそうだな──』

 どうにかこうにかそれだけ言ったと思ったら、今度はたまらず大笑いを始めちまった。ちょっと呼吸困難になるぐらいに。その場にいた兵士たちも、クリストフ殿下も、もちろんベル兄もだ。みんなして腹を抱えての大笑いになっちまったんだ。

『なんだよっ! みんなして、そこまで笑うこたあねーだろが!』

 ちょっとブンむくれた俺だったけど、実はほっとしてもいた。
 だって俺、いくら相手が魔族軍だからっていっても、大量殺人者みてえなもんになりてえとは思ってなかったから。
 せっかく貴重な《癒し手》になれたのに、その一方で敵を大虐殺するなんて、俺はやっぱりイヤだった。できることなら相手を眠らせるだけとか、平和的な力ならいいなあ……って、そう思わなくはなかったからさ。
 まあ、まさかこんな結果になるとは思ってなかったけど。

「急げ急げ!」
「先に数えておいた数のとおり、間違いなく赤子を保護するのだッ!」
「ひとりも残すなっ」
「こちら確保、保温急げッ!」

 トリスタン殿も大声をあげてみんなを励ましている。騎士たちも兵士たちも、大慌てでそこらへんの雪をかき分け、次々に雪まみれの魔族の赤ん坊を抱き上げている。
 と、腕の中で赤いドラゴンベビーが甘えたみたいな声をたてた。

「ククルウウウン。ルルルウン……」
「うひょお。かっわいい……」

 俺、思わずにやけてしまう。
 なんだろうなあ。成獣になったらあんなに怖いドラゴンが、赤ん坊だとなんでこんなに可愛いのよ? 反則じゃね?

「クルルル~ン。ルルル~ン」

 ああこれ、多分親を呼ぶ声なんじゃねえかなあ。前にテレビで見た野生動物の番組で、ひな鳥が親鳥を呼ぶときに出してたみてえな可愛い声だもん。

「ああ、大丈夫だかんなあ? 怖くないからなー。腹へってるの? すぐに連れて帰るかんな。ちょい待ってな~?」

 今の俺、多分もうデレッデレの顔だろう。
 だって可愛すぎ! なにこの濡れたみたいなつぶらな瞳! しかも本物の宝石なんじゃねえかって思うぐらいの澄んだ緑色でさあ。その真ん中には、キュッとナイフで切りこみを入れたみたいな鋭い虹彩が浮かんでいる。めちゃくちゃ幻想的だ。
 それにそれに、このしわしわの被膜をかぶったちっちゃな翼! この状態じゃ、まだ空は飛べないだろうな。
 それでもいっちょまえに長い爪が、両手両足に生えている。まだ柔らかそうだけどな。
 体の色も全体に、黒っぽい赤と鮮やかな赤のグラデーションになっていて、ほんとにキレイなんだよ~! もう宝石じゃねえのって思うぐらい。
 ああもう、なんもかんもがキュートだわあ! 完璧ぃ!

「参ったなあ、これは……」

 近づいて来たクリストフ皇子も、腕の中にいる岩石小僧みたいなちっちゃい岩人間の赤ちゃんを見つめて困った顔になっている。ほかの騎士たちも似たような顔だ。みんな微妙な微笑み状態。
 ベル兄が抱っこしてんのは、ありゃオーガの赤ちゃんかなあ。大きさは人間の幼児ぐらい。大人だとあんなに怖い生き物なのに、今はべったりとベル兄に抱きついて離れようとしねえ。ぴすぴす鼻なんか鳴らして、めちゃくちゃ甘えてるのがわかる。やっぱかわいい。

「なんだこれ。可愛すぎないか……?」
「こんなのが、あの恐るべき魔族軍になるのですかね」
「なんだか信じられませぬ」
「それにしても驚きです」
「これがマグニフィーク少尉どのの素晴らしいお力だとは……!」
「まさに感服にございまするなあ」
「あ~。えっへへへ……」

 そんな変な褒められ方してもむずがゆいわ。
 俺だって、まさか自分の力がこういうもんだなんて、昨日まで知らなかったし。
 まったくもう。いやいいんだけどさ。

「と、とにかく! みんな赤ちゃんなんで、ちゃんとあっためてあげてくださいね。しっかりマントでくるんで、すぐに本陣に戻りましょう。ご飯とかミルクとかもあげないとダメでしょうし~」
「あ、はいっ」
「クルルル~ン、ルルル~ン」
「キュルキュル、ウアアアン……」

 ──てなわけで。
 俺たちはその後、開いていた北壁の魔力の壁を閉じ、魔族の赤ん坊たちをたくさん抱いて、しずしずと本陣に戻ったんだ。
 みんなして、妙に幸せそうな顔をして。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

処理中です...