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第六章 北壁への参戦、本格化です
5 皇子とふたり、天幕で……です
しおりを挟むその結果は、驚くべきものだった。
俺はその日、トリスタン殿の手ほどきを受けて、言われたとおりに自分の魔力を剣に乗せてふるってみたんだ。
捕虜としてこちら側に囚われていた一匹──っていうか「一人」っていうべきなのかな──の低級魔族に対して現れた恐るべき効果に、驚かない兵はいなかった。
そう。みんな腰をぬかすほどに驚いたんだ。
……もちろん、俺も。
「入っていいか、シルヴェーヌ」
その日の夕方。
みんなの場所から離れて、自分の天幕の寝台に座ってぼんやりと放心していたら、皇子がそう言いながら熱いお茶の入ったカップを持ってやってきた。
「あ……ありがと」
「隣に座っても?」
「はあ……どうぞ」
皇子は俺からひとりぶん離れた場所に腰を下ろして、しばらくは黙っていた。
それから少しの間、ふたりでお茶を啜る音だけが響いていた。
(やっぱイケメンだなー。黙ってると)
なんて、ついアホなことを考える。横顔とか、めっちゃ知的でキレイだもんなあ、この人。ただまあ今は、なんか思いつめたみたいな顔してるけど。大丈夫か?
……って、いかんいかん。ダメだぞ俺、ほだされちゃ。
飽くまでもこの体はシルヴェーヌちゃんのもの。この男とどうなるかを決めるのもシルヴェーヌちゃん本人の意思じゃなきゃダメなんだし!
皇子は珍しくそんな俺の視線には気づいてない様子で、ふう、と一度溜め息をついた。
「正直、昼間のあれには驚いた。……そなたもか?」
「そりゃもう。ってか、いまだに信じられませんよ。まさか、自分にあんな力があるなんて……」
「そうだよな。無理もない」
「今だって、なんかめっちゃ手ぇ震えちゃってるし──」
そうだった。さっきから止めよう、止めようとしてんのに、どうしても小刻みに手が震え続けてる。お茶がちゃぽちゃぽ波立ってこぼれちまうから、俺はとうとう諦めてカップを小さなテーブルに置いた。
「しかし、そなたらしいと言えば非常にそなたらしいと思った。私はな」
「……そッスかね」
「ああ。あのスイングも」
「す、スイング……。ま、そっすよねー」
ぽりぽり頬を掻く。
そうだった。
魔力を扱うときにイメージが大事だっつうのは魔導士の先生から聞いてたけど、トリスタン殿も同じことをレクチャーしてくれたんだよな。
「そなたにとって最も親しみのある振り方をするのが、マナを操る上で一番手っ取り早いだろう」ってさ。
ってなるとほら……ね?
俺にとっては剣を振り回すマネをするよりも……ね??
ってなわけで、俺は剣をぴたりと構え──そう、つまりバットを構える姿勢でな──思いっきりブン回したわけだ。「満塁ホームランでも打つんかい」ってスイングで。
「でえりゃああああ!」ってさ。
そして、結果は大成功。
それがまた、驚くべき効果をもつ「攻撃」だったってわけだ。
それからまた、しばらく沈黙。皇子はお茶を飲み終わってカップを置いた。
「だが。そなたが前線へ出るのは、やはり賛成しかねる」
「あー……うん。そりゃあね」
それは俺だって、本当は御免こうむりたい。正直なとこ。
だって魔族は怖え。掛け値なしに怖え。
見た目が恐ろしいだけじゃなく、一体一体の攻撃力は高いし、こっちが思ってもみなかったような不規則な攻撃をしてくるし。統制がとれてるようでとれてねえ時があるからだと思うけど。わりと本能のまま突っ走ってくるのが多いからな。それで不意を突かれて即死したり、重傷を負う兵士が後を絶たない。
でもトリスタン殿は今回の「実験」を見て、目を輝かせちゃったんだよなあ。
「これは一度、是非とも前線で剣を振るってみてほしい」って。そんなことを熱烈に言われちゃった。期待のこもった目で。
いや俺だって、最初はもちろん断ろうと思ったよ。けど、やっぱり断りきれなかった。考えれば考えるほど、そうするほうがいいんじゃねえかって思えてさ。
皇子はそれでもしばらく食い下がった。ベル兄もだ。
だけど、最終的には諦めるしかなかった。そりゃそうだろう。
こんな予想外の方法、しかもかなり「安全な」方法があるなら、それを使わない手はないからだ。それはそのまま、兵士たちの損害を減らすことにつながるんだし。
周囲の兵たちも、トリスタン殿とまったく同じ目をして俺たちを見つめていた。
まるで救世主でも見つめるみてえな目で。
こんなの、断れるわけねえじゃんよ~!
「……残念だ。そなたを危険な場所にやりたくはなかった。決して」
悔しそうにうつむく殿下の横顔を盗み見ながら、俺は胸に迫ってくる大きな不安に、今度はどうしようもなく足が震えそうになってるのに気がついた。
「だが、信じて欲しい。ケント」
「え?」
皇子はそこで言葉を切り、まっすぐに俺を見た。
それだけじゃない。体の脇に置いていた俺の手の上に、自分の手を重ねてきたんだ。思わずビクッとしちまったけど、俺はなぜかその手を振り払うことはしなかった。
それから黙って、自分の手の上にある皇子の手を見た。
お互い手袋をしてるけど、皇子の体温が伝わってきた。
「そなたには、誰にも、指一本触れさせぬ。必ず私がそなたを守る。そなたの兄と、護衛の騎士たちとともにな」
「……うん。それは期待してる。よろしくお願いシマス」
ぺこりと頭を下げると、皇子はようやく少しだけ表情をゆるめた。
「それに……これはつまり、あれだ──なんと言うのだったかな? 野球用語で」
「野球用語で? なんスか」
「最後の最後、ピンチを大いなるチャンスに変える。それで勝利をおさめる時に」
「……ああ」
──逆転サヨナラホームラン。
俺がそう言ったら、皇子は「そう、それだ」とはじめてにこっと笑った。
小さな天幕の中には小さな灯火がひとつついているだけだ。その薄暗い灯りの中で、皇子のその顔はとてもきれいに見えた。
きゅん、と胸の奥に甘い疼きを感じて、俺は唇をかんだ。
(……だめだ)
ここで心が震えたりしちゃダメなんだ。
どっちみち、俺はあっちに戻らなきゃならねえ人間。
代わりにちゃんと、シルヴェーヌちゃんがここに戻ってこなきゃならねえんだから。
そのとき、この人のそばにいるのは俺じゃねえんだ。
俺は、いま自分がどんな顔をしているのか分からなかった。
でも皇子は俺を見て、不思議な目の色になっていた。なんて形容したらいいのかよくわかんねえ目だ。でも、たくさんの意味が含まれた目。
その手がゆっくり伸びてきて、シルヴェーヌちゃんの癖のある赤い髪をそっと撫でる。
でも、俺はいつもみたいにその手を振り払うことができなかった。
……なんでかはわかんねえ。
わかりたいとは思わねえ。
いや、わかっちゃダメなんだって気がする。すごくする。
そのまま皇子の手は静かに俺から離れていった。
「ではな。……おやすみ、ケント」
最後にその言葉を残して、皇子はほとんど音もなく天幕から出ていった。
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