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第六章 北壁への参戦、本格化です
1 いざ出陣です ※
しおりを挟む「みな、準備はよいか」
聖騎士トリスタン殿が落ちついた声でそう言うと、勢ぞろいした帝国防衛軍一同が「ウオーッ」と一斉に声をあげた。みんなそれぞれ、自分の剣や杖なんかの得物を持ち上げて雄叫びをあげている。
北壁要塞の広場。
いまここに集まっているのは、前線で防衛戦にあたっている一団との交代要員だ。魔導士、騎士団、一般兵、傭兵の混合編成部隊。交代だから人数は多くないらしいけど、全体で大体二千名ほどいる。
兵士は大体甲冑みたいな鎧に身を包んでいる。重そうに見えるけど、軽量化の魔法がかかっているとかで、見た目ほどには重くないらしい。皇子とベル兄もいまは鎧とマントの姿だ。俺は普通の軍服にフードつきの魔導士としてのマント姿。
「すでに話した通り、今回は《大いなる癒し手》マグニフィーク少尉殿が参戦する」
聖騎士殿の声に合わせて、集まった一同の視線がパッと俺に集中する。
うわ、緊張するわー。
しかし、その視線の意味は色々みたいだった。
『あれが噂のマグニフィーク少尉どのか?』
『なんだ、思った以上に若い娘っ子じゃねえか』
『それにしてもえらい美人だな』
『どうでもいいが、本当に使いもんになんのか? あれが』
『なんだかんだ言っても公爵家の娘なんだろ? お嬢様じゃねえか』
『どうせ「戦場なんか怖い~」「血なんて見たくない~」って、泣いて逃げ帰るんじゃねえのか、すぐに』
声にこそ出してないけど、そういう気持ちは俺にまっすぐ、ありありと伝わってくる。
(ま、そうだわな)
この見た目じゃ、色々不安になるのはわかる。
俺は気にしない風を装って、なるべく普通の顔でいるように努力しなきゃなんなかった。
隣に立ってるクリストフ殿下とベル兄はものすんごく不快そうな顔で、そんな兵士どもを怖い目でにらみつけてるけどな。……いや、やめとけっつの。
「わかっていると思うが、敵はまずなによりも癒し手を狙ってくる。少尉をはじめとする癒し手たちだけは、なにがあろうとも死守だぞ。よいな」
「はいっ」
そうなんだよなあ。
ゲームとかでもそうだから、これはよくわかる。
敵を攻略するとき、癒し手から叩くのは定石だ。その次が仲間の能力を底上げするバファーかな。どっちにしろ後衛の魔導士たちは狙われやすい。要するに、ゲームで言うところの「布キャラ」だな。
俺の周囲に立つクリストフ殿下、ベル兄をはじめとする俺だけにつけられた警護隊は総勢五十名。いずれも腕の立つ剣士や魔導士たちで構成されている。前線にいくとはいえ、その中では最後尾にあたる場所でしっかりと守られる予定だ。怪我人は俺のところへ速やかに《跳躍》魔法で運ばれてくる手はずになっている。
「では参ろう。みなの武運を祈る!」
「オオーッ!」
みんなが鬨の声をつくった次の瞬間、俺たちは一気にあの《跳躍》の空間に突っ込まれた。
ここでは生け捕りにしたドラゴンやなんかを飼いならして空を飛ぶ者もいるけど、基本的にはこの魔法で前線に軍隊を送り届けることになっているらしい。大勢をいっぺんに運ぶ《跳躍》の魔法は、隊内の魔導士たちが協力して術式を展開させている。
また例の吐き気をもよおす空間を味わわされるかと思うと、ちょっとげんなりしていた俺だったけど、前に宗主さまに連れてこられたときほどひどくはならなかった。これは距離的な問題と、速さ的な問題なんだろうなと理解する。それぐらい、前回は宗主さまが急いでらっしゃったってことだろう。
(あれが……前線か)
跳躍空間からぽんと飛び出た俺の目の前に、厳しい北壁の山々が威容をさらしていた。周囲の空気は凍り付くほどの冷たさのはずだったけど、俺たちは魔導士たちによる障壁に守られていてそこまでの寒さは感じない。
俺たちの隊は全体の最後尾に位置していたけど、聖騎士どのは当然、一番前に陣取っている。
周囲は一面、雪と氷の壁と冷たい崖だけの世界だ。
魔族の世界と人間の世界をへだてる空間には、こちらの魔導士たちが張っている《防御結界》がカーテンみたいに張り巡らされていた。
防衛軍はそのカーテンのあちこちに開いた穴から、攻めよせてくる魔族軍を狙い撃ちしている。魔導士たちによる遠隔攻撃魔法だ。それを抜けてくる魔族たちを近接攻撃魔法でしのぎ、それでも撃ち漏らされるやつを騎士団や兵士たちが囲い込んで迎え撃つ形だ。
俺たちが前進していくと、入れ替わりの部隊がすごい速さで退いてくるのが見えた。中には多くの負傷者がいるらしい。俺はすぐに仕事にとりかかった。
「マグニフィーク少尉どのッ! こちらへお願いします!」
例の「トリアージ係」を担当する医官の差し迫った声で呼ばれて、後方に張られている大きな天幕の中へ入る。俺の警護をする騎士や兵士たちがその周囲を即座に取り巻いてくれた。
俺に任されるだけあって、やっぱり重傷者が多いみたいだ。
「まずはこの者。つぎにこの者をお願いします!」
叫んだ医官は、二十代ぐらいの痩せた青年だった。男は「ブノワです」と自分の名を名乗ったあとは、手早く応急処置をほどこしつつ、ひたすらこのセリフを言い続けた。さすがの判断の速さだ。
俺は言われるまま、運び込まれてくる傷病兵の治癒にあたった。
腹に大穴があいて内臓がはみ出している奴。足や腕がかじり取られたみたいになって無くなっている奴。顔半分がでかい爪みたいなもんで引き裂かれて削り取られている奴。
みんな血まみれで、ひどい状態だ。
「たすけて」とか「かあさん」とか呻いてるのはまだマシな奴で、大体は意識を失って虫の息っていう重篤な状態だ。その中でも、特に状態が悪い奴が優先された。
最初こそ、あまりのひどさに吐き気をおぼえて「うっ」てなっちゃったけど、ここで怯んでちゃ仕事になんねえ。
俺だって覚悟してここへ来た。
いまここで、自分がすべきことをやんなきゃただのカスだぜ。
「すぐに始める! みんな俺の近くに寝かせてくれっ!」
「了解です!」
俺は目を閉じ、意識を集中させた。
あれからさらに訓練を積んで、魔力の使い方にはだいぶ慣れてきている。例の「水道の蛇口」のイメージは俺にぴったりだったみたいだ。
皇后陛下のときと聖騎士どののときは、ひどい呪いに対抗しなきゃならなかった。だからマナの消費量もどうしても多くなって、俺の疲弊も早かった。
でも、単なる物理的な傷の場合はそこまでになることはない。これはもう、経験的にわかっていた。
俺が倒れちまったら話になんないからな。そこはバランスよく、長く動けるようにしとかねえと。
細く、長く。そして最後まで生き残る。これはヒーラーの基本だよな。
まずは心を落ち着けなきゃいけない。
こんな阿鼻叫喚の中じゃなかなか慣れられるもんじゃねえけど、血を見ることを怖がってちゃ《癒し》なんて無理だしな。
俺の中にある膨大なマナが、また輝く白いヘビたちになって、うねうねと天幕の中に広がっていく。これはもちろん、常人の目には見えないものだ。
太くて大きいヘビたちは重篤な奴に、細めのヘビはそうでない奴のところに、それぞれ散っていって治癒を始める。
ヘビたちは、あっというまに自分の仕事を終えていった。
「おお……!」
まもなく、天幕の中は驚きと喜びの声に満たされた。
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