高校球児、公爵令嬢になる。

つづれ しういち

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第四章 目的に向かって邁進します

7 筆記試験にのぞみます

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 試験は第一騎士団の建物でおこなわれる予定だ。貴族の子でも侍従や侍女などの随伴は許されていなくて、ひとりで向かう。とはいえ向こうにはクリストフ殿下もベル兄もいることはわかっているから安心だ。

 騎士団兵舎の前庭は、いわゆる閲兵式やら訓練場として使われる広々した敷地になっている。
 門のところでいわゆる受験票にあたる文書で身分のチェックをされ、入団希望者は全員、前庭に整列した。ざっと見たところ、総勢三百名ほど。実際の希望者はもっと多かっただろうけど、ここでも事前の書類審査ってもんがあるんだと。ってことで、その時点でふるい落とされている人もいる。
 騎士団によって人気にばらつきがあるみたいなんだけど、やっぱりこの第一騎士団はその中でも一番人気らしい。とはいえ、合格してどの騎士団になるかはあっちが決めることなんで、どこになるかは運次第だ。

 事前に騎士団長から簡単な訓示と説明があったあと、俺たちは兵舎内に移動して、まずは筆記試験を受けた。
 前々から準備していたとはいえ、ここはやっぱりシルヴェーヌちゃんのもっていた記憶と能力が大いにものを言った。基本的に、法令だとか軍制だとか礼法だとかの知識が中心だけど、もともとシルヴェーヌちゃんが知ってたことが大半。
 こういう科目が中心なのは、とくに国同士の大きな戦乱のない今の時代、騎士団は皇族や貴族を警護するために動く場合が多いからだ。あとは北壁での防衛戦が一年ずつ持ち回りで回ってくるんだそうで、そのための魔族に関する基本的な知識も必修項目。
 わりと余裕で必要な項目をどんどんペンで埋めていって、比較的早く終わり、ゆっくり二回は見直しできた。やがて終了の合図である鐘の音がして、試験管のおっちゃんがぴりっとした声で告げた。

「ではこれにて終了。午後からは予定どおり、実技の試験に移る。事前の通達どおり、三つの隊に分かれての試験となる。食堂で昼食を準備しているから、各自そちらでとるように。試験は時間厳守だぞ」

 その途端、会場にいた受験生のみんながふうっと息をついたのがわかった。
 優秀なシルヴェーヌちゃんのおかげでなんとかなった……と思うけど、よくはわかんねえ。入隊できる人数には限りがあるから、ものすごく優秀なやつがいれば、それだけ合格の難易度はあがる。
 三百人ほど集まったうち、合格できるのは三十名。つまり十人に一人だ。
 それが十ある騎士団に振り分けられるんだから、つまりひとつの騎士団につき三人ずつしかルーキーは入れないことになる。
 うーん。考えたら、やっぱかなりの難関だなあ。

(……ん?)

 さっきからめっちゃ視線を感じる。
 いやまあ、最初のときから感じてたけど。いまみんなしてゾロゾロと食堂に移動してる間もずっと、妙な意味を帯びた視線が俺に集中しているんだ。

(ま、しょうがねえな)

 貴族の女の子がこの試験を受けるなんざ、前代未聞なんだし。
 騎士団だから、受験者はほぼみんな貴族の男子だ。中にはあのヴァラン男爵みてえに、平民が金で爵位を買ったってパターンのもいるだろうけどな。それでも大体は上流のほうの、三男とか四男とかいった奴が多い。
 長男がならないのは、もちろん家督を継ぐ人間だからだ。うちの兄貴、アルフレッドが騎士団に入らないのもこれが理由。

(ん? 待てよ)

 そういえば、一応この国の皇子であるクリストフ殿下は、わざわざ騎士団なんかに入らなくてもいい身分のはずだ。あの人、なんで騎士団に入ってるんだろ。

 俺が平民の多い一般兵団を受験しなかったのは、当然、パパンやママンの心配があったからだ。
 中身はともかく一応女子なわけだし、男ばかりの宿舎で寝起きするとなったら、親としちゃそりゃいろいろ心配なのは当然だよな。いくら中身が俺だとしても、シルヴェーヌちゃんの大事な体は俺だってちゃんと守ってあげたいし。
 と、隣から遠慮がちな声がした。ついにとある一人が、意を決したように話しかけてきたんだ。

「……なあ。君はあれだろ? 噂のマグニフィーク公爵令嬢だろ?」
「うん。そだよ?」

 俺はことさらに平気な顔で、にかっと笑ってやった。周囲の男どもがしんと耳をそばだててるのがはっきりわかる。

「そんな噂になってんの? そりゃ知らなかった。ま、お互い入隊できたらよろしくなっ」

 でかい男の肩をぺんぺん叩く。
 あんまりあっけらかんとして、しかもこの言葉遣いなもんだから、男どもは一様に目を丸くして俺を見つめた。「意外すぎた」って顔と「こりゃ噂どおりのおてんばだな」って顔が半分ずつってとこか。

「って君、わかっているのかい? 午後は実技なんだぞ。馬術はともかく、体術と剣術の対戦があるはずだ。そんな細っこい体で大丈夫なのか? みんな真剣なんだし、女だからって手加減などしてくれないと思うんだが」
「ああ、そだねー。そりゃ望むところだよ」
「望むところって……怪我でもしたらどうするんだい? その綺麗な顔に──」
 俺はすっと目を細めた。
「だから心配いらねえって。ってか、手なんか抜きゃあがったら許さねえし」
「いや、待てよ。一応女性なのだし、しかも公爵令嬢なんだ。みんな本気でかかっていけるわけが──」

 男は呆れたみたいに俺を見下ろしている。

(……ふむ)

 俺はあらためて相手の顔を見上げた。
 顔はまあ中の上ぐらい。体格はかなりいい。肩幅が広く胸板も厚く、俺よりかなり背も高い。年のころは二十歳前後ってとこか。全体に朴訥ぼくとつとした感じだ。
 そんで、けっして嫌味でこんなことを言ってるんじゃないのがわかる。単純に「か弱い女の子を心配してる」って顔だ。悪い奴じゃないんだろう。
 俺は腰に手をあててもう一度、にこっと笑ってやった。

「心配してくれてありがとなっ。でも大丈夫。これでも師匠たちにビッシバシに鍛えられてきたんだからよ」
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