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第三章 なにがあっても拒否ります
15 皇子に秘密をうちあけます
しおりを挟む「結論から申しあげます。シルヴェーヌお嬢様は豊かな魔力の保持者でいらっしゃいます。詳しいことは魔塔での精密な調べを待たねばなりませんが、これは間違いなきことかと。たぐい稀な才能、天よりの賜物と申さねばなりますまい」
「ええっ?」
「まさか、シルヴェーヌが──」
宗主の静かな言葉に、パパンとママンがまず驚きの声をあげた。
「ですが宗主さま。この子は幼い時の《試しの儀》の際、なんの反応も起こらなかったのですよ? 私も同席していましたので、その時のことはよく憶えております」
パパンの言葉に、宗主は目を薄くしてうなずいた。そういう顔をすると、不思議と優しそうにも見えるから変な感じだ。
「ごくごくまれにですが、そういうことがあるのです。恐らくこの方のように、非常に多くのマナをお持ちの存在の場合、一般的な《試しの珠》では測りきれないからなのでしょう」
「非常に多くのマナ……ですって?」
「はい。実は過去にもそうした事例があります。……百年に一度というような非常に珍しい場合にかぎりますが、確かにそうした記録が存在するのです」
「ひゃ、百年に一度? なんと……」
「ですが、この方の出現により、まことに驚くべき事態となりました。いまこの時代だけは、長い帝国の歴史の中でも赫々たる特異点となることでしょう」
「って……なんでですか」
俺、おそるおそる訊いてみる。「かっかく」ってのはよくわかんなかったけど、要するに「ものすんごい」ぐらいの意味だろうと推測する。
実は本当はもうあんまり、その先を聞きたいとは思わなかったけどな。俺はもっと平凡に、楽しく騎士と野球がやれてりゃいいわけだから。あとはシルヴェーヌちゃんとの入れ替わりをもとにもどす方法を探すって目的が果たせれば──。
でも宗主は一度ゆっくりと目をつぶり、天を仰ぐようにしてから静かに言った。
「なぜなら現在この世には、わたくしを除き、この方と同等と思われる強大な魔力を有する稀有な存在が、もうひとりおられるからです」
「えっ。それは……」
宗主はふり返り、意味深な目でまっすぐに俺を見つめて言った。
「もうおわかりでしょう。強大な魔力の使い手のもう一人。……北壁の守護者、聖騎士トリスタンどのです」
「せっ、聖騎士……!?」
「あのトリスタン聖騎士と、シルヴェーヌが同等ですって?」
「まさか、そんな──」
みんなが度肝を抜かれた顔で絶句する。
「そ……それは本当なのですか。わたくしの娘が? なんと恐ろしい。とても信じられませんわ──」
ママンは心配そうに力いっぱい俺を抱き寄せ、宗主をじっと見返している。パパンもとても不安そうだ。
ふたりを見やって、宗主はふっと緊張を解いた。今度こそにっこりと微笑む。
うう、イケメンの微笑みの破壊力よ。……これも二回目だな。
「ともあれ、はっきりとした結論は、魔塔であらためて正式な《魔力の試し》を行ってからのことといたしましょう。申し訳ありませんが、わたくしも多忙を極める身でございます。この場はこれにて失礼をいたしたく思います。どうかお許しくださいませ」
「は、……はあ……」
パパンがそう言ったと思ったら、宗主はみんなに向かって、来たときのような音のない礼を一度した。非の打ち所のない上品さで。
と思ったら、その姿がすうっと消えた。
「えっ……!?」
目と口をぽっかり開けているのは俺とエマちゃんぐらいだった。
どうやらほかのみんなは、こういうことには慣れっこらしい。
そりゃそうか。相手は魔塔の宗主さまだ。魔法でぴょーんとあっちこっちへ飛んでいくなんて朝飯前なのかも知れない。
まだ呆然としている俺を、ママンは抱きしめて震えている。
「そんな……信じられないわ。シルヴェーヌがまさか、そんな才能を持っていたなんて……。これから一体どうなるの?」
「まったくだ。一般の貴族の子女が用いる《試しの珠》にはひっかからないほどの多くのマナを持っている……とおっしゃっていたか? 本当なんだろうか」
ふたりともまだ半信半疑という顔だ。
つまり、こういうことらしい。
貴族の子どもたちは、ある程度の年になるまでに《試しの珠》とやらを使って魔力の量をはかられる。そこで魔力もちであることが判明すると、幼いうちから魔塔に行って修行することになる。強い力を持つ子はとくに、早いうちにその制御方法を学ばせないと周囲に危険を及ぼすからだ。
そこで魔力の程度、それから特性なんかを十分に調べられて、それぞれに合った職につくことになる。攻撃魔法に特化した人は北壁の防備などに回されるし、シルちゃんみたいな癒しの力が強い人は医療院へ……みたいに。
だけど、どうやら珠の性能によって、「ぜんぜん魔力のない人」と「めちゃくちゃある人」はその試験にひっかからないってことみたい。
さて、シルちゃんはどうなるんだろう?
(困ったな~……)
シルちゃん本人の意思がわかんないうちに、こんなことが判明するなんて。
俺が勝手に彼女の人生を決めちゃうわけにはいかないだろうし。
いやまあ、「騎士になりたい」ってあれこれやってたのは確かなんだけど、あれは彼女がどっかの変な男に頼らなくても、ひとりで生きていける方法をさがそうとしてたわけであって──。
(ねえ、シルちゃん。シルヴェーヌ)
俺は心の中で、こっそりと彼女に話しかけてみた。
あの時、頭の中で響いた声。あれはシルヴェーヌちゃんだったはず。
だったら、俺からの声も君に届いているんじゃないの?
君はどうしたいと思ってんの? それがわかんなきゃ、俺、動くに動けねえよ。
考えこんじまった俺を見て、周囲のみんなは「疲れたのでしょう」「無理もないよ」と勝手に解釈したようだった。
パパンやママン、ベル兄たちが、それぞれ俺にひと言いっては部屋を出ていく。
(そうだ!)
俺は、ぱっと顔をあげた。
「あっ。あの! クリストフ殿下」
「えっ?」
みんなと一緒に出ていこうとしていた殿下が足を止める。
「あの……すんません、ちょっとお話が」
「あ……はい」
驚きながらもちょっと嬉しそうだな、殿下。ぴんと立った耳とぶんぶん振られてるしっぽが見えるぞ。わっかりやすい。
だけどごめん。俺がしたいのは、あんたが喜ぶような話じゃないんだ、残念ながら。
ほんとごめん。先に謝っとくな。
「あの……お嬢様。わたしは」
「あ、エマちゃんは残ってね。あっ、あと、なんかテキトーに食べるもの持ってきてくれない? 腹の虫がやかましすぎっから」
「あっ、はい!」
というわけで、部屋にはベッドの俺とクリストフ殿下、エマちゃんだけが残された。
殿下は部屋のすみから椅子を一脚もってきてベッドの脇に座る。
話を始める前に、俺は運ばれて来たスープやらサンドイッチみたいなもんやらをとりあえず速攻で腹におさめて、やっとうるせえ腹の虫を黙らせた。
さてと。どこから話そうかなー。
「ええっと……殿下。お話ししとかなきゃいけないことが色々あって」
「……はい」
「あのー。お、驚かないで聞いてくださいね……?」
「はい……?」
殿下、一瞬妙な顔になる。でもそこはさすが男らしい人だ。すぐに「はい、了解いたしました」と表情をあらためた。
まっすぐに俺を見つめてくる瞳。いつもどおりの、嘘がなくてきれいな目だ。
でもその目は、次の俺の台詞で呆然と見開かれることになった。
「あの……。俺、本物のシルヴェーヌちゃんじゃないんです」
「……はい?」
案の定、殿下はぴたりと動きを止めた。
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