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第三章 なにがあっても拒否ります

14 魔塔の宗主が現れました

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「……あら。あらあらあら」

 くふふふ、と皇后陛下が口元をおさえて肩を震わせた。
 「ぶふっ」と吹き出しかけたベル兄が、そばにいるパパンにきつい肘鉄ひじてつを食らわされて「ぐへっ」と変な声をたてた。
 ふんっ、ベル兄。ざまあみろだぜ。
 レディを笑うなんて、紳士の風上にも置けねえぞ!
 皇帝陛下もほんのわずかに口元をゆるめ、ふっと吐息をついたみたいだったけど、そこはさすがこの国の皇帝。にじみ出かけた笑いをあっというまにおさめて、もとの大真面目な顔にもどった。

「……うむ。まずは腹ごしらえのようではあるが。ともかくも、今はしかと養生してくれ。体が十分もとにもどってから、またゆっくりと望みを聞くゆえ」
「あ、は……はい……」
「申し訳ないことでございます、陛下。娘がとんだご無礼を──」

 パパンがそう言ってまごまごしているのを、陛下は鷹揚に片手で制した。
 そうして両陛下はにっこりと最後の一瞥いちべつを俺にくれ、みなの礼に送られて、すっと部屋から出ていった。
 そのとき初めて、俺は扉のそばに見慣れない人影をみとめた。

(あれ……?)

 あんなところに人がいたっけ? いつから?
 最初、両陛下が入ってきたときに一緒に入ってきたのかな。
 ……いや、そうじゃねえな、たぶん。
 今の今まで気配を消してそこにいたんじゃねえかなあ。

 なんかゲームでよく見る神官みたいな、ぞろっとした長い衣。
 癖のない銀色の長い髪に、「生まれてこのかた日焼けなんてしたことありません」と言わんばかりに白くて、ものすごく整った顔。
 全体的に色目がうすいもんだから、なんか妖精みたいに見える。つまり人外。ゲームでよくある、妖精王の雰囲気が超ちかいかんじ。

(それにしてもこの世界、ほんとイケメンぞろいなのなー)

 なんか地味にムカつく。元の俺がまったくもてねえフツー顔の童貞だからっつうのは置いといてもな。くっそう! ほっとけよ。
 で、このイケメンは誰なのよ。
 その疑問は、クリストフ殿下の声であっさりと氷解した。

「宗主さま! ……いつこちらに?」

 みんなの目が一斉にそっちを向く。一様に驚いた様子なのは、やっぱり俺と同じで、今はじめてこの人を見たかららしい。それにしても。

(宗主……? って魔塔の?)

 ってことは、これがたったいま話題になっていた当の人かよ。
 ってか、想像していたよりずっと若い。まだ二十代にしか見えねえし。
 魔塔の宗主とか神官長とかいう人は、もっと年をとったおじいちゃんやおばあちゃんを想像するじゃん? ふつうはさ。
 なのにこの人、めちゃくちゃ若いし。しかもめちゃめちゃイケメンだし!
 なんなのよー。

「お久しゅうございます、クリストフ殿下。ご尊顔を拝す栄誉にあずかりまして、恐悦至極にございます。遅まきながら、つい今しがたまかり越しましてございます」

 宗主と呼ばれた男は、言って一度ゆっくりと頭をさげると、ほとんど音もたてずにこっちに近づいて来た。なんだかまるで水の上を歩いてくるみたいに。その架空の水面にも、ほんの小さなさざなみすら立っていないっていう雰囲気。
 言葉といい行動といい、すべてが流れる水を思わせるようななめらかさだ。
 みんなはさっき両陛下にしたみたいに、また一斉に彼に向かって頭をさげた。こりゃ、かなり偉い人なんだろう。
 でも俺は本能的に身構えた。べつに気持ち悪い感じがするわけじゃないんだけど、どこか怖い気がしたからだ。なんとなく、陰で心臓のところにひやりと刃物を当てられたみたいな感じなんだ。

「はじめまして、シルヴェーヌ嬢。魔塔の宗主を務めおります、グウェナエルと申します。以後、どうぞお見知りおきを下されたく」
「は……はい。……ど、どうも」

 俺、完全に気をまれちゃってそんなことしか言えない。悔しいけど。
 なんかほんとうに人間離れした感じのする人だ。近くで見ると、瞳も氷みたいな銀色をしているのがわかった。その色と感情の見えなさから、まるでガラス玉みたいに見える目だ。表情筋もほとんど動かないから、まるでマネキンとしゃべってるみたいな感覚になる。
 この人が泣いたり怒ったり、声を荒げたりするところがてんで想像つかない。

「早速のことで大変申し訳ないのですが、シルヴェーヌ嬢。ひとつ、わたくしのお願いを聞き届けてはいただけますまいか」
「は、はい」
「詳しい《魔力の試し》については後日、ご体調が完全に整われてから魔塔にて……ということにして。今はわたくしから、少し簡単な事前の《試し》を行わせていただくことはかないましょうか」
「た、ためし……?」

 それを聞いて、パパンとママンが、はっと体を固くした。心配そうに俺と宗主さまを見ている。
 そっちにちらっと視線をやってから、宗主はこっちに向き直った。

「ご心配はいりません。あなた様のご体調が本調子でないことは存じております。決してお体にご負担をかけるようなことは致しませぬゆえ。お約束いたします」
「は、……はあ……」

 どうしたらいいのかわからない。俺はパパンとママン、それからクリストフ殿下とベル兄の顔を見まわした。みんな一様に不安げな表情だ。
 でも、遂にクリストフ殿下が思い切ったように言った。

「……お任せしてみてはいかがでしょうか、シルヴェーヌ嬢。宗主さまは、ずっと以前から皇室にも非常に協力的なお方です。北壁の防備についても、この方なくしては考えられぬほどの実力者でもあられます」
「そ……そうなんスか」
「ええ。皇室の──といいますか、この私にとって非常に大切な存在であるあなたを害することなど、万に一つもございますまい。そのことは私からも保証いたしましょう」

 ……えっと。
 地味にまた告白みてえなことしないでもらっていいスかね、皇子?
 しかも今、この状態で。パパンもママンもいる前で!
 パパンはともかく、なんかママンの目がキラーンて光ったんですけど?
 エマちゃんもキラーンですけど? ああ、ベル兄はポカーンか。
 いろいろ嫌な予感がするんですけどー??

「……こほん」

 衆人環視状態の中、俺はわざとらしく咳払いをした。

「わかりました。では、よろしくお願いします」
「ありがとうございます」

 宗主グウェナエルはほんのわずかに目を細め、「では失礼をいたします」と言って俺の枕辺へやってきた。やっぱりこそりとも音をたてなかった。不気味ー。
 そうして「お手を」とひとこと言うと、俺の右手首あたりに人差し指と中指だけを置いて、静かに目をつぶった。

「あ……っ?」

 ぴりっとした何かを感じて、俺は目をつぶり、体を緊張させた。

「ああ、どうか固くならないで」

 静かな宗主の声が聞こえる。
 俺は一応「はい」とは言ったけど、どうもうまくいかなかった。
 ざらりとした何かが心をでていく感触。それがほんの一瞬、俺の細胞をぜんぶ調べ上げたような感じがあった。

「……さあ。もう大丈夫ですよ」

 宗主がそう言った時にはもう、その《試し》は終わっていた。

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