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第三章 なにがあっても拒否ります
10 突然の渇望が襲います
しおりを挟む「まあ……。ご自分でデザインをなさったの? それでブティックに注文を? なんてすばらしい才能をお持ちなのかしら。羨ましいわ……」
ほう、とため息をつきながら陛下がおっしゃると、皇子もすぐにうなずいた。
「なかなか、通り一遍のお嬢さんではないと申し上げたでしょう、母上。それでいて、そういうことをひけらかしたり、下々の者に対して鼻にかけたりもなさらない。それどころか、平民の職人たちに仕事を与えることによって生活の支援までなさっている。そこが素敵な女性たる所以です」
「ええ、そうね。あなたの言うとおりだわね」
陛下、特に変わり映えのしない息子の表情を意味深な瞳で見やって、楽しそうにくすくす笑ってる。そこにどんな意味があるかは謎だけどな。
「それにしてもそちらのドレス、美しいのに、とても楽そうに見えるわね」
「あっ、そうなんですよ~。ほんと楽で! 楽したいからこういうデザインで注文したんですよ。コルセットで腰を強く締め付けないし、パニエもいらないから、メシ……食事も喉を通りますしねっ」
「あら、そうなの? それは素敵ね」
そうなんだよなあ。
これはとある海外ドラマの受け売りだけど、昔の女性はコルセットのせいで妙にデカ尻になっちゃってたんだって。昔の絵画に出てくる裸婦がやたらデカ尻なのって、コルセットのせいとも言われてるそうだ。
中には締めつけすぎて、肋骨がすっかり変形していたっていうレントゲン写真も残ってるぐらいでさ。あれはホラーだったよ。
その上、ろくにものも食べられない。苦しすぎてな。
美しさを求めるあまり大事な健康をそこなうのって、俺はなんか賛成できねえんだよなあ……。
そうでなくても、陛下はお体を悪くされているのにさ。
陛下はふうっと息を吐きだし、少し疲れたお顔を扇で隠した。
「あなたのおっしゃる通りなの。いま流行のドレスはとにかくどれも窮屈で、体調がすぐれないときにはとても着られないものが多くて……。わたくしにも、そういう感じのものがあればいいのだけれど」
「あっ。だったら陛下も注文されますか?」
「えっ」
陛下が目をまるくされた。
「あの、どんなデザインがお好みです? 一緒に考えますよ~、おれ……じゃなくって、わたくし」
「あらあら! まあ、ほんとう?」
「はいっ。陛下はどんな色がお好みか、教えてもらったら。えっと、紙とペンを貸してもらえます? いまここでデザイン画を描いちゃいますよ~」
陛下の侍女がすぐさま紙と羽ペンを持ってきて、俺はさらさらっとまた例のテキトーなデザイン画を描き散らした。
その手元を、みんなが興味深そうに見つめているのがちょっとだけ恥ずかしい。
「デザインが決まったらキラキラ店長……じゃなくって、ブティックの店長を呼んで注文しましょう。もちろん、皇室御用達のお店でもいいと思いますし。そこで陛下のお好きな布地を選んでもらって、それで……」
「まあ。嬉しいわ……! なんだかどきどきしちゃうわね」
陛下、本当に嬉しそうに目をきらきらさせている。そうしてると、なんだか少女みたいに見えた。
隣にいる皇子がまた、すごく嬉しそうな笑顔になってる。こっちの笑顔はどこか悲しそうに見えるのが、なんだかちょっとつらいけど。
きっと、すんごく心配してるんだろうな。そんでこのお母さんのこと、めちゃくちゃ大事なんだろうなあ。当たり前だけどさ、お母さんなんだから。
(そんなに体が悪いのかなあ)
そう思ってあらためて見ると、陛下の頬はもう気の毒になるほど血の気がうすい。ふくらみをもたせたドレスを着ていても、やせ細ってやつれた姿は隠しきれていなくて、とても痛々しく見える。
紅茶のカップをもつ指も、骨ばっていてとても小さい。今にもカップを落っことすんじゃないかって心配になるぐらいだ。
(……可哀想に)
心の底からそう思った。
側妃がわの連中から変なことさえされなければ、この人だってもっと健康に、幸せに過ごせていたんだろうに。だってもとはおてんばで、今よりずっと丈夫な体だったはずなんだし。
こんな中で皇子を生んだのも、きっと命がけだったに違いない。
変な薬や呪術のために病気がちで、いつも寝たり起きたりで。幼い皇子と外で遊んだこともろくになかったんじゃないかなあ。
(そんなの……ひでえ。可哀想じゃんか)
そう思ったら、急に胸の中にぽうっと何かが生まれた気がした。
温かくて、なんだかひりひりと痛くなるみたいな感情。
いや、感情だけじゃない。それははっきりとした具体的な力を持っていて、うずうずと何かを求めていた。
俺にはそれが本能的にわかる気がした。
それが決してよくない力じゃないことも。
(……どうしよう)
いきなりこんなことを言ったら失礼に決まってるけど。
でも、いま、どうしてもそうしてあげたいって気持ちがどんどん溢れてきて。
どうしてもそれが止められない。
「あの……あの。陛下」
言った俺の声は、自分でも信じられないぐらいかすれていた。
なんだかめちゃくちゃ喉が渇く。頭痛もする。それがどんどんひどくなる。
なんだこれ。なんなんだ?
「はい? なにかしら」
にっこりと微笑み返してくださる陛下のお顔は、初対面なのになぜか懐かしいとさえ思えるような柔らかさだ。でもその頬はげっそりとこけている。たくみな化粧でもごまかせないほどのやつれようなんだ。
そう思ったら、俺はもう自分の口を止められなくなった。
「あの、あのあの……ものすんごく失礼なことだとはわかってるんですけど、あのっ……」
俺は膝の上でぎゅっと拳をにぎりしめた。
隣のベル兄は明らかに心配そうな顔になる。
「おいおい、なんだよシルヴェーヌ。あんまり変なことを言い出すなよ?」
「いっ、いやだったら断ってください。でもあのっ、あのおれ……わたしっ、陛下のお手を少し、ほんの少しだけ触らせてもらったら……ダメでしょうか?」
「えっ……?」
陛下はびっくりした目になって俺を見返した。
周りのみんなも同じだった。
呆然とした顔で、俺を黙って見つめていた。
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