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第三章 なにがあっても拒否ります
9 いよいよお茶会のはじまりです
しおりを挟む皇子と皇后陛下の侍従に導かれて、俺たちは長くて広い回廊をしばらく歩いた。
皇宮そのものの敷地も広大だけど、この皇后宮もまた広い。どの宮を見ても思うけど、やっぱりあちこちに住んでいる人のものの考え方が滲み出るみたいに思う。
派手好きで見栄っぱりの人の住まいはそれなりだし、簡素に暮らす人の住まいはそう見えるもんだ。
さてこの皇后宮はどうかっていうと……明らかに後者のようだった。
全体に品よくまとめられ、置かれている調度はみんな価値のあるものばかり。だけど、決して派手でもないし、皇后としての威勢を示すものでも、見栄をはるためのものでもない。
「真の意味と価値がわかる人にだけ届けばいいのです」と言わんばかりのしつらえ。だけど、決して高慢なものでも、見る人を見下すものでもない。
(なるほど~。さすがはこの皇子の母ちゃんってとこか)
そんなことを思いつつ足を進めていくうちに、やがて日当たりのいい大きな温室のような施設についた。
お茶会はここで催されるらしい。
さらさらと木の葉が揺れる音がして、ガラス張りの天井から陽の光が差し込んでいる。それをいっぱいに浴びてなんとなく嬉しそうな緑と、咲き乱れる花々。
中央には神々の像を配した噴水があって、涼しい水の音を響かせている。
まさに夢みたいな空間だ。
と、奥の方の木陰になった場所に丸テーブルとチェアが置かれた場所が見えてきた。皇子にすすめられるまま俺たちはそこに座り、この場の主人を待った。エマちゃんだけは少し離れた場所に立ったまま控えてくれている。
やがて侍女たちを従えて奥からゆっくりと現れた女性を見て、俺たちは一斉に立ち上がった。皇子が進み出て礼をする。
「母上。ようやくお連れ申し上げることができました。ご紹介いたします。こちらがマグニフィーク公爵家、シルヴェーヌ嬢です」
(皇后さま──)
これがこの国の皇后さまか……!
最初はちょっと信じられない気がした。だって、二十歳になる息子がいるとは思えないほど若く見えるんだもん。そして予想していた通り、めちゃくちゃ美人だ。
黒髪に、紫色の優しい瞳。でも病気がちという話どおり、顔色はあまりよくない。今にも空気にとけて消えてしまいそうなほど、はかない感じのする人だった。
でも、そこはさすがの皇后陛下。おだやかでお優しそうなのに、この威厳はすげえもんがある。俺なんか気圧されちゃって、すぐには言葉がでないほどだ。
俺はしばらくぽかんとその女性を見つめていたけど、隣のベル兄に脇腹をこづかれてやっと正気に戻り、慌てて頭をさげた。
「し、シルヴェーヌと申します。本日は皇后陛下のお茶会にお招きいただく栄誉にあずかりまして、まことに光栄に存じます」
これは一応、事前にエマちゃんやベル兄に教えてもらって練習しておいた最初の口上だ。
なんとかつっかえずに言えたぞ。頑張った、俺!
ベル兄はクリストフ殿下の友人ということで、すでに陛下とは面識があるらしい。お互いにこやかに礼と簡単な挨拶をして終わりだった。これは相当仲良しっぽい。いいなあ、ベル兄。
「やっとお会いできたわね、シルヴェーヌ嬢。クリストフから何度もあなたの噂を聞いて、ずっと楽しみにしていたのよ。お会いできてとても嬉しいわ」
ゆっくりとしたおだやかな表情と声。なんかすごく優しそうだぞ。俺はほんのちょっとほっとする。
(よかった……)
めちゃくちゃ怖いオバチャンとか出てきたらどうしようかと思ってたのよ、本当は。実はすんごいびびってたし。姉貴の恋愛ラノベによく出てくる「鬼ババ姑」とか「鉄の女」みたいなキャラ、見すぎちゃってたかもなあ。
陛下が静かにすすめてくれて、みんなは席に落ちついた。
「わたくしが、何度おねだりをしたと思います? それなのにクリストフったら、いつも言を左右にするばかりで、このわたくしのお願いをなかなか聞いてくれなかったのよ。……そんなに大事なお嬢様なら、なおのことお会いしたいと思ってしまって……。ちょっと意地になってしまったかもしれないわ。ご無理を言ってごめんなさいね」
「あ、い、いえ……」
俺はかちんこちんで、ろくに受け答えもできない。っていうか、自分が何を言ってるかもよくわかんないぐらいだ。
陛下づきの侍女さんたちの手によって、目の前につぎつぎと美味しいお茶やお菓子がだされていることはわかってるんだけど、味なんてちっともわからない。
と、隣からクリストフ殿下が助け船を出してくれた。
「そんなに緊張しないで、シルヴェーヌ嬢。母はこう見えてざっくばらんな人なのですよ。あなたが最近なさっている『やきゅう』のことや、ちかごろ急に運動に目覚められたことなどを聞きたがっておりました。どうか、そういうことを自由にお話しいただければ」
「あっ、は、はい……」
それで俺は、たどたどしく自分の最近の活動やなんかを説明した。最初のうちこそつっかえつっかえだったけど、にこにこと優しい顔でうなずきながら聞いてくださる皇后陛下を見ているうちに、次第に緊張もとけてきた。
「まあ、その『バット』という木の棒でボールを打つのね。それはさぞや爽快でしょうね。『塁』をまわって一周すれば得点で……? まあ、本当に楽しそう。その『ほーむらん』というのは、どこまで飛ばせばそう判定されるのかしら」
ときどき、ころころ笑いながらとても巧みな相槌をうってくださるので、俺の舌はさらになめらかになった。
この人、めっちゃ聞き上手なんだな。それに本当に優しい。嬉しい~!
「ああ、面白そうねえ。羨ましいわ。わたくしも、もう少し体が丈夫だったら、みなさんと一緒に遊ばせてもらいたかったのですけれど」
陛下はちょっと残念そうに自分の体を見下ろすようにした。
「信じてもらえないかもしれないけれど、本来のわたくしはまったくこんな風ではなかったのよ? お恥ずかしい話ですけれど、子どものころはそりゃあ大変なおてんばで」
「えっ。陛下が……?」
「そうなのよ。木登りをしたり釣りをしたり馬に乗ったり、外で跳ねまわっている娘でしたの。父や母には、もっとおしとやかになさいと言ってずいぶんと叱られたものよ──」
「そ、そうなんですか……」
「そういえば、シルヴェーヌ嬢」
返答に困ってへどもどしていると、すぐにまた隣からクリストフ殿下が口をはさんだ。
「あなたが今日お召しのドレス。先ほども申しましたがとても素敵ですね。あまり見かけないデザインのようですが、どこでお求めになられたのでしょう」
「ああ、これですか? 実はですね──」
俺がこのドレスに関する顛末をひととおり説明すると、エマちゃん以外のみんなは呆気にとられたようだった。
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