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第二章 一念発起いたします
6 ついにヒーロー(?)の登場です
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イケメン青年は、兄と一緒に大股にこちらに近づいてくると、さっと胸に手をあてて令嬢に対する礼をした。
これは臣下としての礼じゃない。あくまでも「レディーに対する礼儀としての礼」だ。ここは一応、レディーファーストの世界だからな。頭の動きだけ見れば、会釈ていどの動きしかしていない。
ちなみに、少し離れた場所にはこの青年の護衛らしき軍服を着た男たち二名の姿があった。
「お久しぶりです、シルヴェーヌ嬢」
「え? あの……え、ええっと……」
俺、まごまごしてエマちゃんや兄を見る。
「お久しぶり」ってことは会ったことがあるんだろう。でもシルヴェーヌちゃんの記憶のなかにこの男のイメージはあんまり残ってなかったんだ。
あっちはちゃんとこっちの名前を呼んでいるのに、こっちが呼ばないのは失礼にあたる。まずい、まずいぞ。
と、エマちゃんがすすっと俺の背後にちかづいて小さく耳打ちしてくれた。
「第三皇子殿下の、クリストフ様です」
さすがの機転。ナイスフォロー、さすがッス!
「ふんふん……ええっ?」
「正式には、クリストフ・バラデュール=エノマニフィク殿下とおっしゃいます。かつてベルトランさまのご学友でいらして、今は同じ第一騎士団に所属なさっています」
「いやあの、お、おお……皇子ぃ!? ってマジで!?」
「おいこら、シルヴェーヌ!」
さすがのベル兄もちょっと焦った顔になって俺をにらんだ。いくらなんでもこれは無礼だからだ。たとえ公爵家の令嬢でも、皇室のプリンスにこんなことを言っちゃうのはNG。
俺、必死になってその青年にぴょこんと頭を下げた。
「あっ! も、申し訳ありませんっっ……! 殿下」
そうそう。皇家の方々には「殿下」呼びしなきゃダメ。まあ俺も今思い出したんだけどねー。
あ、皇帝と皇后には「陛下」な。あと皇太后さまも。
だけど青年の顔には一片の不快も見えなかった。
「いやいや。気にしないでください。……あなたにお会いしたのは、まだほんの子どもの時分でしたから。まだ幼くていらしたし、無理もないことです」
そう言って笑ってくれた顔が、なんか妙に優しそうだ。
いや、一見クールに見えるのよ? うちの金髪甘い系イケメンズに比べたら、よっぽどシュッとしたクール系のイケメンなのよ?
「漆黒」と形容したくなるような黒髪なのも、そう思わせる要因かもな。ベル兄よりさらに背が高くてがっしりした体形だし、無表情だとちょっと怖そう。ベル兄も騎士らしく締まった体つきだけど、この人はさらに鍛えてる感じがする。
でも、笑うと急にふわっと優しそうになるんだよな。
俺はしばし、ぽかんと相手を見つめちゃった。
(おお……。掛け値なしのイケメン現る、だなあ──)
んでもこの人、こっちがあんまり憶えてもいないのに、なんでシルヴェーヌちゃんのことをちゃんと憶えていたんだろ?
皇子様ってのは多忙だよな? パーティのたびに色んな貴族の男や女やその娘やらに紹介されまくって、憶えるだけでも大変そうなのに。
「なんだか面白そうなことをなさっていますね。それは何でしょうか?」
「えっ。あ、これは──」
皇子の目線は俺が持ってるバットや、グラブやボールに注がれている。
俺は簡単に野球というスポーツについて説明し、今はその道具を作ってもらって試しているところであることを話して聞かせた。
皇子は興味津々といった顔で聞いてくれている。隣に立ってるベル兄も同様だ。
「ほう。この『バット』とやらで『ボール』を打ち、『ベース』を回って一周すると得点が入る……と」
「そ、そうそう。そうなのですー。本当は九人のチーム同士でプレーするんです」
「なるほど。なかなか楽しそうですね。……ところでシルヴェーヌ嬢は、どこでこの競技をお知りになったのですか?」
「はうっ!? え……ええ、えーと……」
つっこむ? そこ、つっこむか?
「本……そうっ、本ですっっ! う、うちの図書館にそういう本がありましてえっ」
俺、必死。
なんでこんな、いきなり背中にどばーっと冷や汗とかかかなきゃなんねえの。
「そそそこで、えっと、外国の面白い競技を色々調べていまして──」
「……なるほど。そうなのですね」
その後も、皇子は微笑みを絶やさないまま、熱心に話を聞いてくれた。
「あのう。よろしかったら、自分にも少し触らせていただいてもいいでしょうか」
「えっ? あ、ああ……まだ試作品段階ですけど、いいですよー」
ってとこまで言って、ベル兄とエマちゃんにキッとにらまれ、俺は慌てて「ですわっ」と語尾にくっつけた。
はー、疲れる。そろそろ俺のHPはゼロよ。
「あっ。じゃあ俺……じゃねえや、わたしが投げてみますんで、殿下、そこに立ってちょっと打ってみてくださーい……ですわっ」
「お、おい、シルヴェーヌ!」
心配するベル兄を片手で制して、クリストフ皇子は俺が説明した通りにバットを構えた。
「こんな感じでよろしいですか?」
おお、なかなかサマになってる。しっかり脇を絞めて、構えたバットがぴたりといいところに止まってる。
なんだろうな、きっと勘がいいんだな、この人。
「はいっ、オーケーでーす。んじゃ、投げますよ~?」
俺は皇子から十分離れ──そう、ちょうどバッターボックスからピッチャーマウンドぐらいまでの距離にだ──軽く片足をあげておおきく振りかぶった。
「ん?」
「ええっ?」
ベル兄とエマちゃんがびっくりした顔になる。そりゃそうだろうな。
実は今までは女の子のエマちゃん相手だったから、かなーり手加減してたんだよ、俺も。
でも、こいつは皇子といえども一応男。
ってことで、今回は手加減なしだ。
思い切り腕を振りぬき、まっすぐストレートを投げ込む。
──ビュンッ!
カキーン! ……いや。そこまで綺麗な音はでなかった。
どふーん。かな?
それでも十分、驚きだった。
(え、マジ!?)
いきなり真芯でとらえられた打球は、あっさりと俺の頭を越えていった。そのまま背後の植え込みも越えてどこかに行ってしまう。ありゃりゃ、やばいぞ。
エマちゃんが、慌ててボールを探しに走っていく。
俺、思わず拍手喝采。
「おお~。さっすが皇子! すげえ! いきなりこれはすげえわ~! あのボールの性能でここまでとは!」
「っておい、シルヴェーヌ! 口を慎め。無礼が過ぎるぞっ」
「あっ。すんませ~ん! ……ですわ」
てへっと笑って舌を出してみせたら、「お前なあ……」と兄が肩を落とした。ちょっと頭を抱えてる。ごめんよ、お兄ちゃん。つい素が出ちゃった。
「でもすごい。ホームランまでは行かねえけど、ヒット性の当たりでしたね。 ツーベースはかたいかも? ちゃんとしたボールならホームラン狙えますよ、これは。さすがの体幹! かーっ、たまんねえわ~! ……ですわ」
うきうきして言ったら、皇子はふふっと微笑んだ。
「あなたのおっしゃることはよく分かりませんが。なかなか楽しそうな競技ですね。あなたが夢中になっていらっしゃるのも納得です」
「でしょでしょ? ボールをさらに改良してもらったら、もっともっと打球が飛びますよ~。今後、バットも改良してもらう予定ですし。そしたらホームランも夢じゃないっすよ~! 殿下ならもう、場外確定ですね!」
「もう、お前はいい加減にしろ!」
しまいにベル兄がそばにきて、頭頂部にべしーんと手刀を食らわされた。
「痛ってえ! あにすんだよベル兄ぃ!」
「いいからもう少し令嬢らしい物言いをしろっ! 殿下がお優しいからいいようなものの、まったくお前は──」
「へいへーい……」
ったくベル兄、過保護かよ~。
ぶんむくれて下唇を突き出していたら、殿下はなぜかやっぱり嬉しそうな目でじーっと俺を見て微笑んでいた。
……なぜに?
これは臣下としての礼じゃない。あくまでも「レディーに対する礼儀としての礼」だ。ここは一応、レディーファーストの世界だからな。頭の動きだけ見れば、会釈ていどの動きしかしていない。
ちなみに、少し離れた場所にはこの青年の護衛らしき軍服を着た男たち二名の姿があった。
「お久しぶりです、シルヴェーヌ嬢」
「え? あの……え、ええっと……」
俺、まごまごしてエマちゃんや兄を見る。
「お久しぶり」ってことは会ったことがあるんだろう。でもシルヴェーヌちゃんの記憶のなかにこの男のイメージはあんまり残ってなかったんだ。
あっちはちゃんとこっちの名前を呼んでいるのに、こっちが呼ばないのは失礼にあたる。まずい、まずいぞ。
と、エマちゃんがすすっと俺の背後にちかづいて小さく耳打ちしてくれた。
「第三皇子殿下の、クリストフ様です」
さすがの機転。ナイスフォロー、さすがッス!
「ふんふん……ええっ?」
「正式には、クリストフ・バラデュール=エノマニフィク殿下とおっしゃいます。かつてベルトランさまのご学友でいらして、今は同じ第一騎士団に所属なさっています」
「いやあの、お、おお……皇子ぃ!? ってマジで!?」
「おいこら、シルヴェーヌ!」
さすがのベル兄もちょっと焦った顔になって俺をにらんだ。いくらなんでもこれは無礼だからだ。たとえ公爵家の令嬢でも、皇室のプリンスにこんなことを言っちゃうのはNG。
俺、必死になってその青年にぴょこんと頭を下げた。
「あっ! も、申し訳ありませんっっ……! 殿下」
そうそう。皇家の方々には「殿下」呼びしなきゃダメ。まあ俺も今思い出したんだけどねー。
あ、皇帝と皇后には「陛下」な。あと皇太后さまも。
だけど青年の顔には一片の不快も見えなかった。
「いやいや。気にしないでください。……あなたにお会いしたのは、まだほんの子どもの時分でしたから。まだ幼くていらしたし、無理もないことです」
そう言って笑ってくれた顔が、なんか妙に優しそうだ。
いや、一見クールに見えるのよ? うちの金髪甘い系イケメンズに比べたら、よっぽどシュッとしたクール系のイケメンなのよ?
「漆黒」と形容したくなるような黒髪なのも、そう思わせる要因かもな。ベル兄よりさらに背が高くてがっしりした体形だし、無表情だとちょっと怖そう。ベル兄も騎士らしく締まった体つきだけど、この人はさらに鍛えてる感じがする。
でも、笑うと急にふわっと優しそうになるんだよな。
俺はしばし、ぽかんと相手を見つめちゃった。
(おお……。掛け値なしのイケメン現る、だなあ──)
んでもこの人、こっちがあんまり憶えてもいないのに、なんでシルヴェーヌちゃんのことをちゃんと憶えていたんだろ?
皇子様ってのは多忙だよな? パーティのたびに色んな貴族の男や女やその娘やらに紹介されまくって、憶えるだけでも大変そうなのに。
「なんだか面白そうなことをなさっていますね。それは何でしょうか?」
「えっ。あ、これは──」
皇子の目線は俺が持ってるバットや、グラブやボールに注がれている。
俺は簡単に野球というスポーツについて説明し、今はその道具を作ってもらって試しているところであることを話して聞かせた。
皇子は興味津々といった顔で聞いてくれている。隣に立ってるベル兄も同様だ。
「ほう。この『バット』とやらで『ボール』を打ち、『ベース』を回って一周すると得点が入る……と」
「そ、そうそう。そうなのですー。本当は九人のチーム同士でプレーするんです」
「なるほど。なかなか楽しそうですね。……ところでシルヴェーヌ嬢は、どこでこの競技をお知りになったのですか?」
「はうっ!? え……ええ、えーと……」
つっこむ? そこ、つっこむか?
「本……そうっ、本ですっっ! う、うちの図書館にそういう本がありましてえっ」
俺、必死。
なんでこんな、いきなり背中にどばーっと冷や汗とかかかなきゃなんねえの。
「そそそこで、えっと、外国の面白い競技を色々調べていまして──」
「……なるほど。そうなのですね」
その後も、皇子は微笑みを絶やさないまま、熱心に話を聞いてくれた。
「あのう。よろしかったら、自分にも少し触らせていただいてもいいでしょうか」
「えっ? あ、ああ……まだ試作品段階ですけど、いいですよー」
ってとこまで言って、ベル兄とエマちゃんにキッとにらまれ、俺は慌てて「ですわっ」と語尾にくっつけた。
はー、疲れる。そろそろ俺のHPはゼロよ。
「あっ。じゃあ俺……じゃねえや、わたしが投げてみますんで、殿下、そこに立ってちょっと打ってみてくださーい……ですわっ」
「お、おい、シルヴェーヌ!」
心配するベル兄を片手で制して、クリストフ皇子は俺が説明した通りにバットを構えた。
「こんな感じでよろしいですか?」
おお、なかなかサマになってる。しっかり脇を絞めて、構えたバットがぴたりといいところに止まってる。
なんだろうな、きっと勘がいいんだな、この人。
「はいっ、オーケーでーす。んじゃ、投げますよ~?」
俺は皇子から十分離れ──そう、ちょうどバッターボックスからピッチャーマウンドぐらいまでの距離にだ──軽く片足をあげておおきく振りかぶった。
「ん?」
「ええっ?」
ベル兄とエマちゃんがびっくりした顔になる。そりゃそうだろうな。
実は今までは女の子のエマちゃん相手だったから、かなーり手加減してたんだよ、俺も。
でも、こいつは皇子といえども一応男。
ってことで、今回は手加減なしだ。
思い切り腕を振りぬき、まっすぐストレートを投げ込む。
──ビュンッ!
カキーン! ……いや。そこまで綺麗な音はでなかった。
どふーん。かな?
それでも十分、驚きだった。
(え、マジ!?)
いきなり真芯でとらえられた打球は、あっさりと俺の頭を越えていった。そのまま背後の植え込みも越えてどこかに行ってしまう。ありゃりゃ、やばいぞ。
エマちゃんが、慌ててボールを探しに走っていく。
俺、思わず拍手喝采。
「おお~。さっすが皇子! すげえ! いきなりこれはすげえわ~! あのボールの性能でここまでとは!」
「っておい、シルヴェーヌ! 口を慎め。無礼が過ぎるぞっ」
「あっ。すんませ~ん! ……ですわ」
てへっと笑って舌を出してみせたら、「お前なあ……」と兄が肩を落とした。ちょっと頭を抱えてる。ごめんよ、お兄ちゃん。つい素が出ちゃった。
「でもすごい。ホームランまでは行かねえけど、ヒット性の当たりでしたね。 ツーベースはかたいかも? ちゃんとしたボールならホームラン狙えますよ、これは。さすがの体幹! かーっ、たまんねえわ~! ……ですわ」
うきうきして言ったら、皇子はふふっと微笑んだ。
「あなたのおっしゃることはよく分かりませんが。なかなか楽しそうな競技ですね。あなたが夢中になっていらっしゃるのも納得です」
「でしょでしょ? ボールをさらに改良してもらったら、もっともっと打球が飛びますよ~。今後、バットも改良してもらう予定ですし。そしたらホームランも夢じゃないっすよ~! 殿下ならもう、場外確定ですね!」
「もう、お前はいい加減にしろ!」
しまいにベル兄がそばにきて、頭頂部にべしーんと手刀を食らわされた。
「痛ってえ! あにすんだよベル兄ぃ!」
「いいからもう少し令嬢らしい物言いをしろっ! 殿下がお優しいからいいようなものの、まったくお前は──」
「へいへーい……」
ったくベル兄、過保護かよ~。
ぶんむくれて下唇を突き出していたら、殿下はなぜかやっぱり嬉しそうな目でじーっと俺を見て微笑んでいた。
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