高校球児、公爵令嬢になる。

つづれ しういち

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第二章 一念発起いたします

2 騎士の鍛錬を観察しましょう

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「は、走ってたあ!? お前が!?」

 なんだよその度肝を抜かれたような顔は!

「そうですが? まあ、ほんの少しですけど」
「ふーん……」

 ベルトランは、なぜか俺の顔をまじまじと見た。
 あごに手をあてて何かを考える様子だ。

「……なんかさあ。お前、雰囲気が変わったな」
「え? そうですか」

 ぎくり。
 隣でエマちゃんもぴくっと固まる。

「そうだよ。ゆうべの食事の時にもちょっと思ったんだけどな。あの時は照明の加減かと思ったがどうやら違うようだ。俺が不在の間になにがあったんだ?」
「え、あのう……」

 ひょいとベルトランが水を向けたのは、そばに立っているエマちゃんの方だった。エマちゃん、急に話をふられてどぎまぎしている。

「あ、あの……先日から少しご体調がすぐれなかったのですけれど、それ以外は特には──」
「ふーん。そうか?」

 ベルトラン、さらにしげしげと俺を見る。
 なんかまずいな。別に隠す必要もねえかもだけど、今のところエマちゃん以外に俺のことは話していない。まあ当のエマちゃんに止められたからっていうのもあるけど。
 もしも言ってしまったら、下手をすると医療院とかに突っ込まれて、あとは一生外に出られなくなるかもしれねえんだって。「魔物に取りかれた」とか「頭がおかしくなった」とか見なされてな。それは俺も、ちょっと勘弁してほしいからなあ。
 俺はなるべく笑顔をくずさないように気をつけつつきいてみた。

「あのー。それでお兄さまは何をしに?」
「俺か? 俺は一応、休暇でも朝の鍛錬は怠らないようにしてるからな」

 言ってベルトランは腰にげている長剣を目で示した。
 
(おお……。剣だ)

 さすがに貴族の持ち物だけあって、凝った装飾のはいった綺麗なつかさやだ。

(本物だあ。かっけえ……)

 俺、たぶん目をきらきらさせてる。だってやっぱ、こーゆーのって男子の夢じゃん? 俺の憧れの視線に気づいたのか、ベルトランは少し得意げな顔になった。
 長兄ほどじゃないけど、こいつも十分イケメンだ。しかも長兄みたいに堅苦しい性格じゃないし、ざっくばらんでさわやかで、意外と優しいところがある。きょうだいの中で一番しゃべりやすいのがこの兄だ。

 うーん。それにしても、ほんと顔がいい。
「イケメンが笑うと周りの空気まで清浄になるのよ!」ってのは姉貴のセリフだけど、ちょっと納得しそうになるわ。
 イケメン、おそるべし。
 エマちゃんまでなんとなく頬をぽっと赤らめてるし!
 まあ男の俺には一ミリも刺さんねーけどな。

「これから剣の鍛錬をするんですか? 俺……わたしも見ていていいですか」
「ああ、構わないよ。ちょっと離れていてくれるか? 危ないから」
「はい。ありがとうございます!」

 ベルトランは剣を構える前にひととおりの準備運動をした。ここらへんは野球部でやってることとそんなに変わんねえな。最初に筋肉をちゃんと伸ばして準備しておかないと、思わぬ怪我につながるからな。
 俺もだいぶ息が整ってきたので、その隣でちょっと筋肉を整えるストレッチをした。スタティックストレッチとか言われるやつだ。
 ある程度やって準備運動が終わると、ベルトランは一旦剣を置いて、木刀……いや、剣だから木剣かな。それを無言で振りぬき始めた。

(おお、すげえ)

 バットやラケットなんかでもよくわかるけど、しっかり体幹を鍛えた体で素早く振りぬくと、びゅんっと風を切る音がする。ベルトランの木剣も、毎回そんな小気味のいい音をたてた。
 回数は決めているらしく、角度を変えながら何百回も振ったあと、こんどは真剣に持ちかえる。
 いつものおふざけた表情からは一転した、とてもまじめな顔だ。
 なるほど。こんな感じで鍛錬するんだな。

(ふーん。騎士団か……)

 帝国を守る軍隊のうち、より皇室に近い軍隊が騎士団だ。
 基本的には貴族の子弟で構成されていて、この国では第一から第十騎士団まである。数が若いほど皇室に近くて、身分が高い団員が多い。公爵家の次男であるベルトランが第一騎士団なのは当然のことだ。対する一般の軍隊には平民が多い。
 ベルトランはまだ若いから今は騎士の一人だけど、いずれは騎士団長になるだろうと言われている。身分は十分だし、こう見えて実力も人望もそれなりにあるらしい。なんか意外だけど。
 そうこうするうち、兄の鍛錬は終了した。
 エマが用意していた飲み物を一緒に飲んで、ちょっとだけ休憩する。
 俺は汗を拭いている次兄に、つつうっとにじりよった。

「ねっ。ベルにい
「は? べ、ベル兄?」

 ベルトランは一瞬だけ面食らった顔になったけど、ぱっと苦笑して「まあいいや。なに?」と言った。
 よし。以降、こいつは「ベル兄」呼びな。決定!

「あのう。騎士って、女性はなれるんですか」
「へえっ?」

 ベル兄がびっくりした目で俺を見た。頭を掻いて困った顔になる。

「……ええと。とりあえず、今までになった人はいないな。てか、女には無理だと思う。体力的にキツすぎるだろ」
「そうでしょうか?」
「いや、そうでしょうかって」

 剣道でもフェンシングでも、女剣士なんていっぱいいるぞ?
 要はちゃんとした指導者について、きちんと鍛錬するかどうかだ。確かに女性は男性ほど筋肉がつきにくいし、月のものがあったりもして行軍なんかは不便なんだろうけどさ。
 「女だからあれはダメ、これはダメ」って言ってたら、いつまでたってもなんもできねえじゃん。
 まあ、こっちは現代の日本とは価値観もなんもかんも違うんだろうけどさ。
 俺の顔をじっと見返して、ベル兄は何事かを考えたようだった。

「まあそりゃ、あれだ。ダメってことはないんじゃないか?『女は騎士にはなれない』とか法律として明文化されてるわけじゃないし。今までそうする必要もなかったからだろうけどさ」
「そうなんですね」

 俺はにいっと笑って見せた。
 なるほど。そりゃいいや。

「ってお前。いったい何を考えて──」
「あ。そろそろ朝食の時間ですね。先に着替えなきゃなんで、俺……じゃなくってわたし、そろそろ行きますねですわ」
「……ん、んんっ?」

 俺の妙な言葉遣いにひっかかったのか、ベル兄は首をひねり、それ以上たずねてこようとはしなかった。
 変な顔をして俺を見送っているらしい視線を背中にビンビン感じたけど、俺は素知らぬ顔をしてそのまま邸に戻った。

 一度部屋に戻り、湯を浴び、汗を流して着替えてから朝餉あさげに向かう。
 なんかスッキリした気分だった。

 やっぱ朝練、いいよなあ。これからも頑張ってみよ。
 それになんか、ちょうどいい目標も見えてきたし。
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