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第一章 謎の世界へぶっとびました
7 はい、可愛くない妹の登場です
しおりを挟むで。
結論から言うと、受難はそれで終わりじゃなかった。
それは家族そろっての晩餐の席だった。
広い「食膳の間」に集まりでかいテーブルについた家族は、俺を入れて七名。
その周囲に、食事を進行させていく侍従長や侍従たち、メイドさんたちが動き回っている。
「また思いきったことをしたものだね、シルヴェーヌ」
たいへんお上品にナイフとフォークで肉を切り分けながら上の兄、つまりこの家の長男であるアルフレッドがまず口を開いた。パパンによく似た金髪にブルーの瞳。掛け値なしのイケメンだ。いまは25歳。言わなくてもわかると思うけど、こいつめちゃくちゃ女にもてる。
性格はおだやかで、長兄らしく落ち着いている。でも、貴族としての教育をいちばんきちんとほどこされているだけに、家のことになると言うことが厳しくなるみたい。
「婚約破棄の違約金はお前の個人資産から支払うらしいから、いいだろうけど。婚約式の前でまだよかった。正式な婚約後なら、かなりの額になったろうからね。その場の流れで男爵を子爵にしてやるというお話も出たようですが、いかがなさるのですか、父上」
後半はパパンへの質問だ。
「そうだな。別にそれもどうということはないが」
パパン、さすがに時間を置いて気持ちがおちついたのか、受け答えはおだやかだった。さりげなく口元をナプキンで拭う姿もすがすがしい。
「陛下にあれこれお願いすると、皇室に変な借りをつくることになるからね。できることならそれは避けたい。アルフレッドの言うとおり、婚約式の前だったことでもあるし」
「そうですね。それがよろしいかと思います」
ってことで、どうやらこの話、俺の……ってかシルヴェーヌちゃんのポケットマネーで違約金を支払うことで落ち着きそうだ。しかもそんなに高額にはならなさそう。やれやれ。
「だけど本当にそれでいいの、シルヴェーヌ。やっと持ち上がった縁談だったのでしょう? あなたもまだ18歳。まだまだ遅いということはないけれど、もったいないことをしたのではなくて」
次に口を開いたのは、長男のふたつ下の姉、テレーズだ。こちらも豊かな金髪のすごい美女。瞳はエメラルドみたいな、めちゃくちゃきれいな緑色だ。ツンとすましてはいるけど、別にシルヴェーヌに意地悪なんかはしたことがない。
ってか基本「敵になるはずもない、ならば興味なし」って感じかなあ。だから冷たくもない代わり、別に温かくもない。どこまでも無関心。今回も「話のついでだから口を挟んだ」っていう雰囲気だ。
この人はシルヴェーヌとは天地の差で、あっちこっちから縁談が舞い込んでいる。最もよい条件の相手を好き放題に選べる立場だ。年齢も年齢なんで、そろそろ決めたいところだろうけど。
「思いきったことをしたもんだな。でも、いずれはちゃんと身を固めろよ? いつまでも公爵家で三人分の食い扶持を消化しまくってないでさ」
ちょっと口の悪い二番目の兄は、テレーズの下のベルトラン。20歳で、金髪に緑の瞳。こっちは活発な体育会系のイケメンだ。実は皇室づきの第一騎士団所属で、いつもなら騎士団の宿舎で寝起きしているんだけど、今回はちょうど休暇をとって家に戻ってきていたらしい。
騎士団員らしく、こういう場ではかちっとした軍服に身をつつんでる。正直かっけえ。いいよなあ、こういう制服って男の憧れっていうかさあ。
──さて。
順番からいくと、これで遂に最後の発言者が登場するわけだけど。
「ほ~んと。大丈夫なのぉ? お姉さま」
きゅるんと高い可愛い声。でも、言うことに可愛げはいっさいない。
ピンク色の豊かな髪に青い瞳。そして、まるで人形かと思うような整った顔。触れたらとろけそうな唇。これぞ、まさに超美少女だ。
そしてこれぞ、懸案の妹のアンジェリクだった。
16歳になり、つい先日社交界にデビューする「デビュタント」とやらを済ませたばかりなんだけど、すでに各方面から何百件もの結婚申し込みが殺到しているらしい。
「そのまま嫁き遅れておしまいになったら、お父さまとお母さまの悲嘆ははかりしれませんわよ? 家計にもかなりご負担をおかけなんですし、お立場をわきまえてくださらないと困ります」
ははあ。「おもに食費で負担をかけてる」って言いたいんだなこの子。自分のドレスやらアクセサリーやらの方が、バカほど金かかってるって知らねえのか?
もうわかったと思うけど、この子はなぜかシルヴェーヌをすんごい目の敵にしている。普段からものいいはキツいし、陰に日向にイジワルっちゅうか……ま、要するにイジメだな。それをやらかしまくっている。
言葉で攻撃するなんて日常茶飯事。それ以外にも、物心がついたころから自分づきの侍女やメイドをつかって、シルヴェーヌちゃんに対してありとあらゆる嫌がらせをやってきた。
楽しみにしていたデビュタントで着ていくドレスが、なぜか切り裂かれていたり。
シルヴェーヌちゃんの主催でせっかく開いたお茶会で出したお菓子が、なぜか全部砂糖でなくて塩で味付けされていたり。
そんなことの繰り返しだ。
はっきりと犯人がわかったわけじゃねえけど、ほかにこんなことをするきょうだいはいねえ。使用人がやるわきゃねえし。でもシルヴェーヌちゃんはほとんど何も言えなかった。妹に比べるとずっとおしとやかで控えめな性格だったのが災いしたんだ。
シルヴェーヌちゃんがパパンやママンにお願いしてお願いして、やっと買ってもらった可愛いドレスやアクセサリーを急に欲しがっておねだりし、シルヴェーヌちゃんから取り上げたことも一度や二度じゃない。
パパンやママンは、末っ子で超美少女のアンジェリクにはめちゃくちゃ甘い。「目にいれても痛くない」なんて言うけど、まさにアレで。だから一も二もなく「あなたはお姉さまなのだから。少しぐらい我慢できるわね」なんて言って、それらドレスやアクセサリーをいとも簡単にアンジェリクにあげてしまった。
愛情だって同じこと。
アンジェリクならちょっと言っただけで聞き届けてもらえるお願いも、シルヴェーヌは五回も六回もお願いしてやっと聞いてもらえる。
パパンとママンは「姉妹に差はつけていない」とおっしゃってるが、そんなの完全に建て前だ。そんなことぐらい、シルヴェーヌちゃんにだってちゃんとわかっていた。いや、わかんねえはずがねえし。
そんで。
そのたびにシルヴェーヌちゃんはベッドの中でこっそり泣いてさ。その反動みたいに、ばくばくものを食べるようになっちゃった。その結果が、今のこの彼女の体形ってわけだ。
頭の奥にちらちらと再現されてくる彼女の記憶をじっと見つめながら、俺は半眼でくそ可愛らしい妹の顔を見た。悪魔ってのは、実際こんな天使みたいな笑顔をしてるに違いないと思いながら。
「はあ。そッスね」
「はあ? なんですの、その下品な言葉遣い!」
アンジェリクがさっそく、出来の悪い姉の尻尾をつかまえた顔で口の端をひきあげる。めっちゃ楽しそうだな。
(あーあ。いくら美少女でも中身がこれじゃ、どんな綺麗な顔もそうは見えなくなっちまうわー)
人間、やっぱ顔より性格ですって。
俺はああいう姉貴がいるんで、あんま女に夢なんて見てねえけど、こういう子に世の男どもはだまされまくってるんだろうなー。そんで結婚してから「だまされたあ!」とか叫ぶんだろうなー。
ご愁傷様です。見る目がなかったとしか言いようがねえけどな。
「いま一度、家庭教師におつきになって、いちから礼儀を学ばれたほうがよろしいかもしれなくてよ? お姉さま」
「ハイハイ。ソーデスネ」
俺は完全に目と声を平板にして口元を拭うと、「今日は体調がよくないんで」とあっさり言って、食膳の間をあとにした。中座するのはパパンに対して不敬でもあるんで、あんまり褒められたもんじゃないんだけど、体調が悪いって言えば許してもらえる。
(はー。くだらねえ)
こんなんでよかったの? シルヴェーヌちゃん。
少なくとも、俺はやだね。
このわけもなくバカにされちまう体形とともに、この環境もさ。
あの妹のこともさ。
(よーし。決めた!)
俺はとある決意を胸に、いさんで自室に戻ったのだった。
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