高校球児、公爵令嬢になる。

つづれ しういち

文字の大きさ
上 下
9 / 143
第一章 謎の世界へぶっとびました

7 はい、可愛くない妹の登場です

しおりを挟む

 で。
 結論から言うと、受難はそれで終わりじゃなかった。
 それは家族そろっての晩餐の席だった。
 広い「食膳の間」に集まりでかいテーブルについた家族は、俺を入れて七名。
 その周囲に、食事を進行させていく侍従長や侍従たち、メイドさんたちが動き回っている。

「また思いきったことをしたものだね、シルヴェーヌ」

 たいへんお上品にナイフとフォークで肉を切り分けながら上の兄、つまりこの家の長男であるアルフレッドがまず口を開いた。パパンによく似た金髪にブルーの瞳。掛け値なしのイケメンだ。いまは25歳。言わなくてもわかると思うけど、こいつめちゃくちゃ女にもてる。
 性格はおだやかで、長兄らしく落ち着いている。でも、貴族としての教育をいちばんきちんとほどこされているだけに、家のことになると言うことが厳しくなるみたい。

「婚約破棄の違約金はお前の個人資産から支払うらしいから、いいだろうけど。婚約式の前でまだよかった。正式な婚約後なら、かなりの額になったろうからね。その場の流れで男爵を子爵にしてやるというお話も出たようですが、いかがなさるのですか、父上」
 後半はパパンへの質問だ。
「そうだな。別にそれもどうということはないが」
 パパン、さすがに時間を置いて気持ちがおちついたのか、受け答えはおだやかだった。さりげなく口元をナプキンでぬぐう姿もすがすがしい。
「陛下にあれこれお願いすると、皇室に変な借りをつくることになるからね。できることならそれは避けたい。アルフレッドの言うとおり、婚約式の前だったことでもあるし」
「そうですね。それがよろしいかと思います」

 ってことで、どうやらこの話、俺の……ってかシルヴェーヌちゃんのポケットマネーで違約金を支払うことで落ち着きそうだ。しかもそんなに高額にはならなさそう。やれやれ。

「だけど本当にそれでいいの、シルヴェーヌ。やっと持ち上がった縁談だったのでしょう? あなたもまだ18歳。まだまだ遅いということはないけれど、もったいないことをしたのではなくて」

 次に口を開いたのは、長男のふたつ下の姉、テレーズだ。こちらも豊かな金髪のすごい美女。瞳はエメラルドみたいな、めちゃくちゃきれいな緑色だ。ツンとすましてはいるけど、別にシルヴェーヌに意地悪なんかはしたことがない。
 ってか基本「敵になるはずもない、ならば興味なし」って感じかなあ。だから冷たくもない代わり、別に温かくもない。どこまでも無関心。今回も「話のついでだから口を挟んだ」っていう雰囲気だ。
 この人はシルヴェーヌとは天地の差で、あっちこっちから縁談が舞い込んでいる。最もよい条件の相手を好き放題に選べる立場だ。年齢も年齢なんで、そろそろ決めたいところだろうけど。

「思いきったことをしたもんだな。でも、いずれはちゃんと身を固めろよ? いつまでも公爵家で三人分の食い扶持を消化しまくってないでさ」

 ちょっと口の悪い二番目の兄は、テレーズの下のベルトラン。20歳で、金髪に緑の瞳。こっちは活発な体育会系のイケメンだ。実は皇室づきの第一騎士団所属で、いつもなら騎士団の宿舎で寝起きしているんだけど、今回はちょうど休暇をとって家に戻ってきていたらしい。
 騎士団員らしく、こういう場ではかちっとした軍服に身をつつんでる。正直かっけえ。いいよなあ、こういう制服って男の憧れっていうかさあ。

 ──さて。
 順番からいくと、これで遂に最後の発言者が登場するわけだけど。

「ほ~んと。大丈夫なのぉ? お姉さま」

 きゅるんと高い可愛い声。でも、言うことに可愛げはいっさいない。
 ピンク色の豊かな髪に青い瞳。そして、まるで人形かと思うような整った顔。触れたらとろけそうな唇。これぞ、まさに超美少女だ。
 そしてこれぞ、懸案の妹のアンジェリクだった。
 16歳になり、つい先日社交界にデビューする「デビュタント」とやらを済ませたばかりなんだけど、すでに各方面から何百件もの結婚申し込みが殺到しているらしい。

「そのままき遅れておしまいになったら、お父さまとお母さまの悲嘆ははかりしれませんわよ? 家計にもかなりご負担をおかけなんですし、お立場をわきまえてくださらないと困ります」

 ははあ。「おもに食費で負担をかけてる」って言いたいんだなこの子。自分のドレスやらアクセサリーやらの方が、バカほど金かかってるって知らねえのか?
 もうわかったと思うけど、この子はなぜかシルヴェーヌをすんごい目のかたきにしている。普段からものいいはキツいし、陰に日向ひなたにイジワルっちゅうか……ま、要するにイジメだな。それをやらかしまくっている。
 言葉で攻撃するなんて日常茶飯事。それ以外にも、物心がついたころから自分づきの侍女やメイドをつかって、シルヴェーヌちゃんに対してありとあらゆる嫌がらせをやってきた。

 楽しみにしていたデビュタントで着ていくドレスが、なぜか切り裂かれていたり。
 シルヴェーヌちゃんの主催でせっかく開いたお茶会で出したお菓子が、なぜか全部砂糖でなくて塩で味付けされていたり。
 そんなことの繰り返しだ。
 はっきりと犯人がわかったわけじゃねえけど、ほかにこんなことをするきょうだいはいねえ。使用人がやるわきゃねえし。でもシルヴェーヌちゃんはほとんど何も言えなかった。妹に比べるとずっとおしとやかで控えめな性格だったのが災いしたんだ。

 シルヴェーヌちゃんがパパンやママンにお願いしてお願いして、やっと買ってもらった可愛いドレスやアクセサリーを急に欲しがっておねだりし、シルヴェーヌちゃんから取り上げたことも一度や二度じゃない。
 パパンやママンは、末っ子で超美少女のアンジェリクにはめちゃくちゃ甘い。「目にいれても痛くない」なんて言うけど、まさにアレで。だから一も二もなく「あなたはお姉さまなのだから。少しぐらい我慢できるわね」なんて言って、それらドレスやアクセサリーをいとも簡単にアンジェリクにあげてしまった。

 愛情だって同じこと。
 アンジェリクならちょっと言っただけで聞き届けてもらえるお願いも、シルヴェーヌは五回も六回もお願いしてやっと聞いてもらえる。
 パパンとママンは「姉妹に差はつけていない」とおっしゃってるが、そんなの完全に建て前だ。そんなことぐらい、シルヴェーヌちゃんにだってちゃんとわかっていた。いや、わかんねえはずがねえし。

 そんで。
 そのたびにシルヴェーヌちゃんはベッドの中でこっそり泣いてさ。その反動みたいに、ばくばくものを食べるようになっちゃった。その結果が、今のこの彼女の体形ってわけだ。
 頭の奥にちらちらと再現されてくる彼女の記憶をじっと見つめながら、俺は半眼でくそ可愛らしい妹の顔を見た。悪魔ってのは、実際こんな天使みたいな笑顔をしてるに違いないと思いながら。

「はあ。そッスね」
「はあ? なんですの、その下品な言葉遣い!」

 アンジェリクがさっそく、出来の悪い姉の尻尾をつかまえた顔で口の端をひきあげる。めっちゃ楽しそうだな。

(あーあ。いくら美少女でも中身がこれじゃ、どんな綺麗な顔もそうは見えなくなっちまうわー)

 人間、やっぱ顔より性格ですって。
 俺はああいう姉貴がいるんで、あんま女に夢なんて見てねえけど、こういう子に世の男どもはだまされまくってるんだろうなー。そんで結婚してから「だまされたあ!」とか叫ぶんだろうなー。
 ご愁傷様です。見る目がなかったとしか言いようがねえけどな。

「いま一度、家庭教師におつきになって、いちから礼儀を学ばれたほうがよろしいかもしれなくてよ? お姉さま」
「ハイハイ。ソーデスネ」

 俺は完全に目と声を平板にして口元を拭うと、「今日は体調がよくないんで」とあっさり言って、食膳の間をあとにした。中座するのはパパンに対して不敬でもあるんで、あんまり褒められたもんじゃないんだけど、体調が悪いって言えば許してもらえる。

(はー。くだらねえ)

 こんなんでよかったの? シルヴェーヌちゃん。
 少なくとも、俺はやだね。
 このわけもなくバカにされちまう体形とともに、この環境もさ。
 あの妹のこともさ。

(よーし。決めた!)

 俺はとある決意を胸に、いさんで自室に戻ったのだった。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...