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第一章 謎の世界へぶっとびました

6 パパンとママンを説得いたします

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「……はい?」
「おっ、おおおお嬢様っ?」

 背後に立っていたエマちゃんが真っ青になって震えだす。
 バジル氏はまだ、いまひとつわかってない顔だ。

「あの……シルヴェーヌ様」
「なにざます」
「……そ、その。『白紙』というのは──」

 なに? こいつ、これでもわからないのか?

「ええと、いま言ったとおりだよ……ざます。今回の婚約はなかったことに。つまり婚約破棄ってことだな、ざます」
「お、お嬢様っっ!」

 エマちゃんが慌ててそばによってきた。なんかもう見るに見かねてって感じだった。そのまますぐに俺に耳打ちをする。

「あの。さし出がましいことですけれど──」
 こしょこしょこしょ。
「あ」

 それを聞いて「しまった」と思う。
 いかんいかん、「ざます」じゃねえわ。語尾まちがえた。貴族のお嬢様しゃべりってどんなだっけ……とか色々考えて準備する前にこいつに会っちゃって、ちょっと混乱してたみたい。 
 確か貴族のお嬢様は「ですわ」って言うんだっけか?

「あ、あの……シルヴェーヌ様? 婚約破棄、ということになりますと──」

 バジルも青い顔をしている。
 俺はこほん、とひとつ咳をした。

「わかってます……ですわ。違約金みたいなのが必要なら支払いますですますわ」

 なんかどんどん語尾がおかしくなってるけど、もういいや。
 意味が通じれば結果オーライってことで! 

 そもそも、公爵家と男爵家での婚姻自体がイレギュラーなんだし、シルヴェーヌちゃんが「やっぱやーめた」って言えばそれで終わりの話だ。違約金ったって、公爵家の莫大ばくだいな財産からいったらスズメの涙ってなもんだろうしさ。
 なんならシルヴェーヌちゃんのお小遣いでもなんとかなるはず。なんたって彼女は姉や妹みたいにドレスやアクセサリーやお茶会で散財することもほとんどなかった子だ。個人の財産だけでも相当もってる。金で済むならオーライってとこだろう。
 それに俺、これだけは一応考えて来たんだよね。

「なんでしたら、子爵の爵位にグレードアップできるよう、お父様とお母様に相談してもいいですよですわ」
「ぐれーど……え? どういう意味でしょうか」
「えっと。つまり貴族のランクをいっこ上げるってこと……ですわ」
「は? 『ランク』とは──」

(あ。しまった)

 どうやらここでは変に英語とか使うと理解してもらえないっぽい。俺はあれこれ説明し、ようやく理解してもらえた。
 話を理解したバジル、急にぱあっと顔が明るくなった。

「ええっ? 本当ですか」

 正直なやつだなー。なんだよその嬉しそうな顔はよー。
 それじゃまるっきり「私はお嬢様自身ではなく、あなたの地位と財産が目当てだったのです」って言ってるようなもんじゃんよ。
 でもま、俺はそういうの嫌いじゃねえよ。なんかわんこみたいで可愛いし。思ってたほど悪どいやつじゃなくて良かったじゃん。
 だけど多分、それじゃ腹芸まみれの貴族社会でやってくのは難しいかもしんねえなー。って、俺が言うことでもねえけど。
 俺は「おほほほほ」と平板に笑うふりをした。たぶん目はまったく笑ってねえ。

「んじゃ、どっちかで手打ちってことでいいよな? ですわっ」
「は、はいっ。ではどうぞよろしくお願い致します。公爵様にどうぞよろしくお伝えくださいませ。後日、またあらためてご両親さまにご挨拶に参ります!」

 そう言って、バジル氏は喜びいさんで帰っていった。
 めでたしめでたし。

 ……いやいや。そうはいかなかった。

「なんっ……なんということをしたのですっ!」

 案の定というかなんというか、当然のように父親と母親から雷が落ちたんだ。
 さっそく二人に報告にいった俺は、父親である公爵ドナシアンと、母親である公爵夫人サンドリーヌにえらいお目玉を食らったんだ。
 父親のドナシアンは、昔はさぞやイケメンだったんだろうなって感じのイケオジだ。金髪に青い目。母親のサンドリーヌも相当な美人だ。ただ性格はめちゃキツそう。シルヴェーヌの赤い髪はどうやらこの人ゆずりだな。
 ドナシアンは頭を抱えている様子だったけど、サンドリーヌは完全に激昂げきこうしている。

「どういうつもりなんです、シルヴェーヌ! せっかくあちらから『ぜひにもあなたを』と望まれて、やっと婚約までこぎつけたというのに! 次にこんな縁談が舞い込む希望なんてほとんどないのよ? どうするつもりなの。公爵家の顔に泥をぬるつもり? 黙っていないでなんとかおっしゃい!」

 って、いやいや。
 さっきから口を挟ませる隙もないじゃないッスかシルヴェーヌのお母さーん。
 なんなの、そのマシンガントーク。
 ったく、うちのおふくろ以上に口うるさいぞ、このおばちゃん。
 俺はほとんど、耳の穴をほじりそうになりつつその甲高いお小言を右から左に流していた。こういうのには慣れっこだからな。

「だってお母さま。あいつ、俺……わ、わたしのことをこれっぽっちも愛していなかったんだぜ……でっ、ですわ」
「はい? なんですって」

 ママンの片眉がぴくりと上がる。それはまあ、俺の変なしゃべりかたのせいもあったんだろうけどさ。

「貴族の結婚に、愛情などは二の次です。基本は家と家のつながりであり、すべては政略結婚といってもよいほど。わたくしのように、運よく旦那さまと愛し愛される仲になれる人たちもいるけれど、それも結婚後にわかること。そんなこと、あなただって十分承知でしたでしょうに」
「はあ。まあそーっすね」
「なっ……なんなの、その口のききかたは!」
「あ、すんません……ですわ」

 てきとーに語尾に「ですわ」をつけてごまかす俺。

「ま、とりあえずバジルは後日また来るって言ってたんで。そん時にちゃんと話を詰めましょってことで。ではでは!」
「あ、ちょっと! 待ちなさい、シルヴェーヌ!!」

 待てと言われて待つバカがどこにいる。
 俺は風のように──って言いたいとこだけど、そこはほれ、重量級のシルヴェーヌちゃんだ。どすどすと床を踏み鳴らしつつ、いま出る最高速度でもって自分の部屋に逃げ帰った。
 
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