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第四章 接近
6 紛糾
しおりを挟む佐竹は、話した。
なるべくかいつまんで要点のみにしたのだが、それでも時々差し挟まれるアキレアスやドメニコスの質問に答えるなどもしたため、半時間ほどは掛かってしまった。
ともあれ、ひと通り話し終わって一歩下がると、アキレアスが感心したように佐竹を眺めて苦笑した。
「いやいや……。なかなか殊勝な男よな、その若さで」
何やらにかにかと、非常に楽しそうだ。
「突然、わけもわからぬ者に奪われた友人を追って、どこかもわからぬ世界へ脇目も振らずに飛び込んだとは――。少し分かったような気がするわ。あのゾディアスが入れ込みたくなる理由がな」
がっはっは、と豪快な笑声を上げ、元帥閣下は周囲を見渡した。
「なあ、おのおの方。今の話、聞いてどう思うた。確かに奇妙奇天烈な顛末には違いないが。この男、何か噓や偽りを申していると見えたかな? 少なくともこの私には、とてもそうは思えなかったが」
「ん……むむ」
宰相ドメニコスは困ったような顔で佐竹を見上げている。疑念のすべてが晴れたというわけでもないようだったが、押しの強いアキレアスにこう言われると、この老人もそうそう強気な発言はできないらしかった。
将軍アキレアスは、少しわざとらしいほどに、片眉をちょっと上げたお茶目な表情を作って言った。
「なあ、ご老人。この件はもう、ここまでにせぬか。いずれにしても、向こうはこのサタケ上級三等を交渉役にと指名してきておるのだ。ここを断ったのでは、進む話も進むまい」
「むむ……」
「それに、異なる世界から来た二人にそれぞれの国の窓口にならせるというのは、なかなかいい案でもあると思うぞ。南にも北にもしがらみのない二人の人間がここに居るというのは、まさに天恵ではないか? ……まあ私も、敵国の王をあまり褒めたくはないのだがな」
ドメニコスは、それでもまだぐずぐずと心を決めかねる様子だった。周囲の文官たちをちらちら見やり、ひそひそと言葉を交わしている。
アキレアスはわざとらしく、盛大に溜め息をついて見せた。
「そうまで気になるなら、この者を見張るため、『交渉班』の中にご老人の息の掛かった者をいくらでも参加させておけばよかろうが。……その辺り、おぬしらも依存はないな?」
くるりと将軍に見返られて、ディフリードと佐竹は首肯した。
「もちろんでございます」
「……いかようにも」
素っ気無く礼を返す佐竹を、アキレアスはまた楽しげに見返した。そして次に、ヨシュアとディフリードに目を移した。
「さてさて、それでは時間もないことですし。次なる議題に参りませんと。次は何だ? ディフリード」
「は。かの国の提案の第二、『一時停戦』についてでございます――」
一分の隙もない礼とともにディフリードがそう答え、会議は更に次へと進んだ。
まず、重臣たちの一致した意見として、停戦にはもちろんみな賛成だった。
しかし、その条件の設定については、相当に会議は紛糾した。
ディフリードらが予想していた通り、問題の肝は謝罪と補償のありかただった。
南の国はもちろんだろうが、この十年弱の戦争で、こちらも人的、物的に多大の犠牲を強いられてきた。あちらから一方的に攻め込んできた上に、いきなり勝手に「停戦してくれ」と言いだすからには、それ相応の補償がなくては困る。強制的に家族の命を奪われ、物資を供出させられてきた多くの民とて、納得しはしないだろう。
これが地球での話なら、過去の戦争で一般的だったような、領土や利権の一部割譲などが考えられるのかもしれない。だが、この惑星ではあまり意味がないのだ。
まず、たとえあの過酷な「赤い砂漠」を隔てた遠隔地に領土を貰ったところで、こちらにはそれを利用する手段がない。もしも<白き鎧>の機能を今よりも使いこなせるようになり、もっと頻繁に人や物の空間転移が行なえるようになったとしても、それに一体どれほどの意味があろうか。
何より、周囲のノエリオール領から一気に攻め入られればそれまでのこと。あっという間に領土を取り戻されてしまうばかりだ。第一そのような危険区域に、いったい誰が入植したいと思うだろうか。
ある種の利権に関してもまた同様である。国土がこれだけ隔てられていて、なおかつ有用な移送手段がないのだ。となると、例えばあちらの鉱山のひとつ、その権利を丸ごと貰えたとしても、わが国の商業ギルドがそれを利用する手段もないという、訳の分からない話になってしまう。
いやもちろん、ひとつの鉱山が稼動しなくなることで、あちらの国の収入手段のひとつを絶つという、ある種戦略的な打撃にはなるのかもしれないが。だが結局その程度では、こちらの利益になったというほどのことではない。要するに、うま味がなさ過ぎるのだ。
となれば、結局は即物的に、金品による補償が妥当ということになるのだろう。だがその多寡や移送手段についても、これまた千々に意見が分かれてまとまらなかった。
兎も角も、老人方はなるべくのこと、あの<鎧>の空間転移機能を使いたくないらしい。何よりも、あの<暗黒門>からすぐにでもあの「狂王サーティーク」が飛び出しては来るまいかと、とにかく戦々恐々なのだ。
もちろん、先般の「冬至の変」のことを思えば、それも無理からぬ話ではある。
以上のような事を何刻もかけて延々と話し合った末、重臣たちは結局、非常に中途半端な結論に至ったのみだった。
つまり、
『一時停戦には賛成。しかし合意条件については南の国との更なる折衝が必要』
というのである。
そうして、本日の会議は散会した。
◇
会議は深更にまで及んだ。やむを得ず、ひとまず皆に解散が宣言された頃には、夜の帳がすっかり王城を取り囲んでいた。御前会議の面々は三々五々、会議の間を後にした。
ヨシュアが退室し、人々が次々に部屋を出ていってから、ディフリードと佐竹も外へ出た。
「……おう。どうだった」
会議の間を出た所で、廊下の隅、柱の陰から短い金髪、巨躯の男が現れた。ゾディアスである。どうやら、そこで会議が終わるのを待っていたらしい。
が、彼に答えるより先に、後ろから別の野太い声が掛かった。
「おお、サタケ上級三等」
元帥閣下、アキレアスである。その歳にして筋骨隆々とした偉丈夫だが、さすがにゾディアスほどの背丈はない。元帥は他の元帥らに手を上げて先に行かせると、こちらに向かって大股に近づいてきた。
何故かゾディアスがそれを見て、小さく舌打ちをしたようだった。
「なかなか、面白い話だった。もう少し詳しい話も、また聞かせて貰いたいものよ」
「……は」
応えて小さく会釈すると、佐竹はいきなりアキレアスから、背中をばしばしと叩かれた。
「はっは! こりゃ可愛いわ! ゾディアス、貴様が気に入るのもよく分かる!」
ゾディアスよろしく、これまた情け容赦のない力である。
いや、痛いなどと言うものではない。
佐竹は思わず顔を顰め、ディフリードはさも気の毒そうに流麗な苦笑を顔に乗せた。が、それでも毫も助ける気はない様子だ。
けたけた笑っている元帥を、ゾディアスが嫌そうな目で見下ろした。
「なに、すっとぼけたこと吐かしてんだ、オヤジ。ちゃんとうまく行ったんだろーな?」
丸太のような太い腕を胸の前で組み、さも面倒臭げな顔だ。だがこれは、明らかに確認だった。やはり事前に、二人の間でなんらかの情報交換や話し合いがあったのだろう。
「オヤジ」と言っても、別にこの二人には血のつながりがあるということでもないらしい。要は、軍隊内で古くから親しくしている年の離れた上官と部下、ということなのだろう。いわば「オヤジ」は愛称だ。
「誰に言っとる。無論よ、決まっておろうが! サタケのことでは最初から、どうせあのケツの穴の小さい爺いどもがやいのやいの言うのは目に見えておったからな。時間と手間は、先に省いておくに限るわ――」
(……なるほど)
となると、会議の初め、佐竹に対してわざとらしいほどに不遜な目線をくれ、いかにもこちらを信用していない風を装って見せたのも、この将軍一級の作戦だったのに違いない。あれをきっかけに、宰相ドメニコスが腹の中を話しやすくなったのは間違いないのだ。結果的にはそのお陰で、随分と会議そのものの時間が短縮されたではないか。
佐竹は思わず、心の中で舌を巻いた。さすが年の功と言うべきか。
「そっか。なら良かった。あんがとよ、オヤジ」
ゾディアスが片頬を上げてにやりと笑うと、それを見上げてアキレアスも苦笑した。
「お前も、面倒がらずにそれなりの地位になっておればよかったものを。せめてディフリード程度になっておけば、なにもこんな廊下の隅で待っておらずともよかったであろう。万騎はもちろん、竜騎でも、まだまだお前の器には及ばぬであろうものを――」
言いかける元帥を、ゾディアスは顔の前で、巨大な手をぶんぶん振って遮った。もはや「はいはい」と言わんばかりだ。
「言いっこなしだぜ、オヤジ。その話はもう、死ぬほどしただろっつーの。わかってんだろ? いい加減、諦めろや」
無骨なゾディアスの顔を見つめる元帥の目は、「困ったやつだ」と言いながらも、まるで我が息子を見るかのような温かな光を湛えていた。
「まあ仕方がない。ともあれ、これで『借り』のひとつは返したぞ。……ではな、サタケ、ディフリード。また明日の会議も、宜しく頼む」
「……は」
「お休みなさいませ、閣下」
それぞれに礼をして将軍を見送る二人を後目に、ゾディアスは両手を頭の後ろで組んで、くるりと踵を返した。
ディフリードは頭を上げると、ふう、とひとつ息をついて妖艶な笑みを浮かべた。
「まったく、恐れ入ったよ。あのアキレアス元帥閣下まで垂らしこんでるとはね。意外と悪い男だよねえ? ゾディアス竜騎長殿も」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。おめえじゃあるまいし」
ゾディアスがディフリードを嫌そうな目で見返している。
「なに、大して違わんだろう。一体、どんな恩を売ってるんだか――」
美麗な顔に笑みを乗せ、ディフリードがいつものように、二本指を頬に添えて小首をかしげて見せた。
たった今、そこに花が開いたかと思われるような麗しい微笑みだった。
「うるっせえ。てめえにだきゃあ、ぜってー教えねえわ!」
ゾディアスの怒鳴り上げる声が、夜の王宮に響き渡る。が、ディフリードはごく涼やかな顔で、柳に風と受け流した。廊下のそこここに立つ衛兵たちが、びくりと驚いてこちらを見ている。
「まあ、大体想像はつくけどね? どうせまた、戦場でお命をお助けしたとかなんとかいったことだろう?」
「ほかに何があるんだい」と言わんばかりのディフリードを、ゾディアスもはや完全に無視した。そうして佐竹に向き直り、またもや肩に鋼のような腕を回してくる。
「さっ、帰ろうぜ~。明日は朝から会議なんだろ? もう随分な時間だが、それでも稽古はすんだよなあ、サタケ? 付き合うぜ~」
「……恐れ入ります」
一応礼を言いながら、再びその腕の下から、さりげなく抜け出す佐竹だった。
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