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第二章 白き鎧
3 霊廟
しおりを挟むフロイタール北部辺境、山間部。
<召喚の間>発見以降、時を置かずに<白き鎧>の捜索も開始された。
追加の後続部隊は三百名ほどの騎馬兵で構成されたもので、その約一週間後、竜騎長ゾディアスに率いられてミード村に到着し、即座に捜索に加わった。
日々、少しずつ明るい時間は増えてきているが、それでもせいぜい薄暮ていどの明るさである。なかなか視界が良好というわけにも行かず、捜索は難航していた。
ズールの遺してくれた「覚書」によれば、<鎧>は<召喚の間>からさほど離れた所にあるわけではないらしい。だが、捜索を始めて二十日たっても、いまだ発見には至っていなかった。
慣れない者が山に入ることは、ただそれだけでも危険を伴うものである。時おり現れる猛獣にも備えねばならない。それやこれやを鑑みて十名ほどの小隊に分かれての行動になるため、効率は余計に悪くなった。
様々な危険を回避するため、それぞれのチームにはミード村の猟師や山師など、山に詳しい者が多く協力してくれている。そのお陰で今のところ、幸いにしてわずかの軽傷者を出したのみで済んでいた。
今日もまた、佐竹は夕刻になってから兵士らと共に村に戻った。相変わらず、これといった成果はない。兵らにはそろそろ疲労の色が見え始めていた。
村の入り口あたりで下馬し、馬を担当の兵士らに預けたところで、文官長ヨルムスが少し興奮気味に駆けよってきた。
「サタケ、ちょっといいだろうか」
「は。なんでしょうか」
この初老の男はあれ以来、ずっと<召喚の間>の調査に掛かりっきりになっている。いつもは後ろで三つ編みにし、きちんと綺麗に整えている薄青い白髪も、あちこち解けて乱れていた。
ヨルムスは佐竹がそばにやってくると、急きこんで話し始めた。
「あの文様の解読のことだ。結構進んではきているのだが。ちょっとここを見てくれないか」
言いながら、持っていた書類を近くの篝火に照らして見せてくる。男はときどき指先を舐めながら、もどかしげにぱらぱらとページを捲っては佐竹の目の前に差し出した。
そこには文様の精緻な模写と、彼が先日から打ち込んできた解読の成果がびっしりと書き込まれている。
「ほら、ここと……ああ、ここだ。何箇所か、『陵墓』とか『霊廟』という言い回しが出てくるんだが。そして必ず、それが『鎧の稀人』と『母なる兄星』という単語に関連づけられている……」
佐竹も顎に手を当てて、じっとその書面を凝視した。
確かに言われる通りだった。
(母なる、兄星だと……?)
『陵墓』や『霊廟』はもちろんだが、その言い回しにも引っかかる。思わずちらりと見上げれば、今も天空に巨体を晒している惑星が地上を睥睨していた。
あの「兄星」を「母」と呼ぶ、その理由は一体なにか。
「それと、これもだ。『稀人』は、『鎧』を司りし者……。これは今の我々にもぴんとくる。陛下は確かに、あの<鎧>を司るお方だからな。しかしこの『霊廟』とは、どうなんだろう? 歴代の王陛下は、皆様ちゃんと国の陵墓にお眠りあそばしているはずなのに──」
言われてみれば確かにそうだった。王族の陵墓はみな、王都アイゼンシェーレンに程近い場所にあったはずである。
(王族の、陵墓……。霊廟──)
次の瞬間、はっとした。
思わず顔をあげ、目の前のヨルムスを凝視する。
文官長は驚いたようだった。
「な、なんだ。どうしたんだ? サタケ」
「あ、……いえ。なんでもないのです。申し訳ありません」
が、佐竹はそう言ったのみで、すぐに元の姿勢に戻って沈黙した。このことを、すぐにヨルムスに告げるのは躊躇われたのだ。
「そうかね……? ともかく、あの文様からだけでも様々のことが分かりそうだよ。私は引き続き、あれの研究を進めてみようと思っている。<鎧>の捜索そのものは君たちに任せきりで申し訳ないのだが……」
「いえ。そちらはどうぞお任せください。文官長様はどうか、そちらのほうをよろしくお願い致します」
言って一礼すると、ヨルムスは大きく頷いて踵を返した。妙に軽い足取りで宿所へと戻っていく。その背中はなんとなく若返ったように見え、「明日が楽しみで堪らぬ」といわんばかりだ。
ヨルムスが去ってからも、佐竹は暫く考え込んでいた。
(『霊廟』……か)
そうなのだ。
あの時のごたごたで、ついうっかりしていたのだが。
(ナイト王のお体は、あのとき一体どうなった……?)
ズールが話してくれた、七年前のあの事件。
ナイトが亡くなり、内藤がこの世界につれて来られてから、ズールはナイトの亡骸を一体どこへやったのか。
あの痩せた老人一人で、秘密裏に王の陵墓まで運んだとは考えにくい。なぜならその時にはすでに、ナイトの意識を植え付けられた内藤もその場にいたはずだからである。彼の目を盗んで何かをするなど、到底不可能なのではないか。
(だとすると……)
その遺体は、まだあの<白き鎧>の中にあるままなのではないだろうか。
しかしその後も、「ナイト」になった内藤がそこで何度も<鎧の稀人>としての務めを果たしている。そのことから考えれば、それは目に触れる形ではそこにない。
つまり──。
(<鎧>は、王たちの『霊廟』としての機能も果たす、ということか……?)
戦慄を禁じえなかった。
が、そうとでも考えるよりほかはないようである。
佐竹はそうして様々に考えをめぐらせつつ、自分の天幕へと戻った。
宿所として提供された村の家は何軒もあったけれども、それは当然ながら数が限られている。三百名もの兵士全員にはとても行き渡らなかった。そちらは怪我人や体調のすぐれないものに優先して使わせることになり、大半の兵士は村の敷地のあちこちで野営用の天幕を張って寝起きしている。
部隊長であるディフリードと文官たちだけは、提供された村民の家を使わせてもらっているが、佐竹は固辞した。今はほかの兵たち同様、天幕のほうで寝起きしている。マールはもちろん、自宅を使っていた。
ちなみに、やはり三百名もの兵らの糧食をこの村だけで賄うのは無理があるため、ゾディアスは王都から十分な糧秣も運んできている。
「おう、サタケ。戻ったか」
佐竹同様、天幕での宿泊を希望したゾディアスが、その入り口前で仁王立ちになって待ち構えていた。この巨躯の上官は、長引く捜索にも特に疲れも見せず、ただ飄々と日々の任務をこなしている。
「連日の捜索で、兵にも疲れが出始めてる。そろそろ、人員の入れ替えが必要だあな」
顎を撫でつつそんな事を言いながらも、当人は全く「平気の平左」といった顔だ。
こうして野外で活動してみて実感したが、この男が部隊にいるだけで、兵たちの士気は全く違ってくる。豪放磊落、不敵にして豪胆、かつ明るくて意外にも面倒見のいいこの巨躯の竜騎長の存在感は、他の者ではとても代わりの務まるものではなかった。
彼が部隊にいることで、この暗い中での手探りの捜索もどうにか続行できているといっても過言ではない。
考えてみれば、この男に最初に自分の味方になってもらえたことは、言葉に尽くせぬほどに心強いことだった。佐竹はもはやこの男には、通り一遍の感謝では済まないと思うほどである。
「ヨルムスのおっさんと、なんか話し込んでたな。なんだって?」
ヨルムスも、こんなガタイのいい男から「おっさん」呼ばわりはされたくないだろうに。密かにそんなことを思いつつ、佐竹はもと上官に淡々と事実を語って聞かせた。
「ふーん」とゾディアスも腕組みをする。
「なんつーか、どうも胡散臭えことが多いやね。今までは何でもかんでも『ご法度』だの『禁忌』だのってんで、陛下と宰相閣下しかご存知じゃなかったってえのもあるんだろうが──」
「……はい」
まったく、ゾディアスの言うとおりだ。あのナイトも言っていたが、この<鎧>に関する一連の秘事は、どう考えてもこの国の、いやこの惑星の「業」とでも呼ぶべきものに思われてならなかった。
ナイトはもちろん、あのサーティークでさえ、それに否応なく巻き込まれて人生を翻弄されてきた、哀れな存在に過ぎないのかも知れない。
かの恐怖の王サーティークがあれほどまでに<鎧>の存在を憎み、どんな犠牲を払ってでもその秘密を暴いて破壊せしめんとするのも、恐らくはこのことと無関係ではないのだろう。
(…………)
サーティークのことを思考に上せかけた佐竹は、しかし、それを敢えて中断させた。あの男のことを考えれば、当然、先日奪われた友人のことを思い出さざるを得ない。
今、彼のことで自分が感傷に浸っているわけにはいかなかった。
佐竹は朝晩の剣の稽古と禅による精神集中の鍛錬のときにはもちろんのこと、普段も敢えてそのことを考えぬようにしている。それは今、考えても仕方のないことだからだ。
感傷は、最も大切な土壇場の切所において、重要な判断力を鈍らせる。今の自分には、たった一つの判断ミスも許されないのだ。
ちなみに剣の稽古では、今もディフリードやゾディアスらが積極的に相手になってくれている。実戦経験の少ない佐竹のために、このただでさえ忙しい武官がたが相当多くの時間を割いてくれているのだ。
そのお陰もあって、今では佐竹にも、仄かな自信が芽生えつつある。
つまり先日のように、相手に片手で剣を止められるというような無様なことにはなるまいという自信がだ。
とはいえ無論、慢心は厳に慎むべきところではあるが。
(……次こそは、せめて)
せめても、奴と互角を目指す。
もちろんそれは、次が許されるならの話だが。
ゾディアスは何を思ったか、少し厳しい光を帯びた佐竹の瞳を覗き込むように見つめた。そうして、ただのほほんと頭を掻いた。
「ま、これを機に、きっちり白黒つけるのもいいんじゃね?」
そこにはどうやら、<鎧>のこともサーティークのことも、同時に含まれているようだった。
「要は、潮時ってことよ。……な? サタケ」
早速、例によって鳥肌の立ちそうなウインクが飛んでくる。が、さすがにこの流れにも慣れてきた佐竹は、眉ひとつ動かさずに受け流した。
ゾディアスが「ちっ」と舌打ちする。ちょっとつまらなさげな顔だ。
と。
「竜騎長殿! ゾディアス竜騎長どのォ──ッ!!」
ハッとして声のする方を振り返る。少し遅れて村に戻ってきたらしい捜索隊の一団が、慌てたようにこちらに走ってくるのが目に入った。
「おお、サタケ殿もご一緒でございましたか! ちょうどよかった!」
八人ばかりの部下を引き連れた小隊長が、ゾディアスとサタケの前まで駆け込んできてざっと地面に片膝をつく。後ろの兵らも同様に膝をついた。みな大きく肩で息をしているが、その顔は明らかに嬉しげだった。
ゾディアスがカッと目を剥き、轟くような声で叫んだ。
「あったか!」
「はっ! どうやら、それらしきものが──!」
「よし、ご苦労! よくやった!!」
ゾディアスは破顔して男のそばに膝をつき、ばしばしとその背中を巨大な手のひらで叩きまくった。多少痛そうにしながらも、男も部隊の面々も、ひどく嬉しそうににこにこしている。
ゾディアスがぐいと佐竹を振り返り、にかっと笑ってまた片目をつぶって見せた。
「あの女ったらし野郎に知らせてきな。俺もすぐ行く」
「了解しました」
佐竹は一礼して踵を返した。
そうして大股に、件の「女ったらし野郎」──竜将ディフリード──の宿所へと歩いていった。
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