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第九章 最終決戦

21 肉迫

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 俺は、しばらく考えた。
 背後と眼下では、すでに混乱が始まっている。消えた<北壁>を越え、すでに四つ足のもの、また翼を持った気味の悪い生き物が、次々にこちらへ移動してきているのだ。
 こちら側に残った魔族軍とヴァルーシャ軍が、奴らを見つけ次第急降下して、各個撃破に回ってくれている。
 時間はない。
 いずれにしても、マリアを説得できなければ、<北壁>も魔族側の<分限>も復活させることは難しいのだ。

(……やむを得ん、か──)

 俺は、鎧の腰帯から鞘ごと<青藍>を引き抜いた。
 それを黙ってギーナに渡す。
「ヒュウガ……?」
 俺は、驚いて目を上げた彼女にちょっと笑って見せた。
「持っていてくれ。頼む」
「ちょっと、何を──」
 俺は彼女の言葉を待たず、すぐに自分に<空中浮遊レビテーション>を掛ける。

《ガッシュ。ギーナを頼む》
《……おおよ。でも、気ぃつけろー?》

 思念での交流であるために、余計な言葉を挟まずとも、ガッシュはすべてを察してくれていた。俺はそのまま、まっすぐにマリアに向かって飛んだ。
「ヒュウガ……!」
 ギーナがハッとして俺を追いかけようとしたようだったが、ガッシュが即座に自分の周りに<魔力障壁>を出現させて、彼女が飛び出られないようにしてくれた。
 俺はマリアを包む光球の真正面へ出ると、そこで止まった。
 マリアが冷ややかな目で俺を見つめる。

「……どういうおつもりなんですの? ヒュウガ様。まさか丸腰で、このわたくしとやり合おうとでも?」
「いや。そうじゃない」

 そう言って、俺はさらに前に進んだ。
 マリアを包むシールドに攻撃されない、ぎりぎりの距離である。マリアからは、ほんの三メートルほどの所だった。

「マリアの『信じられない』という気持ちは、確かにもっともだと思う。それだけのことをされて来たんだ。人間不信に陥らない方がおかしいぐらいだ」
「…………」
「たとえ俺の所に迎えられたとしても、それはせいぜい、ふたりとか、三人とかのことだろうしな」
「…………」
「だが、今回はいにしえのドラゴンたちも保証してくれている。今度はせめて、マリアたちを心から『自分のところに迎えたい』と思ってくれる場所へ送ってくれると。……それでは、ダメなのか。本当に……?」

 マリアはひどく暗い顔をして、俺を見据えたままものも言わない。

「今のままで、本当にいいのか。この世界で、落ちて来た人々、転生してきた人々を苦しめて自分の憂さを晴らし続ける……未来永劫。それだけで、そんな人生で……お前は本当に幸せなのか……?」
「…………」

 俺にはマリアの、人としての感情に薄い、ひどく澄んだ碧い瞳が、なぜだか無性に悲しく見えた。
 俺はまた、じわりと前に進んだ。
 マリアとの距離、二メートル。
 俺の体はわずかにそのシールドに触れ、電撃がビリビリと皮膚を撃つのを感じた。これもまた、今は俺が魔力に守られた魔王だからこそ、ここまで近づけるのだ。
 が、それでもマリアの魔力の圧力はすさまじいものがあった。少しでも気を抜けば、このまま地面へ叩き落されるのは間違いない。
 びきっと俺の黒い鎧が軋む。肩のマントはびりびりと裂け始めた。

「やめて! ヒュウガ……!」

 後ろからギーナの叫ぶ声が聞こえる。
 だが、俺はやめなかった。

「『愛されたい』と思わない人間など、いるのだろうか。……お前のこれは、そう思って生まれてきて、それを手ひどく裏切られたからこその復讐劇だったんじゃないのか。……違うか?」
「…………」
「それを癒すには、どうしたらいい。……どうしたら、お前たちは納得できる? どうしたら、また人を信じようという気持ちになれる……?」

 ゆっくりとマリアに向かって両手をのばす。
 すると、鎧の手甲がバキバキと音を立てて砕け始めた。
 魔撃が遂に皮膚を裂きはじめる。激痛を感じて、俺は歯を食いしばった。
 それでも、マリアは表情を動かさない。もともと美しい瞳がガラス玉のように虚ろになって、俺をひんやりと見つめているばかりだ。
 俺はさらに、前に進んだ。
 マリアがカッと目を見開く。

《来ないでください。来ないで……!》

 そう言うなり、マリアはさっと片手をあげた。
 魔撃の抵抗がさらに激しくなる。それはもはや、小さな魔力の台風のようになって俺の全身に叩きつけられていた。
 電撃、火焔、氷結。そして毒と念動魔法。
 ありとあらゆる属性の魔撃が、俺の体に雨あられと降り注ぎ、俺の体から鎧ばかりでなく皮膚を、肉を、骨をも削ごうと襲い掛かってくる。人間のときにはなかったねじれた頭の角も、それは同じだった。
 鎧と角が軋み、バチバチとプラズマを放散する。凄まじい圧迫感で、心臓までもがり潰されそうだ。
 マントはとっくにほとんどが引きちぎられて、無残な布の残骸が残るばかりになっている。黒い鎧の表面も、氷結魔法で凍らされたところを急に炎熱魔法によって熱せられ、遂にビキッとひびが入った。
 魔力によって守られた鎧ではあるけれども、これほどの魔撃と物理の双方攻撃には、なかなか耐えられるものではないのだろう。

──バキッ。

 いきなり、頭部に激しい衝撃が走った。
 何かと思ったら、牡牛のような俺の角の片方にめきめきと亀裂が入っていく。やがてそれはぼろりと崩れ、くだけ散った。

「く……!」

 角を失ったその瞬間、俺の体の中から蓄えられていた魔力の一部が消えてなくなったのがはっきりとわかった。
 俺はしばし目を閉じ、自分のを整え直した。
 気を整えることで、この場にあって不必要な痛みを忘れるためだった。痛みに気を取られることで、最も重要な命を失うことを避ける。これは、そのためのひとつの方法だ。
 まさに、「肉を斬らせて骨を断つ」。
 だが無論、ここぞという正念場以外では使うべきものではない。

「ヒュウガっ! ダメだ! お願い、やめて……やめておくれよおおおっ!」

 ガッシュの背中で、ギーナが悲鳴のような声をあげている。他のみんなも同様だった。
「ヒュウガっち!」
「ヒュウガさまああっ……!」
 轟音の向こうに微かに聞こえるのは、レティとライラの声だろう。
 俺は再び目を開けて歯を食いしばり、さらにまた前に進んだ。

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