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第九章 最終決戦
14 絶叫
しおりを挟む《それは……そうかも知れない。だが──》
俺は一度おろした視線を、ぐっとまたマリアに戻した。
《あんたは、これ以上手を汚すな。『マリア』たちが新たに生まれ変わるためにも、もうこれ以上、罪を犯さないでもらいたい》
《……大きなお世話ですわ》
言った途端、先ほどよりもさらに巨大な魔撃がマリアの光球から突進してきた。が、俺が身構えるより早く、それは両脇から飛んできたいくつもの魔撃によって粉砕された。
「下がれどアホ! おめえが前でてどうすんだッ!」
飛んできた怒声はガイアのものだ。見れば、騎獣に乗った赤パーティーの面々と、もと緑パーティーの面々が、俺の周りをあっという間に取り囲んでいた。
「ヒュウガ様、いけません! たとえあなた様でも、あの者にお一人だけでは……!」
フレイヤも炎熱の魔撃を放ちながら叫んでいる。
《何人集まられても同じですわ。どうぞヒュウガ様、ご遠慮なく向かっていらっしゃいな。そうして、あなた様を慕ってくださる皆さまを、ご自分の道連れになさいませ!》
言葉と同時に、再び大量のマリアの魔撃が俺たちの上に降り注いできた。しばらくは、どうにか俺たちの<魔力障壁>で防げた。だが、やはり太刀打ちするのは難しかった。やがてシールドが薄皮を剥がされるようにしてめりめりと強度を弱めていき、遂にあちこちに穴が開きはじめた。
「ぐっ……! うあああ!」
「あっ……アルフォンソ様っ……!」
悲鳴の上がったほうを見れば、今まさにアルフォンソとユーリが騎獣プリンから落下していくところだった。プリンの背では、少年テオが鞍にかじりつきながら片手をのばし、「いやだ、アルフォンソ様あっ!」と絶叫している。
が、二人はどうにか地面すれすれのところで<空中浮遊>を使い、惨事を切り抜けることができた。それを確認したテオが、「あああ」と安堵したように鞍に崩れ落ちる。プリンがすぐに降下して、二人の救援に向かった。
《よそ見をしている場合ですか?》
上空からそんな声が掛かると同時に、また凄まじい魔撃が雨あられと降ってくる。防御人数が減って弱くなった部分をめがけて、ここぞとばかりに狙い撃ちされているのは明らかだった。
あらゆる属性魔法が轟音をあげてぶつかり合い、空気を焦がし、大量の水蒸気を放出する。きな臭いプラズマの臭いと共に、視界が再び、一気に遮られた。
だが、今の俺は魔王だ。目が見えずとも、魔力の存在は感知できる。
マリアから放出された巨大な魔撃が、またこちらに襲い掛かってくるのがはっきりとわかったのは、まさにそのお陰だった。
俺は即座に、ギーナと共にここまで続けていた防御魔法の詠唱をやめた。
そして遂に、腰の<青藍>の鯉口を切った。
ギーナがすかさず、そこに各種大量の<保護魔法>を乗せてくれる。フレイヤ、サンドラ、アデルの三人も、それに気づいてすぐに同じように魔法の重ね掛けをしてくれた。
<青藍>の刀身が、きらきらと緑青色に光り輝く。
俺はそれをぴたりと正眼に構えて、目には見えないマリアを心で見据えた。
魔撃が真正面から飛来する。目の前のシールドを押しのけ、打ち破ろうと、ぐりぐりと回転しているのがはっきりとわかった。
《ガッシュ!》
《おうよっ!》
ひと声そう言い、俺は<青藍>を振り上げて、強くガッシュの背を蹴った。魔撃に向かって突進したガッシュの推進力を利用して、より高く跳ねあがる。
「おおおおおおッ──!」
肉迫してくる魔撃。
俺はそのまま、<青藍>を振り下ろした。
ギイン、バリバリと魔撃と魔撃の衝撃波が放散される。炎熱魔法と氷結魔法とが打ち消し合い、大量の火花と水蒸気をまき散らす。電撃魔法が雷鳴のような轟音をたて、稲妻が蛇のように身をくねらせながら<青藍>の刀身に巻き付いてくる。やがてそれが、腕を伝って俺の体全体にも巻き付いた。
幸い<保護魔法>のためにさほどのダメージはない。だが、それでもまるでちりちりと全身の肌を焼くようだ。魔力を持たない「勇者」であったら、これだけでひと溜まりもなかっただろう。
さすがにすさまじい圧力だ。渦巻くマリアの魔撃の圧力で、少しでも気を抜けばこちらが擂り潰されそうだった。
背後から、ガッシュとギーナが魔撃を放って援護してくれる。さらに脇からフレイヤやサンドラも加わってくれているが、俺の刀身は次第にじわじわと押され始めた。
「く……!」
やはり、歯が立たんか。
俺はぎりりと奥歯を噛みしめた。
と、背後と両脇からぱりぱりと細かい光弾が発射されたのが見えた。魔族軍とヴァルーシャ軍の魔導師や魔術師たちが、再び援護射撃を始めたのだ。それは数千、数万という数で、次々にマリアを包むシールドに直撃した。
直撃した場所に次々と円形の振動環が広がり、マリアのシールドが七色に染まった。
全体が、まばゆいばかりに発光する。耳をつんざく衝撃音で、じいんと頭が痺れるようだ。
「あっははは! あーっはははは……!」
下方から微かに響いてくるのは、キリアカイの狂ったような哄笑だった。
「死んでしまえ! 滅んでしまえ……! 散り散りになって、消えてしまうがいい! ユウジン様の仇め。ハオランの仇めえええっ……!」
そちらを見る余裕などはなかったが、俺にははっきりわかった。
それは確かに哄笑ではあったけれども、一人の女が滅茶苦茶に魔撃を放ちつつ、ただただ大声で泣き叫ぶ声にほかならなかった。
「返して……! 返してえええッ! ユウジン様を、ハオランをおおっ……!」
と、俺を今にも凌駕しようとしていた巨大な魔撃がふっと消えた。
不意に霧散した魔撃の向こうで、マリアが気味の悪い目をしてじっと下方を見つめている。
それが誰を見つめているかを悟って、俺は即座に振り向いた。
「いかん! 逃げろっ、キリアカイ……!!」
が、遅かった。
呆然と上を見上げたままのキリアカイと彼女の騎獣に向かって、巨大な魔撃が俺たちの横をすり抜け、容赦なく突っ込んでいった。
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