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第九章 最終決戦

10 実体化

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《ここから一体、何人のお命を奪ったら、あなた様に匹敵するとおっしゃるのかしら。それが、偉大なる魔王陛下のなさることなの?》

「挑発に乗るんじゃないよ、ヒュウガ」
 ギーナが押し殺した声で言った。
「今は、あんたがみんなの大将なんだ。大将がやられたら、下手すりゃ全軍が総崩れになる。そうしたら、あいつはみんなをなぶり殺しにするだけさ」
 それはもはや、吐き捨てるようだった。
「もちろん、四天王もヴァルーシャ軍も、ただ黙ってやられはしないだろうけどさ。でも、今だってこうなんだよ? あんたがいなくなった連合軍は、マリアの敵じゃないはずだ」
「……わかってる」

(だが、どうする──)

 このままでは、ただじわじわとマリアに兵力を削られていくばかりだろう。そうでなくても、こちらの魔力は無尽蔵ではない。今の戦いの状況を見ても、マリアの蓄えている魔力はこちらとは桁違いだ。
 もはや、この戦いそのものが無謀だったのかもしれないと、俺はちくりと胸の奥に痛みを覚えた。

(それに、どの道──)

 もしも俺がここで死んでも、俺は恐らく、もとの世界の「日向継道」として目覚めるだけだ。本当の意味での死を迎えるわけではない。
 そういう意味では、こちらの兵士たちだってどこか別の世界で生まれ直すだけだと言えるのかもしれないが。

(いや……。ダメだ)

 あのマリアを、今のままこの世界に放置しておくわけにはいかない。
 あれはこの世界にとっての癌だ。際限なく増殖し、周囲の細胞を食い散らかして、遂には全体を滅ぼそうとする恐るべき悪意と、恨みの塊。
 あれをあのままにしていたのでは、この世界の人々は早晩、自分たちの未来を見失う。
 これから先、まだ何十年もの人生をここで生きるライラやレティや、そのほかのみんなの未来を、明るいものにしてやりたい。自分がいつ「勇者の奴隷」にされるともしれない、不安な生活を送らなくて済むようにしてやりたい。
 そして、魔族と人族とが手を取り合い、もっと建設的な形で平和に未来を志向する世界を作ってもらいたい。まやかしの「創世神」などに惑わされずに、きちんと現実を見て未来を作り出す、そんな世へと導いて欲しいのだ。
 そう思って計画した、今回のこの戦いではないか。

 俺ひとりが、ただ逃げることは許されない。
 こうして皆を巻き込んだ俺が、ここで逃げるなどは言語道断だ。
 だが、ただ俺が出て行って嬲り殺されるだけでは、皆の未来にはつながらない。
 俺は腰の<青藍>に手を掛けた。

 考えろ。
 考えろ。

(どうする。いったい、どうすれば──)
 
 が、勝ち誇ったようなマリアの思念が、俺の思考を邪魔してきた。

《だから、申し上げたでしょう? あなた方では、わたくしには勝てません》
《…………》
《さあ、出ていらしてください。ほかの兵たちが、さらに何百人、何千人と死んでから出て来ても意味のないことでしょう? その者たちの家族みんなから、心底恨まれるおつもりですか? この戦いの責任者たるあなた様、ヒュウガ様が、わたくしの前に出ていらしてくださいましな……!》

 マリアが誇らしげにそう言い放った、そのときだった。

──ズズズズズ……。

──ドドド、ドドドド……。

 周囲の空気と、眼下に広がる荒野の大地がびりびりと震えはじめた。

(なんだ……?)

 それを、どう形容すればよかっただろう。
 ともかくも、周りの空気が急に一変した感じがあった。今まで空気中に静かに溶けていたはずのものが、急に明確な意思を持ってある一点に集まろうとしているような。俺の目や耳や肌が、確かにそれを感じ取っていた。
 知らず、ちりちりと首の後ろの毛が逆立つのを覚える。俺は<青藍>のつかに手を掛けたまま、事のなりゆきを見定めようと気を鎮めることに集中した。
 と、突然その「存在」が、ぶわっと一斉に上空めがけて飛び上がっていくのが分かった。
 見えたのではない。感じたのだ。
 魔王としての魔力を備えた今の俺には、それが無条件に

「なっ、なんだ……あれは!」

 兵の誰かが突然叫んだ。
 皆は彼の指さす先、空のほうを思わず見上げた。

 先ほどまで隅々まで晴れ渡っていたはずの空に、いま不思議な彩雲のかたまりが、むらむらと湧きおこっていた。
 ぐるぐると渦を巻きながら周囲から集め寄せられたその雲の波が、あっという間に空全体を覆っていく。太陽光が、なにかの巨大に質量によって遮られ、一気に周りが夜のように暗くなった。
 やがてその雲の間に、ぴしぴし、ぱちぱちと薄紫のプラズマが走るのが見え始める。

(あれは──)

 俺は、わが目を疑った。
 重なりよどんだ雲の連なりの隙間から、ほんのちらりと見えたもの。
 うねうねと蠢く、何か巨大な生き物の腹。それは、蜥蜴のものにそっくりの鱗にびっしりと覆われていた。その鱗のひとつひとつが遠目にも、恐らく山ひとつ分はあろうかという大きさだ。
 それら鱗の連なりは、あるいは銀に、あるいは金にきらきらと輝きながら、ゆったりと上空を流れている。
 と、耳の奥でガッシュの声が響いた。

《あーあ。とうとう、しびれを切らしちまったみてえだなー》
《なに……? ガッシュ、どういうことだ》
《だからさー》

 ガッシュは、さも面倒くさそうに答えた。

になっちゃったんだよ。オレのおじいちゃんと、その奥さんが》
《なんだって──》

 俺は、雲に隠れてごく一部しか見ることのできない、鱗に覆われた巨体を呆然と見上げた。

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