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第九章 最終決戦

7 リアル世界

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(なんという──)

 俺は返す言葉が見つからなかった。
 それは最初から最後まで、まるで幼児が親に向かって、面白い玩具おもちゃや遊びを見つけたことを自慢するような口ぶりだった。
 マリアの説明は、それほど無邪気なものに聞こえたのだ。
 そしてそれは、無邪気であればあるほど不気味だった。

《いや、ちょっと待てよな》
 真野が冷静な声で口を挟んだ。
《確かに、そういう奴は多いと思うぜ? オレだって、前はそういうバカの端くれではあったんだしな》
《真野……》
《でもそれは、生まれてきた世界があんまり、そいつらにとってつらい世界だったからでもあるんじゃねえの? 最初は可愛がってくれた親だって、今じゃすぐに虐待だのネグレクトだのって、しまいには子供を死なせるほどひどい目に遭わせる奴がいくらでもいるんだぜ》
《…………》
《結局は、てめえのことしか考えてねえんだろうな。子供を自分のアクセサリーかなんか程度にしか考えてねえんだろうよ。そんなニュース、聞き飽きるぐらいにいつもテレビで流れてんだ。そうだろ? 日向》

 俺は思わず、真野の顔をまじまじと見返した。
 それはそうだ。真野の言う通りだった。

《オレは幸い、親の虐待とかはなかったけどさ。それでも……学校じゃ、結構な目に遭ってたわけだし。日向はちょびっとは助けてくれてたけど、あれ、むしろ火に油だったんだからな? まったくお前、助けるんならもっと丁寧にやれっつの》
《…………》
 ちょっと絶句して見返すと、真野は困ったように笑って見せた。
《ま、そりゃもういいんだけどさ。お前には、結構な八つ当たりだってやらかしちまったわけだし。……けど正直、あの時はほんと、キツくてさあ。『ちょっと死んじまおうかな』なんて、考えなかったって言ったらウソになる》

 言って真野は、やや目線を落として拳を握りしめたようだった。

《……だからまあ、そういう奴だっている、って話だよ──》

 俺は不思議な思いで、そんな彼の横顔を見つめた。

《真野……》
《やめろ。そんな目で見んな》

 真野はぎゅっと顔をあげて、一度俺に向かって顔をしかめた。そして、あらためてマリアを睨みつけた。

《だからさ。あんたが思ってるほど、リアルは美しい世界でも、優しい世界でもないんだよ。そこからちょっとでも逃げ出したいって思うのが、そんなに罪か? 誰かに優しくされたい、褒められたい、ちやほやされたいって思うのが、そんな罰まで受けなきゃなんないほど悪いかよ?》
《いや、真野──》

 が、真野は片手を上げて俺の言葉を遮った。

《他人を自分の思い通りに動かして、いたぶって、そんでいい気持ちになって……って、誰にだってちょっとぐらいなら、普通にある欲望だろ? まあそりゃあ、オレはかなり、やりすぎちゃったわけだけどさ──》
 言って、自嘲するように頭を掻く。
《でも、そうやって妄想の世界だけでも幸せな気分でいなきゃ、もう、あと一秒だって生きられねえって奴だっているんだぜ? それだけは本当だ。それだけは言いたかったんだよ。……わりいな、日向》
《いや……》

 と、マリアの思念がするりと入り込んできた。

《お話はそれだけですか? ……なんとも、締まりのないことですわね》
 その声には軽蔑の色が濃い。
《それでわたくしたちをこうして取り囲んで、一体どうなさろうと言うのです》

「待つにゃ!」
 割って入ったのはレティだった。
「そりゃ、マノンとか魔王とか、あの緑の勇者ヤローとかは、色ボケの大バカ野郎だったかもしんにゃいけど!」
 「おいコラ」と真野がげんなりした目で突っ込んだが、レティは意に介さずに続けた。
「ヒュウガっちはそうじゃないにゃよ? ほかのバカ勇者みたいなこと、ぜーんぜんないにゃ!」
「そ、……そうよっ! ヒュウガ様は、そんな下品な方じゃない!」
 呼応したのは隣のライラだ。
「ヒュウガっちは、別に奴隷だったレティとかライラにも、ギーナっちにも変なことはしなかったにゃ。それどころか、めっちゃ大事にして守ってくれたにゃ。レティたちが大怪我して死にかかったときだって、あんなに泣いてくれたんにゃ……!」
「レティ──」

 俺は気恥ずかしくなって、彼女たちから顔をそむけた。
 レティもライラも、すでに大粒の涙をこぼしている。ふと見ればギーナまでが、俯いて涙ぐんでいるようだった。
 周囲を取り囲む兵士たちやフリーダたちの視線が痛い。が、レティは構わずに言い続けた。

「それでどうして、シスターはヒュウガっちをいじめるんにゃ? そんなヒュウガっちのこと、どうして無理やり魔王にしたり、めちゃくちゃひどいことしたりしたんにゃよう!」
《……そうですわね、レティ。あなたの言う通りです》

 マリアの声は、ごく穏やかなものだった。
 その表情もいつのまにか、もとの微笑みに戻っている。

《ですから、その方だけは、今回まことにイレギュラー中のイレギュラーだったのですわ》
「い……いれぎ? なに??」
 レティが変な顔になって、マリアはふふっと軽く笑った。
《要は、異常事態だったということですわ。ヒュウガ様は、マノン様がこちらに堕ちてこられたとき、たまたま巻き込まれる形で一緒にやってきてしまわれた。本来なら、ありえないことでした》
 その視線がすいと真野に注がれた。
《わたくし、それで気づいたのです。確かに、マノン様のおっしゃることには一理ある》
《え、オレ……?》
 真野が変な顔になって俺をちらっと見た。
《そうですとも。おっしゃったでしょう? こちらに『チート』だの『ハーレム』だのを求めてこられる勇者様も魔王様も、あちらでは決して幸せでない方が多い。こちらでちょっとしたをなさって、調子に乗ってしまうのも、言ってみればその反動。そのことは、わたくしも薄々わかっておりましたので》
《…………》
 俺は拳を握りしめた。なんとなく、非常にいやな予感がし始めていた。
《でも、ヒュウガ様は違いました。その方はあちらでも、ご両親やご兄弟から愛されて、大事にされている方でした。ご自身で武道の鍛錬もなさっておられ、普段の生活にもきちんと向き合っていかれるだけの精神的な強さもお持ちだった》

 マリアはそこで毅然としたように頭を上げた。
 そして、高らかに言い放った。

《これでお分かりでしょう? 申し上げたはずです。『親に望まれて生まれ、家族から愛されて育った幸せな方』なんて、わたくしは大嫌いなのだ、と──》

(なんだって──)

 俺はもう、ただ絶句するほかなかった。
 マリアはもう、まっすぐに俺を指さしている。

《もっともっと、つらい目に遭えばいいのです。不幸というものが何なのか、どんな顔をしたものなのかを、しっかりと味わえばいいのですわ。泥の中を這いずればいい! みんなから石つぶてを投げられて、足蹴にされ、悪し様に言われればいいのです。そうでしょう? でなければ、でなければっ……!》

 マリアはついに、そこで言葉に詰まってしばらく喘いだ。
 大きく肩で息をしながら、俺をひたと睨みつけている。

《何の日の目も見ず、悲鳴すらあげられず……ただバラバラにされて殺されるしかなかったこのわたくしと……バランスが、取れませんものっ──!》

(なんという──)

 それが、理由か。
 彼女が、いや彼女たちがこれまで執拗に俺に嫌がらせをし続けていたのは。
 俺を助けるようなふりをして、ずっとそばにいつづけ、様々な事件が起こって俺が困った顔をするたびに、あんな天使のように微笑む美貌の裏で、この女はずっと、にやにやとほくそえんでいたというのか。

《そうですとも》

 柔らかな可愛らしいほどの笑みを湛えて、女はまっすぐに俺を見て言った。

《わたくしが、これまでで最も憎らしかったのは……懲らしめて差し上げたかったのは。誰より、あなた様なのですよ! ヒュウガ様──!》

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