201 / 225
第九章 最終決戦
7 リアル世界
しおりを挟む(なんという──)
俺は返す言葉が見つからなかった。
それは最初から最後まで、まるで幼児が親に向かって、面白い玩具や遊びを見つけたことを自慢するような口ぶりだった。
マリアの説明は、それほど無邪気なものに聞こえたのだ。
そしてそれは、無邪気であればあるほど不気味だった。
《いや、ちょっと待てよな》
真野が冷静な声で口を挟んだ。
《確かに、そういう奴は多いと思うぜ? オレだって、前はそういうバカの端くれではあったんだしな》
《真野……》
《でもそれは、生まれてきた世界があんまり、そいつらにとってつらい世界だったからでもあるんじゃねえの? 最初は可愛がってくれた親だって、今じゃすぐに虐待だのネグレクトだのって、しまいには子供を死なせるほどひどい目に遭わせる奴がいくらでもいるんだぜ》
《…………》
《結局は、てめえのことしか考えてねえんだろうな。子供を自分のアクセサリーかなんか程度にしか考えてねえんだろうよ。そんなニュース、聞き飽きるぐらいにいつもテレビで流れてんだ。そうだろ? 日向》
俺は思わず、真野の顔をまじまじと見返した。
それはそうだ。真野の言う通りだった。
《オレは幸い、親の虐待とかはなかったけどさ。それでも……学校じゃ、結構な目に遭ってたわけだし。日向はちょびっとは助けてくれてたけど、あれ、むしろ火に油だったんだからな? まったくお前、助けるんならもっと丁寧にやれっつの》
《…………》
ちょっと絶句して見返すと、真野は困ったように笑って見せた。
《ま、そりゃもういいんだけどさ。お前には、結構な八つ当たりだってやらかしちまったわけだし。……けど正直、あの時はほんと、キツくてさあ。『ちょっと死んじまおうかな』なんて、考えなかったって言ったらウソになる》
言って真野は、やや目線を落として拳を握りしめたようだった。
《……だからまあ、そういう奴だっている、って話だよ──》
俺は不思議な思いで、そんな彼の横顔を見つめた。
《真野……》
《やめろ。そんな目で見んな》
真野はぎゅっと顔をあげて、一度俺に向かって顔をしかめた。そして、あらためてマリアを睨みつけた。
《だからさ。あんたが思ってるほど、リアルは美しい世界でも、優しい世界でもないんだよ。そこからちょっとでも逃げ出したいって思うのが、そんなに罪か? 誰かに優しくされたい、褒められたい、ちやほやされたいって思うのが、そんな罰まで受けなきゃなんないほど悪いかよ?》
《いや、真野──》
が、真野は片手を上げて俺の言葉を遮った。
《他人を自分の思い通りに動かして、いたぶって、そんでいい気持ちになって……って、誰にだってちょっとぐらいなら、普通にある欲望だろ? まあそりゃあ、オレはかなり、やりすぎちゃったわけだけどさ──》
言って、自嘲するように頭を掻く。
《でも、そうやって妄想の世界だけでも幸せな気分でいなきゃ、もう、あと一秒だって生きられねえって奴だっているんだぜ? それだけは本当だ。それだけは言いたかったんだよ。……悪いな、日向》
《いや……》
と、マリアの思念がするりと入り込んできた。
《お話はそれだけですか? ……なんとも、締まりのないことですわね》
その声には軽蔑の色が濃い。
《それでわたくしたちをこうして取り囲んで、一体どうなさろうと言うのです》
「待つにゃ!」
割って入ったのはレティだった。
「そりゃ、マノンとか魔王とか、あの緑の勇者ヤローとかは、色ボケの大バカ野郎だったかもしんにゃいけど!」
「おいコラ」と真野がげんなりした目で突っ込んだが、レティは意に介さずに続けた。
「ヒュウガっちはそうじゃないにゃよ? ほかのバカ勇者みたいなこと、ぜーんぜんないにゃ!」
「そ、……そうよっ! ヒュウガ様は、そんな下品な方じゃない!」
呼応したのは隣のライラだ。
「ヒュウガっちは、別に奴隷だったレティとかライラにも、ギーナっちにも変なことはしなかったにゃ。それどころか、めっちゃ大事にして守ってくれたにゃ。レティたちが大怪我して死にかかったときだって、あんなに泣いてくれたんにゃ……!」
「レティ──」
俺は気恥ずかしくなって、彼女たちから顔をそむけた。
レティもライラも、すでに大粒の涙をこぼしている。ふと見ればギーナまでが、俯いて涙ぐんでいるようだった。
周囲を取り囲む兵士たちやフリーダたちの視線が痛い。が、レティは構わずに言い続けた。
「それでどうして、シスターはヒュウガっちをいじめるんにゃ? そんなヒュウガっちのこと、どうして無理やり魔王にしたり、めちゃくちゃひどいことしたりしたんにゃよう!」
《……そうですわね、レティ。あなたの言う通りです》
マリアの声は、ごく穏やかなものだった。
その表情もいつのまにか、もとの微笑みに戻っている。
《ですから、その方だけは、今回まことにイレギュラー中のイレギュラーだったのですわ》
「い……いれぎ? なに??」
レティが変な顔になって、マリアはふふっと軽く笑った。
《要は、異常事態だったということですわ。ヒュウガ様は、マノン様がこちらに堕ちてこられたとき、たまたま巻き込まれる形で一緒にやってきてしまわれた。本来なら、ありえないことでした》
その視線がすいと真野に注がれた。
《わたくし、それで気づいたのです。確かに、マノン様のおっしゃることには一理ある》
《え、オレ……?》
真野が変な顔になって俺をちらっと見た。
《そうですとも。おっしゃったでしょう? こちらに『チート』だの『ハーレム』だのを求めてこられる勇者様も魔王様も、あちらでは決して幸せでない方が多い。こちらでちょっとしたやんちゃをなさって、調子に乗ってしまうのも、言ってみればその反動。そのことは、わたくしも薄々わかっておりましたので》
《…………》
俺は拳を握りしめた。なんとなく、非常にいやな予感がし始めていた。
《でも、ヒュウガ様は違いました。その方はあちらでも、ご両親やご兄弟から愛されて、大事にされている方でした。ご自身で武道の鍛錬もなさっておられ、普段の生活にもきちんと向き合っていかれるだけの精神的な強さもお持ちだった》
マリアはそこで毅然としたように頭を上げた。
そして、高らかに言い放った。
《これでお分かりでしょう? 申し上げたはずです。『親に望まれて生まれ、家族から愛されて育った幸せな方』なんて、わたくしは大嫌いなのだ、と──》
(なんだって──)
俺はもう、ただ絶句するほかなかった。
マリアはもう、まっすぐに俺を指さしている。
《もっともっと、つらい目に遭えばいいのです。不幸というものが何なのか、どんな顔をしたものなのかを、しっかりと味わえばいいのですわ。泥の中を這いずればいい! みんなから石つぶてを投げられて、足蹴にされ、悪し様に言われればいいのです。そうでしょう? でなければ、でなければっ……!》
マリアはついに、そこで言葉に詰まってしばらく喘いだ。
大きく肩で息をしながら、俺をひたと睨みつけている。
《何の日の目も見ず、悲鳴すらあげられず……ただバラバラにされて殺されるしかなかったこのわたくしと……バランスが、取れませんものっ──!》
(なんという──)
それが、理由か。
彼女が、いや彼女たちがこれまで執拗に俺に嫌がらせをし続けていたのは。
俺を助けるようなふりをして、ずっとそばにいつづけ、様々な事件が起こって俺が困った顔をするたびに、あんな天使のように微笑む美貌の裏で、この女はずっと、にやにやとほくそえんでいたというのか。
《そうですとも》
柔らかな可愛らしいほどの笑みを湛えて、女はまっすぐに俺を見て言った。
《わたくしが、これまでで最も憎らしかったのは……懲らしめて差し上げたかったのは。誰より、あなた様なのですよ! ヒュウガ様──!》
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~
霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。
ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。
これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である
性奴隷を飼ったのに
お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。
異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。
異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。
自分の領地では奴隷は禁止していた。
奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。
そして1人の奴隷少女と出会った。
彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。
彼女は幼いエルフだった。
それに魔力が使えないように処理されていた。
そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。
でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。
俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。
孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。
エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。
※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。
※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。
子供の頃、僕は奴隷として売られていた。
そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
ギルドのメンバーのために、生きるんだって。
でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。
「クビ」
その言葉で、僕はギルドから追放された。
一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
2度追放された転生元貴族 〜スキル《大喰らい》で美少女たちと幸せなスローライフを目指します〜
フユリカス
ファンタジー
「お前を追放する――」
貴族に転生したアルゼ・グラントは、実家のグラント家からも冒険者パーティーからも追放されてしまった。
それはアルゼの持つ《特殊スキル:大喰らい》というスキルが発動せず、無能という烙印を押されてしまったからだった。
しかし、実は《大喰らい》には『食べた魔物のスキルと経験値を獲得できる』という、とんでもない力を秘めていたのだった。
《大喰らい》からは《派生スキル:追い剥ぎ》も生まれ、スキルを奪う対象は魔物だけでなく人にまで広がり、アルゼは圧倒的な力をつけていく。
アルゼは奴隷商で出会った『メル』という少女と、スキルを駆使しながら最強へと成り上がっていくのだった。
スローライフという夢を目指して――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる