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第九章 最終決戦
5 命には命 ※
しおりを挟む《お黙りなさい!》
唐突に、マリアの思念が爆発した。
かっとその両目を剥いて、激しい眼光で真野を睨みつけている。と思った次の瞬間には、マリアたちから一斉に魔撃が放射されてきた。
火炎魔法、氷結魔法、電撃魔法。その他ありとあらゆる属性の魔撃が放出されて、まっすぐに俺たちに突進してくる。が、俺たちを取り巻いている<魔力障壁>がそれを防いだ。
ビシビシ、バリバリとシールドの外側で魔力と魔力がぶつかり合う。激しい魔撃の衝突により、周囲の空気が焦がされてプラズマの帯を放出する。太陽の光が、にわかに陰ったように暗くなった。
その轟音は一分ほども続いた。が、やがて唐突にぴたりとやんだ。
真野はそれでも、まったく表情を変えていない。
《怒ったな。……つまり、図星か》
《お黙りなさいと言ったでしょう!》
《そっちが黙れよ。……バカ親どもの勝手な都合でつくられて、殺されちまった赤ん坊ども》
(な……)
俺もギーナも、ライラもレティも、ほかの魔族軍も。
またフリーダやデュカリスや、赤パーティ、緑パーティの面々も。
みな一様にぞっとしたような顔で、真野とマリアを見つめていた。
(なんだって……?)
ただキリアカイだけは、何を聞こうと最初からずっと、マリアたちを恨みのこもった恐ろしい形相で睨みつけているだけだ。
なお、四天王の長たる四名だけは、ごく恬淡とした面持ちに見えた。ルーハン卿はいつもどおりの静かな顔だし、フェイロンもごく涼しい顔。
ゾルカンは「へっ」とばかりに口の端を歪めてはいるが、まったく動じた風はない。ヒエンに至っては表情が読めないため、いつもと何ら変わらなかった。
幸い、彼らを見て俺自身も、はげしい動揺を見せまいと気を引き締めることができた。魔族軍の長として、ここで動じるわけにはいかない。しかし、それでも心中の驚愕は禁じ得なかった。
今、真野はなんと言った?
『バカ親どもに勝手につくられて、殺されちまった赤ん坊』──。
(それは、つまり──)
思わず吐き気を覚えたが、口に手を当てたい衝動はどうにか抑え込んだ。
「な……なんにゃ? 『赤ちゃんが殺される』って、どういうことにゃ? ヒュウガっち……」
真っ青な顔になったレティがやっと、そう訊いてくる。隣にいるライラも同じような不安げな表情だ。
俺は一度呼吸を整えてから、淡々と説明した。
「あっちの世界では、こちらよりずっと医療が発達しているんだ。それで……」
言いかけて、やはり言い澱む。
こんな生々しい話、まだ少女といってもいい年齢の彼女たちにしていいものかどうか。だが、すぐに脇から真野が言った。
「要するに、あっちには女の腹の中にできた子を、生まれる前に殺す技術があるんだよ」
「ひ……!」
喉で声にならない音をたてて、ライラとレティが黙り込んだ。互いに抱き合うようにして、化け物でも見るように真野を見ている。
「まあ、生まれる前に助からない病気が見つかったとか、そのまま産んだんじゃ母親の命が危ないとか、母親が男に襲われた結果できた子だとか……色々と、やむをえない事情がある場合もあるんだけどな。でも、あのマリアどもは多分、そういうのじゃねえ。純粋に、親の勝手な事情でできちまって、その上で殺された赤ん坊の集まりなんじゃねえの?」
「そ、んな……ひどい──」
もはやライラは涙ぐんでいる。
レティが彼女の肩を抱くようにしながら、蒼白な顔で俺を見ている。その目が明らかに「本当なの」と訊いていて、俺は鳩尾を抉られたような気持ちになった。そして、歯の間から押し出すように言った。
「……事実だ。あちらでの法律では、生まれる前の子供には、まだ人としての権利がない。飽くまでも法律上だが、そういうことになってるんだ。だから、堕胎……つまり、お腹の中の子供を親の意思で死なせることには、法律上の問題はない……ということに、なっている」
「そんな──」
《そんなもの、まことに体のいい詭弁ですけれどもね》
不意に紛れ込んできたのは、マリアの声だ。
あれほど怒りに燃え立っていた先ほどの状態は静まって、今は不気味なほどに落ち着いている。
《だってそちらのとある宗教の聖典には、『胎の中の子』を殺した者についての条文だってあるのではありませんか。こちらに堕ちていらしたとある方から聞いておりますよ。故意でない者には猶予がありますけれど、そうでない者、故意に胎の子を殺した者には、与えたのと同等の罰が……つまり、死罪が適用されるというものがあるのだ、と》
《…………》
《それなのに、なぜそんなことが易々と許されるようになってしまったのでしょう。マノン様がおっしゃったような、やむを得ない事情がある場合は致し方ないにしても、です。それが許されていなければ、わたくしたちのような彷徨う魂が、こんなにたくさん生まれずとも済んだはずですのにね──》
その声には、諦めとも皮肉ともつかない、荒涼とした感情が大いにまぶされているようだった。
俺は一言もなく、マリアを見返すしかなかった。
詳しくは知らないが、皮肉なことにマリアが擬態しているその宗教の古い聖典に、そういう条文があったはずだ。確か、何年か前に兄の孝信がそう教えてくれた。
妊婦を打ち倒して死なせたり怪我をさせた者には、当然の罰がある。だが、それでお腹の中の子が流れてしまい、母親は無事でその子だけが死んでしまった場合でも、罪人は同等の罰、つまり死刑に処されるというものだ。
ハンムラビ法典でも「目には目、歯には歯」という一文があるのは有名な話だが、こちらの聖典でも古代では、はっきりと「命には命」だったわけである。それがたとえ、まだ生まれてきてもいない胎児だったとしても。
《まことに、勝手極まる話でしょう? なにしろそちらには、こちらと違って子が宿らないようにする方法がいくらもあるというのに、ですよ……?》
マリアの思念にもその顔にも、今までは見られなかった軽蔑の色がありありと浮かんでいる。
《そうですとも。そのような身勝手なやり方で生を与えられ、闇から闇に葬られた数多の命。……それが、わたくしたち『マリア』なのですわ》
場はしばらく、しんとした静けさに支配された。
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